第六十五話 妖精の声
七人委員会から戻って、最初にしたのはガイルたちへの報告だった。
「ジパンナへ行くのか?」
ガイルが尋ねる。
「まだ決まっていないわ。ジパンナに使者を出して、返事を待つことになった」
「その間に特殊部隊を作るんだな」
「ええ。私たちとは別に、八人編成の小隊を六つ招集するわ」
ガイルは指を折った。
「四十八人か」
「私たち八人を足して、五十六人。各小隊には妖精が一人入るから、兵は七人ずつね」
「ずいぶん増えるな」
「全員揃って移動する部隊ではないから、実感は薄いかもしれないけどね」
王国軍の後方へ入り、兵糧の運搬経路や指揮官の位置を調べる。戦うとしても、狙いを定めて短く仕掛け、すぐに離れる。元々直接戦闘を派手にやるのが目的じゃないのだ。その本質は情報収集、後方かく乱と言った工作部隊だ。任務に合わせて小隊規模で人数を調整し、補給部隊を狙ったり、暗殺をする事もあるだろう。
それぞれの小隊が離れて動けるようにするのが、今回の編成の目的だった。
各都市から候補者が集まり始めたのは、それから数日後のことだ。
七人の兵が六組、四十二名が選抜されてきた。各隊員は目立った特徴は無く、基本的な装備で構成も至って普通の冒険者といった感じだ。ここに妖精が一人ずつ加わって小隊規模で行動することになる。
最後に来たのは、ミエリッキから協力を申し出た妖精たちだった。
「みんな、話は聞いてるよ!」
リリが先頭に立って飛んでくる。
その後ろには10人程の妖精がいた。私たちを囲むように飛び、兵たちの顔を次々と覗き込んでいる。
「危ない仕事だということも?」
「うん。それもちゃんと説明したよ」
リリが頷くと、ほかの妖精たちも声を上げた。
「遠くまで飛べるよ!」
「人を見つけるの、得意!」
「道も覚えられる!」
「分かった、分かった。まずは誰がどの小隊に入るか決めましょう」
こうして五十六人が揃った。余った4人の妖精達はリリの配下として小隊間の通信の中継役を担う。
全員が同じ場所に集まるのは、これが最初で最後になるだろう。
私たち八人を除く六小隊は、それぞれ別の場所で活動する。集まる必要があるのは、各小隊の通信役を務める妖精たちだけだ。情報を持ち寄り、次の指示を受け、自分の小隊へ戻る。
補給部隊を狙う時など、人数が必要であれば小隊同士で連絡を取り合い一時的に集まって連携するといった運用方法を説明した。各々明らかな訓練を受けて来た兵士達で私の言う事を当たり前に理解して行った。
「まず、通信の練習をするわ」
私は訓練場に小隊を散らした。
兵たちには荷車の周辺や壁の陰へ移動してもらい、妖精たちにはそれぞれの小隊を上から見てもらう。私は中央に立ち、ガイルと一緒に報告を受けることにした。
「見えたものを伝えて」
合図を出した途端だった。
『こっち、三人いるよ!』
『荷車の後ろに一人!』
『あっ、動いた!』
『どこ?』
『こっち! こっちだよ!』
『壁のところにもいる!』
「ちょっ、待っ……」
声が頭の中で重なった。
一人ひとりの声は、近くで話しているようにはっきり聞こえる。だからこそ厄介だった。誰かの報告を聞き取ろうとしたところへ、次の声が割り込んでくる。
右に三人いたのか、荷車の後ろに三人いたのか。動いたのはその三人なのか、壁の近くにいた別の誰かなのか。
私が黙り込んでいると、ガイルが横で眉間を押さえた。
「これは……うるせえな」
「ええ。よく見えているのに、聞く側が追いつかない」
妖精たちを呼び戻し、報告の仕方を決めた。
最初に場所。次に相手の人数。最後に動き。見えないものは推測で埋めない。緊急の報告を除いて、一人が話し終わるまでほかの妖精は待つ。緊急性が高い場合は割り込みしていい等だ。
「もう一度やってみましょう」
妖精たちが散る。
『北側の壁。兵が二人。荷車へ向かって歩いてる』
少し間を置いて、別の声が届いた。
『東の門。兵が一人。動いてない』
これなら聞き取れる。
私は二つの位置を確認し、ガイルに伝えた。ガイルが兵へ手で合図を送り、二人が荷車の反対側へ回る。
何度か繰り返すうちに、妖精たちも報告の順番に慣れてきた。
「ちゃんと聞こえた?」
戻ってきたリリが、私の肩に腰を下ろす。
「ええ。さっきよりずっといいわ」
「最初も全部教えたよ?」
「教えてくれたのは分かってる。でも、みんな同時だと聞き取れないの」
