第六話 自由都市
街道が、急に良くなった。
地面が踏み固められて、石がきちんと除けてある。荷馬車とすれ違う回数も増えてきた。
道が良くなるのは、その先に金があるという事だ。運ぶ価値のある物が行き来する道にだけ、人は手を入れる。
馬の背に揺られながら、俺はその理屈を裏返して考えた。ヴァルドリア王国が国境まで街道を整えているという事は、この先の街と、それだけ商売をしたいという事になる。国が頭を下げてでも物を通したい相手が、南にいる。
悪くない情報だ。頭の隅に置いておく。
昼過ぎに、自由都市が見えた。
自由都市トラペジア。
石造りの城壁が、丘の裾まで伸びている。門の前には人の列と、荷を積んだ馬車の列。想像していたより、ずっと大きい。
列に並ぶ前に、馬を降りた。
この馬をどうするか、先に決めておく。
乗ってきた馬は、伯爵一行から頂戴した一頭だ。地味な見た目を選んだとはいえ、そこそこ良い馬ではある。街の中で飼えば厩代がかかる。直ぐに使う当てもない。足が付く事を考慮しなくてはならないだろう。
売る。それも、門をくぐる前に。
門の外には、こういう時の為の馬商人が必ずいる。案の定、列の脇に一人いた。二束三文に叩かれたが、構わない。持ち歩けば「良い馬に乗った女」として記憶に残る。その記憶を消す為の値引きだ。安いものだと思っておく。
身軽になって、列に並んだ。
◆
門での手続きは、あっけないほど簡単だった。
銀貨3枚の入市税を払う。それだけだ。名前も、出身も、聞かれない。金を払えるかどうか、それだけを見ている。
なるほど、これが自由都市か。人が何者かより、金を持っているかを問う街。ヴァルドリアとは何もかも逆だ。あの国は、金をいくら積んでも生まれは変えられなかった。貴族の特権階級というやつだ。
法外な金を払ったとしても名誉騎士爵で精一杯だろう。何の実も入っていない。
門番に小銭を渡して、中へ入る。
石畳の大通り。両側に店。人の話す言葉が、何種類も混ざって聞こえる。訛りが一つじゃない。あちこちの国から色々な人が流れ込んでいるという事だ。
匂いも濃い。香辛料、獣脂、汗、それから金物。元気に生きている街の匂いだ。
何はともあれまずは、水だ。長旅で生水ばかり飲んで来たしな。
通りの端に共同の水場があった。こういった場所の水も綺麗とは言い難いモノがあるが、試しに手で掬って飲んでみる。
……何ともない。
いや、そもそもの話だ。俺はこの数日、川の生水を飲み続けてきた。一度も腹を壊していない。
ヴィオレッタは箱入りだから生水で倒れる、とばかり思っていたが、どうやら違う。
健康スキルの影響だ。病、毒、暑熱、寒冷に耐える。
生水の雑菌くらい、はなから相手にしていなかったわけだ。見た目と違って丈夫な訳だ。
初日にわざわざ吐き出したのは、何だったんだ。
まあ、いい。分かった事が一つ増えた。
健康スキルは、説明文どおりに働いている。という事は、頑健もタフネスも額面どおりと考えていい。毒に耐えるというのも、本当だろう。一度軽毒で試しておいてもいいかもしれない。
毒を飲んでも平気な体、というのは覚えておく価値がある。俺が平気なものは、他人には平気じゃないかもしれないと言う事だ。使い道は、追い追い考えればいい。
鍋も手に入った事だし、湯くらいはいつでも沸かせるが。生水で悩む必要は、最初から無かったらしい。
◆
冒険者ギルドは、すぐに見つかった。
大通りに面した、二階建ての大きな建物。剣と天秤の看板が下がっている。腕っぷしと、買い取り。冒険者という商売を、よく表した看板だ。
扉を押した。
中は酒場になっていた。まだ日も高いのに、酒の匂いが籠っている。奥に受付らしき窓口。手前のテーブルに、冒険者達が屯している。
入った瞬間、視線が集まった。
……まあ、そうなるか。
女が一人で入ってきた。しかも、体つきは細く、服はぶかぶかの男物。誰がどう見ても、場違いだ。
先に服を買って着替えるべきだったと、少し後悔した。
値踏みされているのが分かる。品定めの目、面倒事を持ち込むなという目、それから――
装備の良い連中が固まっている一角に、一人だけ、こちらへ笑いかけてくる男がいた。
身なりがいい。剣も安物じゃない。だが軽薄そうな顔で、俺と目が合うと、片眉を上げて会釈のような仕草をよこした。
……面倒なのに気に入られたな。
まあいい。ああいう手合いは、使える。情報屋をやってたやつもあんな感じだった。
だが今は無視しておく。
俺は視線を全部受け流して、まっすぐ受付へ向かった。
受付には、若い女がいた。俺と同じか、少し下くらいだろう。制服を着て、帳簿を前にしている。
「登録を、お願いしたいのですけれど」
「は、はい。冒険者登録ですね。ええと、お名前を」
「ヴィヴィ」
「……ヴィヴィ様。姓は」
「無いの。それだけよ」
受付嬢は少し戸惑ったが、すぐに書き込んだ。この街では、珍しくもないのだろう。姓を持たない人間の方が、むしろ多いのかもしれない。
「登録料が、銀貨一枚になります。あと、簡単な説明を」
俺が財布を出しかけた、その時だった‐――。
6話・了
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