第六十八話 「わたし」と「おれ」
サイゾウたちが合流して数日後、倭国から正式な協力要請が届いた。
王国の出兵を前に、七都市同盟の支援を求めるという。七人委員会で確認すると決めていた、倭国側の意思がようやく分かった。
知らせを受けたグランティアは、私たちに出発の準備を命じた。ダン達も忙しく動いており、最近はギルドにあまり居ない事が増えていた。
先に送り出した六小隊は、すでに国境付近と倭国側へ分散している頃だろう。これから私たちも向かい、集まった情報を受けとり、動き出すことになる。
サイゾウ、月夜、睦月の三人が加わってから、待っていた数日間は互いの戦い方を知る時間に使った。
私たちは、リリやほかの妖精たちを使った索敵と連絡の方法を見せた。離れた場所から《妖精の声》で敵の位置を伝え、地上の仲間がそれを受けて動く。妖精たちが同時に喋ると何も聞き取れなくなることも、実際にやって見せた。
「聞こえ過ぎるいうんも、難儀なもんやな」
サイゾウが感心したように言った。
「だから、誰がいつ何を報告するか決めてあるの」
「なるほどな。わしらも慣れんと、肝心なときに頭ん中で迷子になりそうや」
月夜と睦月はサイゾウより早く報告の順番を覚えた。
サイゾウが二人に何か言おうとしたところへ、リリから次の報告が届く。彼は途中で口を閉じ、聞き終えてから兵の位置を指さした。
「今のは北側やろ?」
「ええ、合ってるわ」
「ほら、わしもできるやん」
「一回目からできたのは、月夜と睦月だけどね」
「ツッコミ入れとったら分からんくなっただけや」
彼らも《忍術》と呼ぶ技を見せてくれた。
精霊術と魔術を混ぜたような、不思議な使い方だった。何をどう組み合わせているのか、見ただけでは分からない。ただ、派手な魔法を放つためのものではなく、主に幻術と呼ばれる技に長けた技法だと分かった。
♢
サイゾウとは、軽く手合わせもした。
最初は短刀も抜かず、互いの間合いを確かめるだけだった。私が踏み込めばサイゾウが退き、彼が横へ回れば私も身体の向きを変える。幻術を織り交ぜたフェイントはやっかいだが、思考加速すれば対処できるだろう。
一度、間合いを詰め直し思考加速を起動する。
すると彼は手を振って、勝手に訓練場の端へ歩いていく。
「これ以上は、お互い手の内を晒さんと無理やな」
私は追わなかった。
こちらも、まだ全部を見せてはいない。サイゾウも同じなのだろう。勝負は有耶無耶になったが、彼がただ口の達者な男ではないことは、十分に伝わった。
去り際、サイゾウが振り返って言った。
「あんさんの戦い方は、まるで《忍》やな。身体強化に重点を置いて、派手な魔法より効率的な殺傷を優先しとる」
彼はいつもの調子で笑っていた。
♢
出発の日、ミラはギルドの前まで見送りに来ていた。
「ヴィヴィさん。必要な書類は、こちらにまとめてあります」
「ありがとう。助かるわ」
受け取った束は、順番まで揃えてあった。ミラは私に渡す前にもう一度端を確かめ、それから顔を上げた。
目に涙が溜まっている。
以前、遠征へ出たときもそうだった。見送る間は気丈に振る舞おうとして、どうしても顔に出てしまうらしい。
「今度は倭国まで行くんですよね」
「ええ。でも、連絡は入れるわ」
「はい。こちらでも、できることはやっておきます」
ミラはしっかり頷いた。声は少し震えていたが、笑おうとしている。
「行ってらっしゃいませ、ヴィヴィさん」
「行ってくるわ」
リリがミラの前まで飛んでいき、両手を振った。ミラも笑顔で振り返す。
私は仲間たちに合図を出し、街を後にした。
♢
サイゾウの言葉が、ふと頭に浮かぶ。
身体強化に重点を置き、効率的な殺傷を優先する。言われてみれば、そのとおりだ。
前世の「わたし」の影響なのだろう。
だが本来、戦いとは効率的であるべきじゃないのか?