リリは少し考え込んだ。
「それ、敵にやったら?」
私はリリを見た。
「敵に?」
「うん。聞き取れないくらい、みんなで話すの」
敵へ情報を伝える必要はない。相手が何を聞いたのか考えている間に、命令を一つ遅らせられれば十分だ。
私はガイルを振り返った。
「試してみましょうか」
「……お、おい」
「指揮官役を頼めるのは、あなたくらいでしょう?」
ガイルは露骨に嫌そうな顔をしたが、訓練場の中央へ出てくれた。
兵を数人置き、ガイルには彼らを動かして荷車を守るよう頼む。私たちは離れた場所から、ガイルを確認。
妖精たちが周囲へ散る。
「敵の指揮官には、皆で笑ってあげなさい」
私が言うと、リリが楽しそうに振り向いた。
「笑うだけでいいの?」
「ついでに相手を馬鹿にするといいわ」
「分かった!」
私が手を上げた。
ガイルが守備の兵へ向き直る。
「お前ら、荷車の左右を――」
『きゃっきゃ!』
『うふふふふ!』
『あははは!』
『くくくく……』
ガイルの口が止まった。
兵たちは何事かと顔を見合わせる。声を向けられていない彼らには、何が起きたか分からない。
『真面目過ぎると禿げるよー!』
「……やかましい!」
ガイルが頭上を睨んだ。
「それと、今禿げるって言ったのはどいつだ!」
妖精たちが一斉に笑う。リリは素早く飛んできて、私の陰に隠れた。
「隠れても声で分かるんだよ! リリ!!」
「ばれた!」
リリが私の肩の後ろで笑っている。
ガイルが指揮に戻ろうとしたときには、兵たちはまだ最初の命令を待っていた。その間に、攻撃側の役を頼んでいた二人が荷車の脇まで進んでいる。
「そこまで」
私は手を叩いた。
「どうだった?」
「うるせえ」
「命令は?」
「会話中に割り込まれたら、会話にならねぇ」
ガイルは頭を掻いた。
同じ手が何度も通じるとは限らない。敵の指揮官だって、次からは無視しようとするだろう。それでも、動き出すべき瞬間に一度でも迷わせられれば、小隊が近づく時間や、逃げる時間を作れる。
「これは報告とは別の使い方ね」
私は妖精たちに言った。
「普段は一人ずつ、短く正確に。邪魔をすると決めたときだけ、みんなで一斉に」
「笑うのも?」
「ええ。ただし、相手に近づきすぎないこと。相手に見つからないのがあなた達の一番の仕事よ」
妖精たちが元気よく返事をした。
その日の夕方、六小隊に最初の行き先を伝えた。
王国と倭国の国境付近。それから倭国側の街道や、王国軍が通りそうな土地。小隊ごとに場所を分け、見つけた情報は通信役の妖精を通して報告させる。
ジパンナから協力の返事は、まだ来ていないが先行偵察は必須だ。
だから今は、情報収集に徹して地形や町や村の位置関係等を頭に入れるのが目的だ。
「もし王国軍の大部隊を見つけたら?」
小隊の一人が尋ねた。
「人数と進路を確かめて、離れて。戦わなくていい」
「見失ってもですか?」
「見失ったことを報告して。追って全員が捕まるより、よほど役に立つわ。あなた達は徹底して目立たない事、英雄的な行動は全体を危険に晒すわ」
男は頷いた。
翌朝、六小隊はそれぞれ違う道を選んで出発した。
全員を見送ったあと、ガイルが私の隣へ来る。
「本当に、あいつらだけで先へ行かせるんだな」
「情報が欲しいもの。ジパンナから返事が来てから探し始めたんじゃ後手後手もいいところよ」
リリが私の肩から飛び、遠ざかる妖精たちへ手を振った。
彼女たちは、それぞれの小隊と一緒に行く。次に顔を合わせるときは、どこかで見つけた情報を持って戻ってくるだろう。
ガイルがふいにトッドを呼んだ。
「なあ。ちょっと俺の頭を見てくれ」
「頭?」
「上からだ。……俺、禿げてないよな?」
トッドは困った顔で、ガイルのつむじを覗き込んだ。
「普通のつむじだと思うけど」
「思う、って何だよ」
少し離れたところで、フィナが呟く。
「……禿げたらいいのに」
「聞こえてるぞ!」
ガイルの声に、リリと残った妖精達がまた笑った。
私はもう一度、六つの小隊が進んでいった道を見た。
姿が見えなくなっても、彼らの仕事は続く。王国軍がどこから来るのか。ジパンナが何を求めるのか。
地味で華やかな見送りも無い。結果を出しても公には褒めて貰えない部隊に少し懐かしさを感じていた。
第六十五話・了
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