第六十三話 歪な思い
王国の東に、倭国と呼ばれる国がある。
ジパンナという名を使うのは、王国をはじめとする他国の者たちだ。かの国の人々は、自らの国を「倭国」と呼ぶ。
そのジパンナへ出兵すると、王が決めた。
騎士団長のもとへ届いた軍議の招集状には、遠征軍の編成と出発時期を協議すると記されていた。出兵の是非については一言も記載されていない。
「いつ決まった」
招集状を届けた官吏に尋ねると、昨夜、王と数名の大臣、遠征軍を率いる将軍との間で決定したという。
騎士団長は招集状を机へ置いた。
何の為の騎士団長か、そんな思いがこみ上げて来たがここで出す訳にもいかない。
ミエリッキへの出兵では一万二千の兵を動かした。王国軍の総数は約十一万。国境の守りを残したまま、ジパンナへ新たな軍を送ることは可能だろう。
兵がいるから出兵するのか。そんな兵法にもなっていない理由の出兵など認められるはずがない。
騎士団長が知りたいのは、そこだった。
◆
軍議の卓には、ジパンナまでの街道とその先の山地、湿地を描いた地図が広げられていた。
遠征軍を任された将軍が、進軍計画を説明する。
王国内の街道沿いに兵糧を集め、先遣隊が橋と山道を調べる。主力は一度に進めず、数日に分けて送り出す。湿地へ深く入らず、まずは街道近くの拠点を押さえる。
騎士団長は計画書を読み、将軍の説明と照らし合わせた。補給の日数も、斥候に割く人数も記されている。ジパンナ軍の兵力は約一万五千だが、地形を使った防衛戦を得意とすることも、将軍は承知していた。
作戦の不備を探しても、出兵そのものを止める理由にはならない。
「説明は以上だ」
将軍が席につくと、王が出席者たちを見渡した。
「意見を聞こう」
騎士団長は立ち上がった。
「ミエリッキでの敗北の傷も癒えていない状況で、時を置かず別の国へ出兵とは。陛下は何をお考えなのですか」
軍務を担当する大臣が、騎士団長へ顔を向けた。
「騎士団長殿はいったい何を気にしておいでなのか? 我が軍の総数は約十一万にも及ぶ。一万二千の兵が癒えておらんでも、いまだ十分な戦力があるではないか」
「遠征軍を編成できることは、私も認めています」
「では何が問題だ」
「ミエリッキへ向かったとき、我々は彼らの戦力だけを見ていました。しかし実際には魔国軍が介入し、撤退した。ジパンナについても、一万五千という数字だけを見て判断していませんか」
将軍がすぐに答えた。
「地形も戦い方も計画に入れた。そのために斥候を増やしている」
「将軍の作戦については、そのとおりだ」
騎士団長は頷いた。
「私が問うているのは、ジパンナの外にいる者たちの動きだ」
外交を担当する大臣が、手元の書類を開いた。
「私も同じことを懸念しています。ミエリッキへの出兵以来、他国の使者から問い合わせが増えました。今回、王国が東方へ向かうと知れば、さらに説明を求められるでしょう。彼らは次は自分の国を攻めるつもりか?と危惧しているのです」
「使者には答えればよい」
軍務担当の大臣が言った。
「外交で収められるものは、そうすべきです」
外交担当の大臣は譲らなかった。
「七都市同盟がミエリッキへ物資を送っていたという報告もあります。誰の指示で、何をどれだけ送ったのかは、まだ確認できていません」
「商人が品を売ったのだろう。七都市は我が国とも取引を続けているではないか」
「だからこそ、確かめずに決めつけるべきではありません。あの同盟は王国に次いで人口が多い。現在の中立を失うようなことは避けるべきです」
軍務担当の大臣は笑った。
「だいたい、七都市同盟の戦力と言ってもたかが知れておるではないか。多少の戦力を隠していたとしても、戦争となれば練度がものを言う。しょせんは烏合の衆、何を気にする必要がある」
「まだ敵でない相手を、敵として数え始める必要もないでしょう」
外交担当の大臣が言い返した。
「ジパンナの戦力も大した数ではなかろう」
「一万五千です」
騎士団長は将軍が示した地図を指した。
「この山道と湿地で守る一万五千だ。将軍が斥候を増やしたのは、数が少なくとも厄介な相手だと分かっているからです。そして地の利を得た15000を倒すには倍の戦力でも足りない」
将軍は否定しなかった。
「勝てると考えている。だが、損害を減らすための準備は要る」
騎士団長は将軍を見た。意見は違っても、この男は兵を率いて戦う者として適切な判断をしている。
軍務担当の大臣は、不満そうに腕を組んだ。
