第六十四話 再び、七人委員会
中央都市ヘクサゴナへ来るのは、これが二度目だ。
六角形の城壁に囲まれた街には、七都市のどこからも議長が集まりやすい。前回もここで七人委員会が開かれた。
今回は道中の護衛任務ではない。王国が東方のジパンナへ出兵を決めたと聞き、グランティアが私を連れてきたのだ。
「前と同じで、付き添いは一人までだよ」
会議場へ向かいながら、グランティアが言った。
「分かってる。後ろで聞いていればいいんでしょう?」
「必要になったら、あたしが呼ぶ。それまでは黙ってな」
会議室へ入ると、すでに何人かの議長が席に着いていた。
真っ白な毛のぺスが私に気づき、いつもの笑っているような顔をこちらに向ける。足元のポチは書類を抱えたまま、ちらりとこちらを見た。
前に会ったときは、自分から頭を寄せてきたのに。今日は忙しそうで残念だ。
私はグランティアの椅子の後ろに立った。
やがて七人が揃い、ぺスが会議を始めた。
「まず、王国の動きについて報告します」
ポチが一枚の紙を読み上げる。
王国がジパンナへの出兵を決めたという情報は、複数の商人から届いていた。王国内の街道では、兵糧を運ぶ荷車も増えている。遠征軍の規模や出発日は、まだ分かっていない。
「ミエリッキから退いたばかりだぞ」
リネアのアルドが、腕を組んだ。
「あの国は兵を休ませる気はないのか?国民感情だってあるだろうに」
「負けたままでいたくないんだろうね」
グランティアが答えた。
「次の戦に勝って、王国の強さを見せたいのさ」
王の胸の内までは分からない。だが、敗戦のあとにこうまで早く別の国への出兵を決めた。それだけで、周りの国は警戒する事になる。
「ジパンナから何か連絡は?」
ステラが尋ねた。
「まだありません」
ぺスが答える。
「王国の動きを伝える使者は、こちらから出せます。ただ、ジパンナが七都市に協力を求めるかどうかは分かりません」
「頼まれてもいないのに兵を送り込めば、向こうにも迷惑だね」
前回、ミエリッキを支援すると決めたときも、彼女は兵を出すことに反対していた。自分の都市の者を他国の戦争で死なせたくない。その考えは今も変わっていないはずだ。
「だが、返事が来てから準備を始めては遅い」
ドランザートが低い声で言う。
「王国が東へ向かう以上、我々も備えるべきだ」
「軍を出すべきだと?」
「必要になったとき、動けるようにしておくべきだと言っている」
ドランザートとグランティアが向き合う。
前回の会議でも、この二人は同じことで意見が割れた。王国を警戒する点では一致していても、兵を動かすかとなると話は別だ。
「それなら、今ある遊撃隊を使えるんじゃないか」
アルドが言った。
「各地を回って状況を調べるために作った組織だ。ヴィヴィたちはミエリッキでも結果を残したんだろ?」
そこで議長たちの目が、グランティアの後ろにいる私へ向いた。
「ヴィヴィ」
グランティアが振り返る。
「前へ来な」
私は円卓の脇へ進んだ。ポチが広げた地図には、七都市と王国、その東にあるジパンナまでの道が描かれている。
「遊撃隊をジパンナへ送ったら、何ができる?」
グランティアに聞かれ、私は地図を見た。
「先にジパンナの意向を聞きたいけど、八人だけで行くなら偵察と連絡役ね。王国軍の位置を調べて伝える。戦うとしても、小規模。大勢に影響を出すのは難しいわね。」
「人数を増やしたらどうだ?」
「できる仕事は増える。でも、人数だけ増やしても、訓練された兵でなければあまり意味は無いわね」
私は街道を指した。
「普通の部隊なら、この道を進んで拠点を守る。遊撃隊なら少人数に分かれて、敵の動きを調べたり、後方を襲ったりする」
「今回必要なのは、さらに別のスキルか」
ドランザートが尋ねた。
「ええ。ジパンナが協力を求めるなら、仕事を絞った特殊部隊が欲しい」
王国軍そのものを倒すための軍ではない。
たとえば王国軍がどの道を使うのか、兵糧をどこへ運んでいるのかを探る。後方撹乱を主目的にした部隊だ。場合によっては暗殺も視野に入れる。
そのためには、偵察する者と、情報を受けて動く者が素早く連携できなければならない。
「今の遊撃隊とは、何が違う?」
ロトンドが聞いた。
「私たちは普段、各地の調査や小さな村の支援もしている。だけど今回必要なのは相手に組織的な動きをさせない特殊部隊よ。出来れば情報操作、暗殺、潜入等のスキルが欲しい」
