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元傭兵のおっさん。追放された悪役令嬢に転生したので、もっと悪逆非道に生きてみた~物語は語られない所でも動いている~  作者: ななよん
第2章 遠征編

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第六十一話 二人の来訪者

※毎朝4:00頃に投稿中!

挿絵(By みてみん)

 トラペジアの門をくぐる頃には、雪がまた降り始めていた。


 モカが仕留めた大猪の肉は、野営地でオルドが処理し、持ち帰れる分だけ皆で分けている。残りは帰路で立ち寄った村へ寄付してきた。狩りに出たのは私だったはずなのに、結局、モカばかり褒められていた気がする。


 当のモカは満足そうに私の横を歩いている。その頭には、いつものようにリリが乗っていた。


「帰ったらブラシ、もう一回するー」


 リリが白い冬毛を撫でると、モカが喉を鳴らした。


「その前に、お風呂でしょう。あなた、まだ毛づくろいの跡が残っているわよ」


「モカがまた舐めるから、やだー!」


 リリが私の肩へ飛んでくる。モカは見上げるだけで追いかけなかったが、舌を一度動かしたので、リリは私の髪の陰へ隠れた。


 そんなやり取りをしながらギルドへ向かうと、入口で待っていた使いの者が私の名を呼んだ。


「ヴィヴィ様。グランティア議長がお呼びです」


「私を?」


「お客様をお待たせしているそうで、戻られ次第、議長のもとへお連れするようにと」


 使いはそこで言葉を切った。誰が来たのか、伝えるべきか迷っている顔だった。


「どなたがいらしたの?」


「……お二人いらっしゃいます。魔国軍の方と、王国の方が」


 私はリリと顔を見合わせた。


 魔国と王国。互いに敵対する二つの国の人間が、同じ日に私を訪ねてきたらしい。


「一緒に来たの?」


「いいえ。ほとんど同時に、別々にお見えになりました」


 それなら偶然だろう。偶然にしては、あまりありがたくない巡り合わせだけれど。


 ガイルへ先に行くと伝え、私は使いのあとについて議長の館へ向かった。モカは私の横を離れず、リリも肩に座ったまま、珍しく静かにしている。


 応接室の扉の前まで来ると、中から男たちの声が聞こえた。


「先にお話しするのはこちらです」


「順序を決めるのはあなたではない」


「おや。ならばあなたが決めるのですか?」


 扉の向こうで何が起きているか、だいたい分かった。


 使いが困った顔で私を見る。私は頷き、扉を開けてもらった。


 部屋へ入ると、二人の男が離れた席に座っていた。片方は穏やかな顔で副官と話し、もう片方は腕を組んだまま窓の外を見ている。


 一人目の男には覚えがあった。


 魔国軍第3大隊副長のダーツだ。ミエリッキから子供たちを連れて撤収していたとき、街道で会った。今もあのときと同じ女性の副官を連れている。


 もう一人も、顔を見たことがある。


 聖女がこの街へ来たとき、彼女に付き従っていた護衛だ。聖女と私がギルドで揉めたところへ割って入り、彼女を促して立ち去った男。


「ヴィヴィ。こっちが魔国軍のダーツ。そっちは王国の騎士団長だよ」


「……騎士団長?」


 思わず男を見た。


 前に会ったときは、名乗らなかった。護衛たちの剣からは紋章まで消されていた。身分を隠して中立都市へ来た一行が、あそこで名乗れなかったのも当然だ。


 男は窓から視線を戻し、私に頷いた。


「あのときは世話になった」


「お久しぶりね。あれから聖女の腹筋は締まったかしら?」


「うむ、彼女なりに努力はされていた」


 それ以上、騎士団長は言わなかった。


「お久しぶりです、ヴィヴィさん」


「久しぶりね。今度は覗き見じゃないの?」


「正式にお訪ねしましたとも」


 ダーツは笑ったが、副官は「副長、今は余計なことを言わないでください」と小声で注意していた。


 騎士団長は私を見つめたまま、しばらく口を開かなかった。その視線は、私が背負う剣や肩のリリではなく、私の顔に向けられている。


「ヴィオレッタ・ヴァレンシュタイン嬢」


 静かな呼びかけに、部屋の空気が変わった。


 ダーツの笑みも、ほんの少し薄くなる。


 グランティアが私へ歩み寄った。


「ごめんよ、ヴィヴィ。二人ともあんたに会うと言って譲らなくてね。別々に来た客なのに、お互いを見た途端、先に話すのは自分だと言い出したんだ」


「議長を困らせてしまいましたね」


 ダーツが悪びれずに言う。騎士団長は何も言わなかった。


「それなら、私が話を聞けば済むわ。お二人とも、座ってください」


 私も席についた。モカは椅子の脇に身体を伏せ、リリはその頭へ移る。副官が白い巨体に目を丸くしたが、ダーツはモカへは近づかず、距離を保っていた。以前、モカに二度も威嚇されたことを覚えているらしい。


