第六十七話 馬鹿のサイゾウ
翌朝、私はサイゾウたち三人を連れてグランティアの執務室を訪れた。
昨日、彼らを私の部隊で使うと決めた。だが、倭国の《忍》が七都市同盟内で活動するとなれば、私一人の判断で済ませるわけにはいかない。
扉を開けると、グランティアが書類から顔を上げた。
「なんだいヴィヴィ。男を連れて挨拶たぁ、いい男でも見つけたのかい? それにしちゃ、後ろに女も二人ついてるね」
「他国の密偵を捕まえたから、連れて来たわ」
「いや、そうやけど! 言い方っちゅうもんがあるやろがい!」
私はぽかんとした顔でサイゾウを見る。
「をい! ぽかん顔やめぇや! 誤解に拍車がかかるやないけ!」
睦月が口元を押さえた。月夜はサイゾウからそっと目を逸らしている。
グランティアは三人を順に眺め、眼鏡の縁をくいっと上げた。
「その話し方からすると、倭国の《忍》だね。まあ、うちで動いてたのは知ってたけどねぇ。案外、馬鹿そうで馬鹿だったねぇ」
「またそれかいな!」
「知っていたの?」
私が聞くと、グランティアは肩をすくめた。
「倭国から来た商人が何人か、うちの街で妙に熱心に人の出入りを見ていてね。商売以外にも用がありそうだとは思ってたよ」
サイゾウは苦笑して否定しなかった。
「それでヴィヴィ。そいつらをどうしたいんだい?」
「馬鹿っぽいけど、腕は確かよ。後ろの二人はかなり使えるわ」
「一言余計やで」
「この三人と、馬鹿の配下が王国に商人として入り込んでるらしいから、うちで雇いたいのよ」
「何回言うねん、馬鹿って!」
「配下は総勢十二人。そのうち九人は、今も王国内で商いを続けているそうよ」
グランティアの表情が変わった。
「王国内に、すでに人がいるのかい」
「ええ。軍の動向を探るにはかなり有効でしょう?商人なら取引相手や荷の動きから調べられるでしょうし」
先に送り出した六小隊の仕事は、国境付近と倭国側から王国軍の動きを見ることだ。王国内部での準備について調べるには危険も多くなる。
「それに、倭国へ入ってからも土地を知る人間は必要よ。村から村へ抜ける道や、荷車が通れる山道とかは、地図だけでは分からないもの」
「ふむ」
グランティアはサイゾウたちを見た。
月夜と睦月は静かに立っている。サイゾウも、さっきまでの抗議をやめてわざとらしくキリッとしている。
「なるほどね。ちなみに倭国は、私らの助けを必要としてるのかい?」
「それに関しちゃ間違いなく、必要と言える。このわしが保証したるわ」
サイゾウが即答した。
七人委員会では、倭国に使者を送り、協力を求めているか確かめることになっている。サイゾウの言葉だけで派兵を決めることはできない。
グランティアも、それは承知していた。
「まあ、馬鹿が保証しても仕方ないけどねぇ。いいだろう。あんたの好きにやんな」
「おまんら、わしの事、馬鹿馬鹿と言い過ぎと違うか? なあ?」
サイゾウが睦月と月夜を振り返り同意を求める。
二人は一瞬で視線を外した。
「……おまんらまで?」
「はっはっは! なかなか笑わせてくれるじゃないかい」
グランティアが声を上げて笑う。
「ただしヴィヴィ、あんたがこいつらの面倒を見な。何かあったらケジメつけるのもあんただよ」
「分かってるわ」
現状で倭国と私達の目的は同じだ。
それでも、私たちが持つ情報をすべて渡していい理由にはならない。
グランティアはサイゾウに向き直った。
「ヴィヴィに使われるんで、構わないんだね?」
「最初からそのつもりで頼んでますわ」
「だったら話は早い」
グランティアは笑みを残したまま、眼鏡を押し上げた。
「いいだろう、サイゾウ。七都市同盟内でのあんたの行動は、私が保証してやるよ」
サイゾウが首を傾げた。
「わし、何を認めて貰って保証されたん?」