「それに、三英雄のこともあります」
外交担当の大臣が続けた。
「聖女様は王国についてくださった。ですが、邪竜討伐をともに成し遂げた残る二人は、今どこにいるのか分かっていません」
三英雄が名を知られるようになった戦いの相手は、一匹の邪竜だった。王国の危機を救ったとされる二人を、王国民であれば誰もが知っている。だが、現在の居場所について確かな情報はなかった。
「あの英雄どもが動くと厄介だぞ?」
「二人がジパンナに味方すると決まったわけではあるまい」
軍務担当の大臣が答えた。
「そのとおりです」
騎士団長は認めた。
「動くか動かないか分からない以上、楽観的には考えない方がいいでしょう」
「不明な者の動向まで気にしていては、いつまでも軍を動かせん」
遠征軍の将軍が言った。
「動かす前に、分かっていること、分かっていないことをきちんと揃えるべきです」
騎士団長は王へ向き直った。
「陛下。将軍にはジパンナと戦う計画があります。勝算もあるでしょう。しかし、なぜ今その戦を始めるのか。私はその理由を伺いたい」
王は、卓に置かれた地図を見た。
「ミエリッキで軍を退いたあと、各国は王国の次の動きを見ている」
「だから外交担当の大臣も、使者を通じて説明すべきだと言っています」
「説明だけでは、王国の力を示せぬ」
騎士団長は言葉を待った。
王は続けた。
「ジパンナを支配下に置けば、王国は東方に領土を得る。ミエリッキで退いてなお、他国を攻め、勝つ力があることも示せる」
王が何を望んでいるのか、ようやく分かった。
「そのために、兵を送るのですか」
「領土を得て、王国の力を示すためだ」
「得た土地には守備兵を置くことになります。ジパンナ軍が山や湿地に退いて戦い続ければ、遠征軍も長く留める必要がある。その間も魔国との国境を守り、北方を警戒し、七都市との交易を維持しなければなりません」
「十一万の兵がいる」
「はい。その十一万を、どこへ何年置くかという話をしています」
王の隣で、軍務担当の大臣が口を開いた。
「騎士団長殿は、勝利後の負担を理由に出兵に反対するのか」
「負担に見合った結果が有るのであれば、賛成します」
騎士団長は王から目を逸らさなかった。
「戦は戦って勝てば終わりと言う訳ではありません。むしろそれからの方が長い」
室内が静まった。
外交担当の大臣が頷く。一方で軍務担当の大臣は、将軍へ視線を向けた。将軍は地図を見たまま、何も言わない。
王国内でも意見は割れている。
「そなたの意見は聞いた」
王が言った。
「だが、出兵は変えぬ」
「陛下」
「騎士団長には王都と魔国側の国境を守らせる。遠征軍は将軍が率いる」
騎士団長はまだ立っていた。
「七都市への使者は?」
「出す。ミエリッキへの物資支援についても調べさせる」
「残る二人の英雄は?」
「所在の調査を続けよ」
王は一つずつ答えた。懸念を無視したわけではない。
その調査が終わる前に、軍を出すと言うのだ。
「……承知しました」
騎士団長は席についた。
軍議は続き、各方面に残す兵と遠征軍の編成が決められていく。外交担当の大臣は、使者を送る順番を確認していた。将軍は斥候の出発を早めると言った。
それぞれが自分の役目を果たそうとしていた。
出兵の決定だけは、誰にも変えられなかった。
◆
詰所へ戻ると、副官が待っていた。
「軍議はいかがでしたか」
「ジパンナへ出兵する。私は王都と西の国境を守る」
副官は黙って頷いた。
「魔国側の守備隊から、最新の報告を集めてくれ。遠征軍に回す兵の名簿も確認したい」
「承知しました」
副官が部屋を出る。
騎士団長は机に地図を広げた。東へ向かう街道も、西の国境も描かれている。北の山岳地帯と、七都市へ続く交易路もあった。
王国には十分な兵がいる。将軍には作戦がある、それは分かっているのだ。
グランティアの屋敷でヴィヴィが言った言葉を思い出す。
『ヴィオレッタの気持ちで言えば、王国は一度滅びるべきよ』
思い出して背中がゾクリとした。
軍議では、同じように出兵を止めようとする者がいた。それでも止まらなかったことを、彼女に話せば何と言うだろう。「まるで、お飾りね」とでも言われるだろうか。
副官が戻るまでに、魔国方面へ残す兵の配置を決めなければならない。
騎士団長は地図から目を離し、最初の報告書を開いた。
第六十三話・了
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