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元傭兵のおっさん。追放された悪役令嬢に転生したので、もっと悪逆非道に生きてみた~物語は語られない所でも動いている~  作者: ななよん
第2章 遠征編

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第七十二話 黒の将軍

※毎朝4:00頃に投稿中!

挿絵(By みてみん)

 王国軍は、倭国の国境を越えて東へと進んでいた。


 三万の兵が街道を進み、その後ろを兵糧や武器を積んだ荷馬車が続く。


 隊列の中央で馬を進める一人の男がいた。


 身に着けた鎧も、その上から羽織った外套も黒い。さらに、背には黒い刀身のツヴァイハンダーを背負っていた。


 王国軍を率いる将軍の中でも、騎士団長と並び立つ実力の持ち主だ。


 黒い装備に身を包み、戦場では自ら先頭に立つ。その姿から、味方にも敵にも《黒の将軍》と呼ばれている。


 黒の将軍は、騎士団長と同じく、今回の遠征に反対していた。


 王国が倭国への出兵を決めた直後、魔国、ドワーフ国、七都市同盟が、ほぼ同時に国境付近へ兵を動かしたからだ。


 どの国も、王国へ攻め込んではいない。


 ただ兵を集め、いつでも国境を越えられる位置まで進めただけだった。


 それでも王国は、備えとして国内に兵を残さなければならなかった。


 本来は五万で編成されるはずだった遠征軍から、二万もの兵が外された。


 周辺国が示し合わせて動いたことは明らかだ。


 このまま倭国へ攻め込めば、敵の策略に嵌まる。


 黒の将軍はそう進言した。


 しかし、王は出兵の決定を変えなかった。


 王命が下った以上、軍人である彼に拒むという選択肢はない。


 三万の兵を率い、倭国を攻め落とす。


 それが黒の将軍に与えられた役目だった。


「将軍」


 副官の声に、黒の将軍は思考を戻した。


「後方から報告です。荷馬車が一台、街道を外れました。馬が突然暴れ出したようです」


「負傷者は」


「御者が荷台から落ち、腕を折りました。馬も脚を痛めたため、荷をほかの馬車へ移しております」


「またか」


 黒の将軍は、前を進む騎兵隊へ目を向けた。


 馬の歩みは、国境を越えた初日と比べて明らかに遅くなっている。


 首を低く垂れ、足を引きずるように歩く馬もいた。


「今日に入って何件目だ」


「荷馬車だけで五件。騎兵隊では、馬に振り落とされた者が三名おります」


「馬医は何と言っている」


「どの馬にも、大きな病気や怪我は見つかっておりません。疲労が原因だろうと」


 原因は分かっている。


 馬が眠れていないのだ。


             ♢


 最初に異変が起きたのは、国境を越えた日の夜だった。


 野営地の端で休ませていた馬が、突然、大きな嘶きを上げた。


 一頭が暴れ出すと、近くにいた馬も続いた。


 杭を引き抜いて走り出す馬。繋いだ縄を噛み切ろうとする馬。身体をぶつけ合い、後ろ脚で蹴り合う馬。


 眠っていた兵たちは飛び起き、武器を手にした。


 敵襲を知らせる鐘が鳴り、野営地は騒然となった。


 黒の将軍は、周囲の森へ兵を向かわせた。


 斥候は夜明けまで捜索を続けたが、倭国兵の姿も、人が通った痕跡も見つけられなかった。


 野生の獣にでも驚いたのだろう。


 その夜は、そう判断された。


 二日目の夜にも、同じことが起きた。


 ただし、前日とは反対側で休ませていた馬から始まった。


 見張りの兵は、馬が騒ぎ出す前に人影も獣も見ていない。


 それでも馬たちは、何かから逃げようとするように暴れた。


 敵襲に備えて眠らずにいた騎兵が、馬の側に残った。


 森の中には、前日より多くの斥候を配置した。


 だが、何も見つからなかった。


 三日目。


 黒の将軍は、馬を一か所へ集めることをやめさせた。


 騎兵隊と輸送隊をいくつかに分け、離れた場所で休ませる。すべての馬を同時に狙わせないためだった。


 最初に騒ぎ出したのは、野営地の北側にいた馬だった。


 兵が駆けつけ、馬を落ち着かせようとする。


 直後、今度は南側で馬が暴れ出した。


 北側へ兵が集まった隙を狙われたような動きだった。


 馬を別々に休ませても意味がない。


 耳を布で塞ぐことも試した。


 それでも馬は何かに驚き、目を見開いて暴れ出した。


 近くで眠っていた兵まで叩き起こされ、武器を手に周囲を探す。しかし、敵はどこにもいない。


 翌朝、黒の将軍は全軍から報告を集めた。


 馬が騒いだ時刻も、場所も異なっている。


 共通しているのは、騒ぎが収まりかけると、別の場所で同じことが起きる点だけだった。


「これは偶然ではない。陰湿な夜襲だろう」


 黒の将軍がそう告げると、副官も頷いた。


「倭国の者が、我々を追っているのでしょうか」


「そうだとしても、斥候の目を逃れながら、これだけの馬を同時に驚かせる方法が分からん」


「魔法では?」


「魔力の痕跡は見つかっていない」


 黒の将軍は、地図に記された街道を見た。


「敵は馬を殺すつもりではない」


「では、何を……」


「眠らせず、疲労を蓄積させるつもりだ」


 馬を一頭殺すよりも、何日も眠らせない方が軍全体へ与える影響は大きい。


 騎兵の馬が疲れれば、進軍速度が落ちる。


 荷馬車を引く馬が疲れれば、兵糧や武器を運べなくなる。


 伝令の馬が疲れれば、三万の軍勢へ命令を届けることさえ難しくなる。


 馬が騒げば、周囲の兵も眠れない。