「ヴィヴィの部隊として、うちの街を出入りしていいってことさ。ただし、問題を起こせばあたしとヴィヴィのところへ話が来る。そしたらヴィヴィがあんたを締め上げるからね」
「それ、わしだけ責任が重くなっとらん?」
「最初にうちを探ってたのは、あんたらだろう?」
「そら、そうやけど……」
サイゾウは口を尖らせた。睦月と月夜は何も言わない。
グランティアはまた小さく笑った。
「話は済んだよ。ヴィヴィ、そいつらを連れていきな」
「ありがとう。じゃあ、行くわ」
「ひどい雇い主に当たってもうたなぁ」
サイゾウのぼやきを背中で聞きながら、私たちは執務室を後にした。
◆
「グランティア様、よろしかったので?」
四人が出ていくと、秘書が心配そうに声をかけた。
「倭国の密偵に、同盟内での行動を保証なさるとは」
「あんたやヴィヴィは知らんだろうけどね」
グランティアは閉じた扉を見つめた。
「倭国において《サイゾウ》と言ったら、《忍》の頭領の名さ。代々襲名される、最高の忍に贈られる称号みたいなもんなのさ」
「……あの方が、頭領ですか」
「そうさ。隠す気があるなら、別の名を使ったはずさ」
秘書は先ほどのやり取りを思い出し、困った顔をした。
「大丈夫さ。サイゾウを名乗ってせこい真似はしやしないさ。それにヴィヴィなら、使いながら見極めるだろうよ」
グランティアがくくくと笑う。
「ヴィヴィも、面白い男を引っかけて来たね。さすが私の娘だよ」
秘書は返事に困ったまま、机の上の書類へ目を落とした。
◆
ガイルたちが集まっているところへ三人を連れていくと、全員がこちらを振り向いた。
新しい仲間が加わることは伝えてある。
「紹介するわ。こちらから、睦月、月夜、そして馬鹿のサイゾウよ」
「ちょい待ち! なんでわしだけ説明がおかしいんや!」
睦月と月夜が頭を下げる。サイゾウは抗議したまま立っていた。
ガイルが感心したように頷く。
「なんだ、もう二つ名持ちなのか? 凄いな」
「そんな二つ名、丁寧に包んで送り返したるわ! 誰が馬鹿のサイゾウやねん!」
「違うのか?」
「違うに決まっとるやろ!信じるなや!真面目か!」
ガイルは真面目な顔で私を見た。私は肩をすくめる。
「なんや、その反応!」
トッドが吹き出した。シフォンも口元を押さえている。
「三人は倭国の《忍》よ。これから私たちと一緒に動くことになるわ。サイゾウの仲間が九人、王国内で商人として活動している。情報に関してはかなり幅広く集めれる様になったわね」
ガイルの表情が引き締まった。
「王国内に入り込んでいるのか」
「ええ。集めた情報を私たちにも回してもらう予定よ」
サイゾウが胸を張る。
「わしら、腕はええで。安心して使うてくれ」
「サイゾウはお話も上手だよ!」
モカの頭の上からリリが言った。
「おっ、妖精のお嬢ちゃんは分かっとるやないか」
「ずっと喋ってるもん」
「せやで、話しとらんと息が吸えないからな!ってそんな訳あるかい!」
今度はバルガスまで笑った。
睦月と月夜は、サイゾウの後ろでほくほくした顔をしている。隊長がからかわれるたび、二人の機嫌がよくなっているようだった。
オルドが前へ出て、サイゾウに手を差し出す。
「よろしくな、馬鹿のサイゾウ!」
「おまえらなぁ!」
サイゾウは文句を言いながらも、その手を握った。
ガイルたちも順に三人へ声をかける。月夜と睦月は笑顔で挨拶を返した。サイゾウだけは、名前を呼ばれるたびに身構えている。
倭国の密偵が加わると聞けば、もっと堅苦しい顔合わせになると思っていた。
どうやら、その心配は要らなかったらしい。
面白いやつが来たもんだな。
第六十七話・了
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