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元傭兵のおっさん。追放された悪役令嬢に転生したので、もっと悪逆非道に生きてみた~物語は語られない所でも動いている~  作者: ななよん
一章 成長編

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第七話 登録

※毎朝4:00頃に投稿中!

挿絵(By みてみん)


「おいおい、なんだこりゃあ」


 声が、真後ろから来た。


 振り返ると、大きな男が立っていた。汚い。酒臭い。昼間から出来上がっている。顔が赤く、目の焦点が微妙に合っていない。


「見ねぇ顔だなァ、嬢ちゃん。こんなナリで冒険者ぁ? 笑わせるぜ」


 男が窓口に(もた)れかかった。距離が近い。酒の匂いが鼻を突く。


 周りの冒険者は、誰も止めない。見て見ぬふり。関わりたくない、という空気だ。よくある光景なのだろう。


「あ、あの、レグさん。困ります、業務中ですので」


 受付嬢が割って入った。声が震えている。


「ああ? 俺は親切に言ってやってんだよ。こんな棒っきれみてぇな女が、外でおっ死ぬ前になァ」


 男が受付嬢の方へ向き直った。太い腕が、窓口を叩く。


「おいコラ、生意気な口利くじゃねえか。誰のおかげでこのギルドが」


 受付嬢の目に、涙が盛り上がった。唇を噛んで、(うつむ)く。


 ……ふむ。


 俺は状況を勘定した。


 この男を放っておけば、登録は済む。関わる必要はない。だが――今日、俺はこのギルドの人間になる。舐められた新人として登録される。それが、この先ずっと付いて回る。


 新しい部隊に入った時と同じだ。最初に舐められると、あとで三倍苦労する。恐怖は、初日に売っておくのが一番良い。


 それに、この受付嬢に貸しを作れる。窓口の人間と縁を作っておいて、損はない。


 全部、打算だ。善意じゃない。


 俺は一歩、前へ出た。


 酔っている。足元が覚束(おぼつか)ない。素面なら勝てない相手だが、こいつは違う。酔って重心の狂った相手なら、力の要らない崩しが通る。技術は俺が覚えている。


「あら」


 俺は男の足の内側に、自分の爪先を滑り込ませた。


 軸足を、軽く払う。


 それだけで十分だった。酔った巨体は、自分の重さで派手に傾き、背中から床に落ちた。


 音が響いて、酒場が静かになる。


 男が倒れきる前に、俺は腰の短剣を抜いていた。



             ◆



 男の股の間へ、短剣を突き立てた。


 切っ先が床板に食い込んで、(つか)が震える。


 狙ったのは、地面だ。……今のところは。


(外さなくて良かった。震える手で狙って刺したなんて、口が裂けても言えんな)


 表向きは涼しい顔で。内心は、冷や汗だ。体術1の手で狙った寸止めなど、本当は綱渡りに近い。


 だが、男には分からない。


 自分の股の数センチ脇に、短剣が突き立っている。それが見えている男にとって、真実は一つだ。


 ――あと数センチずれていたら。


 酔いが、一瞬で醒めた顔をした。


「あらあら」


 俺は首を傾げて、男を見下ろした。


「動かないでくださいまし。手元が覚束(おぼつか)ないもので、次はどこへ刺さるか、わたくしにも分かりませんのよ?」


 慇懃に、微笑んでみせる。口調は、どこまでも令嬢のまま。中身だけが、物騒だ。


「ひ……」


「まあ。殿方が、そんな情けない声を出すものではなくてよ」


 短剣を、床から引き抜く。ゆっくりと。見せつけるように。


「わたくし、これでも往生際が悪いんですの。次に絡んでくるなら、その時は――片玉ずつ切り取って差し上げますわね」


 男は尻で後ずさり、それから転がるように立ち上がって、逃げていった。扉が大きな音を立てて閉まる。


 酒場は、大盛り上がりだった。口笛と絶賛が飛んでくる。どこの部隊でもならず者は一緒だという事だ。



             ◆



 俺は短剣を(さや)に戻して、受付へ向き直った。


 何事も無かったように、財布から銀貨を一枚出す。


「失礼。登録料、こちらで」


「あ……は、はい……」


 受付嬢が、呆然(ぼうぜん)としたまま銀貨を受け取った。涙は、いつの間にか止まっている。驚きすぎて、泣くのを忘れたらしい。


 まあ、これでいい。


 窓口の人間に、恐怖と貸しを同時に売れた。舐められない立場も手に入れた。銀貨一枚と短剣一振りにしては、上出来の買い物だ。


「あ、あの……ありがとう、ございました。あの人、いつも……」


「気にしないで。わたくしが、勝手にやった事ですから」


 実際、そのとおりだ。助けたんじゃない。舐められない為にやっただけだ。ついでに縁ができたのは、おまけに過ぎない。


 だが受付嬢は、そうは受け取らなかったらしい。潤んだ目で、俺を見ている。


 ……ああ、面倒な懐かれ方をしたかもしれん。


 まあ、悪い縁ではない。


「登録、続けてくださる?」


「は、はい! ただいま!」


 受付嬢が、慌てて帳簿に向き直った。



             ◆



 登録の説明を受けている間に、後ろから足音が近づいてきた。


 振り返らなくても分かる。さっきのチャラ男だ。


「いやァ、驚いたね。助ける間も無かったよ」


 男が窓口の横に(もた)れて、俺を覗き込んできた。近い。だが酒臭くはない。さっきの男とは格が違う。


「レグを一発で転がすとはね。見ない顔だけど、どこの出?」


「通りすがりですわ」


「冷たいねェ。俺はガイル。この街じゃ、そこそこ名の通った冒険者さ」


 男――ガイルは、人懐こく笑った。軽い。だが目の奥は笑っていない。こちらの中身を測ろうとしている目だ。


 見た目ほど馬鹿じゃないな、こいつ。


「あんたみたいな新人、放っておくと三日で死ぬか、三日で化けるかのどっちかだ。……どうやら、後の方らしいけどな」


「買い被りですわね」


「さあて、どうかな」


 ガイルは肩を(すく)めた。


「困った事があったら、訪ねてきな。力になれる事もある――タダとは言わねぇがね」


 そう言って、片手を上げて去っていった。


 俺はその背中を見送りながら、勘定した。


 情報源。人脈。この街の勝手を知る案内人。


 当然だが、なびく気は無い。だが、使い道はいくらでもある。


 向こうが俺を値踏みしたように、俺も向こうを値踏みした――それだけの話だ。


7話・了

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