 テーブルには茶器が用意されていた。


「約束のお茶をいただけますかな?」


 ダーツが私へ微笑みかける。


「用意したのはグランティアよ。美味しいと思うけれどね」


「だったら飲んでから話しな。冷めちまう」


 グランティアが茶を注ぎ、私たちの前へ置いた。ダーツは礼を言って口をつける。騎士団長は椀を手に取ったものの、飲まずに戻した。


 魔国と王国の軍人が一つの卓を囲んでいる。どちらも相手の前で、自国の思惑をあからさまに語るわけにはいかない。


 案の定、二人の話は遠回しだった。


 ダーツは魔国でなら私に「ふさわしい待遇」を用意できると言った。以前話したときには知り得なかった、私の過去も承知した上での申し出だという。


 騎士団長は、王国には私の帰るべき場所があると語った。そして、私の追放は不当だったと、はっきり口にした。


 ダーツが騎士団長へ目を向ける。


「それは、王国のお考えですか?」


「私の考えだ」


 騎士団長は答えた。


「今の王国の有り様には、大きな疑問を抱いている。あの追放も、正しい決定だったとは思えない」


 王国そのものが間違いを認めたわけではない。その違いを曖昧にせず話したことは、少なくとも信用できた。


「王国は、私が戻ることを良しとはしないでしょう?」


「今のままでは、そうだろう」


 騎士団長は苦い顔をした。


「だが、このままでは王国は混沌の渦へ沈んでしまう。変わらねばならない」


「変わるために、私が必要なの?」


 騎士団長は答えを探すように、私から視線を外した。


 その沈黙へ、ダーツが言葉を差し込む。


「帰る場所をお探しなら、別の選択もあります。あなたを正当に迎えられる場所です」


 元王国の公爵家令嬢が、敵対する魔国に迎えられる。


 それは魔国にとって、単に一人の腕の立つ人間を得る以上の意味があるだろう。王国に反旗を翻す旗印にできる。だからこそダーツは、前線で私の人柄を確かめたかったのだ。


 半年前、私がただのヴィヴィと名乗ったときの彼の言葉を思い出す。あのときから、この話を考えていたのだろう。


 グランティアが椀を卓へ置いた。


「二人とも、聞いていれば好き勝手なことを言ってくれるじゃないか」


「議長。これはご本人への――」


「だったら本人のことをちゃんと見な!」


 グランティアの声に、ダーツが口を閉じる。


「立場のある大の大人が、こんな小娘を捕まえてなんだい! 自分の都合ばかり押し付けるんじゃないよ!」


 騎士団長も彼女を見る。グランティアは二人を順に睨んだ。


「この子は、もううちの娘みたいなもんだ。どこの国が欲しいだの、戻ってこいだの、あたしの前で勝手に決めるんじゃないよ」


「……娘?」


 思わず声が出た。


「ああ、そうさ。嫌なら今すぐ言いな」


「嫌ではないけれど、急な話ね」


 グランティアは一瞬だけ目元を緩め、それからまた男二人へ顔を向けた。


 私は茶を一口飲んだ。美味しい。こんな話の最中に、そう思えるだけの余裕が戻っていた。


「ありがとう、グランティア。あとは私から話すわ」


「ああ。あんたの好きにしな」


 まず、ダーツへ向き直る。


「魔国が私を元公爵令嬢として使いたいなら、残念だけど、今の私はただのヴィヴィよ」


 ダーツは茶器から手を離した。


「ヴィオレッタは、滝壺に飛び込んで死んだの」


 私の姿を見ている者には、受け入れにくい言葉だろう。けれど、それは嘘ではない。私がどうしてここにいるかまで、二人へ明かすつもりはなかった。


「その名前を掲げるつもりなら、私はあなたの期待には応えられない」


 ダーツはすぐには軽口を返さなかった。やがて、小さく頷く。


「……承知しました」


 次に騎士団長を見る。


「私の追放を不当だったと言ってくれたことには、感謝しているわ。でも、今の私が王国へ戻っても、あの聖女に付け狙われるだけね」


 騎士団長の眉がわずかに動く。


 彼が私の追放を疑っていても、聖女が私を追う理由や、その手を止められるのかどうかは分からない。私には、今の暮らしを捨てて王国へ戻る理由がなかった。


「私はこの自由都市へ来て、多くの国や人々と関わったわ。王国を出て初めて、王国がほかの人々にしていることも見えた」


 北から逃れてきた子供たち。故郷を離れなければならなかった人々。ミエリッキを巡る戦い。


 王国の中だけにいたら、私も知らずに済ませていたかもしれない。


「この歪んだ世界の中心にある王国は、おかしい。どれほど不当なことをしているのか、私はもう知らないふりをできない」


 騎士団長は、私の話を遮らなかった。


「ヴィオレッタの気持ちで言えば、王国は一度滅びるべきよ」


 部屋が静まり返る。


 私は何も怒鳴らなかった。だがその言葉を取り消すつもりもなかった。


 騎士団長が救いたい王国と、私が見てきた王国は、同じものなのだろうか。彼が変えたいと願っているなら、そこへ至る道も、私とは違うかもしれない。


「だから、あなたの気持ちには感謝する。でも、私が選ぶ道は、あなたが望む結果とは違うかもしれないわ」


 騎士団長は口を開きかけ、また閉じた。


 私は二人を見渡した。


「申し出に応えられなくて、申し訳ないと思っている。けれど、そう遠くない未来に、私たちは同じ方向を見て話せるかもしれない」


 ダーツが顔を上げる。騎士団長も、ようやく私を見た。


「でも、今じゃないってことね」


 それぞれが、自分の国で何をするのか。私はここで何を選ぶのか。今この場で約束できることは何もない。


 ダーツはしばらく私を見つめ、それからいつもの笑みを浮かべた。


「一筋縄でいけるとは思っていませんでしたが、私は諦めませんよ」


 騎士団長は何も言わなかった。


 グランティアが私の椀へ、温かい茶を注ぎ足す。


 その手元を見ながら、私はあらためて、この街へ戻ってきてよかったと思った。


第六十一話・了

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