「兵の選抜はできる」
アルドが言った。
「だが、王国と戦うなら相応の人数が要るぞ」
「倭国の防衛力は決して低くない。地形を利用した戦いをすれば倍の兵でも倒せるでしょう。だから、私が欲しいのは、別行動しても命令を守れる人たちよ」
アルドが私を見つめた。
「分かった。候補を出そう」
「待ちな」
グランティアが口を挟んだ。
「兵を出すと決めるのは、ジパンナから返事が来てからだよ」
「分かってる。今は選んで訓練を開始するだけだ」
「だったらいい」
ぺスがポチへ顔を向けた。ポチは書類に何かを書き加える。
「ジパンナへ使者を送り、協力が必要か確かめる。同時に、各都市で部隊の候補者を選ぶ。それでよろしいですか?」
七人は異議を唱えなかった。
私はもう一つ、先に頼んでおきたいことがあった。
「ミエリッキにも使者を出してほしい」
「物資についてですか?」
「いいえ、妖精たちに協力を頼みたいの」
ぺスの耳が小さく動いた。
「リリのような?」
「ええ。《妖精の声》が使える妖精が何人か来てくれれば、俯瞰情報を声を出さずに連絡できるのが大きいわ」
山道の向こうに敵が何人いるか。荷車がどちらへ進んだか。
偵察ヘリやドローンに通信機がついてる様なものだ、利用しないテはない。
「ただ、妖精なら誰でもいいという話じゃない。来たい子がいるか、本人たちに聞いてほしい。危険な仕事になることも伝えて」
「そうしましょう」
ぺスが頷いた。
「受け入れる準備には、どれほどかかりますか?」
「妖精たちが着いてから、兵と一緒に訓練する時間が欲しい。だから、先に部隊だけをジパンナへ送るつもりはないわ」
リリと私がやってる様な連携を新しいメンバーにも練習させる必要がある。
それは、実際に妖精たちが来てからでないと、訓練にならないのだ。
◆
「そしてもう一点、魔国、北方のドワーフ国へも使者を送りたい」
「王国が東へ兵を出す間、魔国側と北方の国境で動きを見せて貰えれば守備に回さなければならない兵が増えるわ」
「魔国に戦争を頼むわけじゃないんだね?」
グランティアが念を押す。
「国境を超える必要は無いわ、プレッシャーをかけて貰えればそれで十分。」
魔国軍はミエリッキで王国軍と戦った。王国が次にジパンナを攻めると知れば、関心を持つだろう。国境で兵を増やすかどうかは、魔国の判断次第になるが。
「北方のドワーフと連絡が必要ですな」
ロトンドが言った。
北方には雪深い山岳地帯と、ドワーフたちの地下王国がある。少ない兵で守れる堅固な土地だが、王国が次々に出兵していることを不安に思っているだろう。
「まず、互いの情報を伝え合う相手を決めてはどうでしょう。話が進めば、同盟についても相談できます」
ぺスが提案し、議長たちが頷いた。
ジパンナには使者を送り、必要な協力を尋ねる。ミエリッキには妖精たちの協力を依頼する。魔国と北方には王国の動きを伝え、それぞれの考えを確かめる。
「そして七都市同盟でも、国境付近で演習の名目で兵を動かせば11万の兵と言ってもその大多数を防衛に割くことになるわ」
「あんたの策は、えげつないね。中立を建前上は守りつつ無関心ではいられない動きを見せる」
「上手く行けば魔国に6万、北方、七都市同盟に各1万は配置するでしょうね。そうすればミエリッキで疲弊した1万2000を防衛戦力に回したとして倭国に出せるのは約3万」
ステラは目を輝かせて言う。
「ちょっと、ヴィヴィちゃんて元ご令嬢よね?どこからこんなエゲツない戦略を思いつく訳?私は正直大賛成よ。建前上の中立で嫌がらせしようって考え方が気に入ったわ」
議会中が軽い笑いに包まれる。
「どちらにしても、遠からず中立国では居られなくなるだろうな」
「こんな無差別な戦争を仕掛ける国と中立を保っても意味は無いわ。相手が変わったのなら、こちらも変わるべきよ。その変化に着いていけなかった国から滅びる事になるでしょうしね」
議長達は黙って頷くしか出来なかった。
前回の七人委員会では、ミエリッキを支えるための金と物資が議題だった。今回は兵の準備まで話している。最早中立国で安心とは言っていられない。
王国が一つ戦争を始めようとするだけで、これだけ多くの国が動くのだ。王国にとってこの変化は何かが崩れ出した変化かもしれない。
第六十四話・了
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