そう考えてから、妙な引っかかりを覚えた。
……今、「わたし」は「わたし」のことを「わたし」と言ったか?
前世の自分を思い浮かべたはずだった。
この身体で目覚める前の、傭兵として戦っていた自分を。
なのに、何の違和感もなく「わたし」と呼んだ。
何だ、この違和感の無い、違和感は。
いつから「わたし」は「わたし」になった?
「わたし」は「おれ」だったはずだ。
転生したばかりの頃、頭の中では自分を「俺」と呼んでいた。周囲に合わせて喋り方を変えることはあっても、考えている自分まで変わったつもりはなかった。
では、いつからだ。
昨日か。一月前か。それとも、もっと前なのか。
はっきりした境目が思い出せない。
思えば、この身体に転生した頃に感じた、激しい憎悪のような感情はいつから消えた?
目を覚ましたときには確かにあった。私が知らない相手への怒りが、理由も分からないまま胸を満たしていた。
いつの間にか、それを感じなくなっている。
薄れていく過程にも気づかなかった。
「わたし」はヴィオレッタなのか?
それとも「傭兵だった俺」なのか?
どちらの記憶も、私にはある。今まで自分で考え、選んできたことも覚えている。だが、どちらか一方を答えにしようとすると、何かが違った。
なぜだろう。
どちらにも違和感を感じる。
「わたし」とは、誰なんだろうか……。
「ヴィヴィ? どったの?」
目の前にリリがいた。
気がつくと、私は馬上でぼんやりしていたらしい。リリが私の顔の前にへばりつくように浮かび、心配そうに覗き込んでいる。
「なんでもないわ。少し考え事……たいしたことじゃないわ」
「なにかあったなら相談してね! リリも一緒に考えるよ!」
そう言って、リリはモカの頭へ飛んでいった。
モカがこちらを振り向く。
「うがっ」
まるで自分にも相談しろと言いたげな声だった。
私は小さく笑った。
モカの背中には、新しく仲間になった四人の妖精が乗っている。リリを囲み、《妖精の声》の使い方について熱心に話していた。
四人は姉妹だそうだ。
長女からシャル、シル、シュル、シェル。続けて呼べば舌を噛みそうになるが、順番に覚えられるのは助かる。
彼女たちはリリとあっという間に打ち解けた。今ではリリを隊長と呼び、報告の仕方や声を届ける相手の選び方を教わっている。
モカの背中が、すっかり妖精たちの教室になっていた。
まだ一緒に過ごした日が浅く、私は四人とあまり話していない。今夜はもう少し、彼女たちのことを聞いてみてもいいかもしれない。
四姉妹が暮らしていた林の中の村は、王国との戦争で焼かれたのだという。仲間も多く失ったそうだ。
リリと並んでいる姿はあどけない。笑いながら練習しているのを見ると、悩みなどないように思ってしまう。
だが、各小隊へ入った妖精たちも含め、王国に対して思うところがあったのだろう。危険な仕事だと聞いたうえで、自分たちから来てくれたのだから。
私は彼女たちの声に耳を傾けた。
自分が何者なのか、まだ分からない。
それでも、今は王国との戦争の最中だ。私だけ自分探しをしている場合じゃないわね。
「もうちょい行ったところに、手ごろな広さの空き地があるでな。そこで今日は野宿にしとこか」
前を行く馬車の中からサイゾウが振り返って言った。
「分かったわ。みんなにも伝えて」
「はいはい。……って、わしゃ小間使いか?」
「そう呼んでほしいの?」
「欲しないわ!」
モカの背中で、四姉妹がリリと一緒に笑っている。
私も空を見上げて、馬を進めた。
第六十八話・了
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