 姿を見せず、一人の兵も殺さず、敵はこちらの軍を少しずつ疲れさせている。


「我々が倭国へ入る前から準備していたのか」


 黒の将軍は、周辺国の動きを思い出した。


 遠征軍を五万から三万へ減らし、倭国へ入ったところで馬を狙う。


 すべてが繋がっている。


「何者だ。実に悪質で、効果的な策だ」


 誰に聞かせるでもなく、黒の将軍は呟いた。


             ♢


 馬の疲労は、日を追うごとに酷くなった。


 夜になれば馬が暴れる。


 日が昇れば、休めなかった馬を歩かせる。


 進軍が遅れれば、予定していた距離を進むために、日が暮れるまで歩かなければならない。


 そして野営地を作り終えた頃には、次の騒ぎが始まる。


 騎兵たちは、眠ろうとしない馬を立たせたまま休ませた。


 荷車を引く馬の数を増やし、一頭当たりの負担を減らそうともした。


 だが、軍に余分な馬はいない。


 一頭を休ませれば、別の馬へ負担が移るだけだった。


 兵の間にも、苛立ちが広がっている。


 馬番の怠慢を疑う者がいた。


 騎兵だけを優先していると、輸送隊が不満を訴えた。


 原因も分からないまま、責任だけが押しつけ合われていた。


 さらに、咳をする兵が出た。


 季節の変わり目なら、珍しいことではない。


 長い行軍で身体を冷やし、体調を崩す者は必ずいる。


 だが、兵たちは王国内で聞いた噂を覚えていた。


 倭国では風土病が流行している。


 最初は微熱や吐き気があり、やがて咳が出る。咳に含まれる悪いものが空気を通じて人から人へ移る。


 黒の将軍は、その噂を信じていなかった。


 倭国との交易に関わる商人から広がったというが、実際に病人を見た者は一人もいない。


 それでも、一度広がった不安を消すことは難しい。


 誰かが咳をすれば、周囲の者が距離を取った。


 腹の調子を崩した兵が出れば、使った水を疑った。


 疲労で食欲を失った者まで、病にかかったのではないかと恐れられた。


 病が本当にあるかどうかは、既に問題ではなかった。


 兵たちは倭国へ入る前から、倭国の水と食料を恐れていた。


「将軍、前方に村があります!」


 斥候の報告が届いたのは、国境を越えてから五日目の午後だった。


「規模は」


「百軒ほどの家屋を確認しました。井戸と馬房もあります。村の周囲には畑が広がっております」


 副官の顔に、僅かな安堵が浮かんだ。


 今日も日没まで進めば、次の村へ着く予定だった。


 だが、馬の状態を考えれば、これ以上の行軍は難しい。


「村の周囲を調べろ。兵を入れるのは、その後だ」


「はっ」


 斥候が先行する。


 王国軍は、村から離れた街道で停止した。


 足を止めた途端、その場で膝を折る馬がいた。御者が手綱を引いても、立ち上がろうとしない。


 口元に白い泡を浮かべた馬もいる。


 限界が近い。


 やがて、先行した斥候が戻ってきた。


「申し上げます。村の中に敵兵の姿はありません」


「村人は」


「それが……一人も見当たりません」


 副官が眉を寄せた。


「一人もいないだと?」


「家屋の中も確認しました。しかし、誰もおりません。争った跡や、遺体もありません」


「家畜は」


「残っておりません。食料も、その多くが持ち出されております」


 黒の将軍は、馬上から村を見た。


 家々の屋根が並び、その向こうには大きな川が流れている。


 村の先には橋がある。


 三万の軍勢と荷馬車が川を渡るには、あの橋を使うしかない。


「住民は、我々が来る前に慌てて逃げたようです」


 副官が言った。


「それは違うな」


 黒の将軍は短く答えた。


「慌てて逃げたのなら、戸を開けたままの家や、捨てられた荷物があるはずだ」


 村人は、必要な物を持ち出している。


 家畜まで残していない。


 王国軍がここへ来ると知り、準備する時間があったということだ。


「事前に避難していたのですか」


「ああ。誰かが、我々の進路を村人へ知らせた」


 馬が限界を迎えたところで、休むのに適した村が現れた。


 あまりにも都合がよすぎる。


 敵は、罠だと気づいても、この村を使うしかないところまで馬を疲れさせたのだ。


「村の周囲と、川向こうの森にも斥候を出せ。井戸の水には誰も触れるな」


「今夜は、村の外で野営しますか」


 黒の将軍は答えず、疲れ切った馬たちを見た。


 ここで休ませなければ、明日はさらに多くの馬が動けなくなる。


 荷馬車が止まれば、三万の兵を養えない。


 罠を疑っても、ほかに選べる場所がなかった。


「村へ入る」


「よろしいのですか」


「家屋は使わせるな。兵は部隊ごとに広場と街道沿いへ配置する。馬房も中を調べてから使え」


「はっ」


「鎧を脱ぐことは許可しない。そして見張りを倍にしろ」


 副官が命令を伝えるため、馬を走らせた。


 疲れ切っていたはずの兵たちが、村へ入れると聞いて僅かに活気を取り戻す。


 馬を休ませられる。


 今夜こそ眠れる。


 誰もがそう考えていた。


 黒の将軍だけは、無人の村から目を離さなかった。


 村人が消えた理由は分かった。


 しかし、彼らを逃がした者の姿は見えない。


 馬を眠らせなかった敵も、まだ見つかっていない。


「全軍に通達しろ」


 黒の将軍は、戻ってきた副官へ告げた。


「日が落ちても、警戒を解くな。今夜、敵が来る」


第七十二話・了

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