第五十六話 魔国軍
南東へ向かって撤収を始めてから、半日ほどが過ぎた。
追手の気配はない。
先行させた子供たちの一団にも、そろそろ追いつく頃だった。
街道の先に、止まっている馬車が見えた。
「……妙だな?何で止まっているんだ?」
バルガスが目を細める。
近づいてみれば、やはり先行させた一団だった。
子供たちを乗せていた馬車の一台が街道脇に止まり、その周囲に人が集まっている。
「どうかしたの?」
聞けば車輪に問題が発生して、立ち往生していたらしい。
馬から降りたトッドがすぐに車輪を確認した。
「直せそう?」
「ああ、少々時間はかかってしまうけどね」
「……そう。まあ、仕方ないわね」
アクシデントは起きるものだ。
焦ったところで仕方がない。
「動ける馬車は先に行って」
私はガイルとシフォンを見る。ガイルであれば街に着いた後の物資運用も可能だし、シフォンとは元々パーティを組んでいたから気心が知れているだろう。
「二人は護衛をお願い」
「…ああ、その方がいいな」
「分かりました。物資はお任せください」
物資を積んだ馬車は、ガイルとシフォンを護衛につけて再び南東へ向かって動き始めた。
私たちは子供たちと故障した馬車と共に残る。
街道上で修理を続けるわけにもいかない。
少し脇へそれた場所に広場があったため、馬車をそこまで移動させる。
トッドはすぐに修理へ取り掛かった。
オルドとバルガスもその横について手を貸している。
子供たちは広場の一角に集まっていた。
突然馬車が動かなくなり、その上、大人たちの一部が先へ行ってしまった。
不安になるのも当然だ。
本当なら温かい食べ物でも用意してやりたい。
だが、火は使えない。
煙を上げれば遠くからでも見つかってしまう。
結局、子供たちへ渡せたのは乾燥したパンと水、それに少しの干し肉だけだった。
硬いパンを小さな手で持ち、黙々と食べている。
私はその様子を見ながら、広場の端へ腰を下ろした。
肩にはリリ、足元にはモカが小さな干し肉をかじっていた。
♢
しばらくして、私は何も言わず背中へ手を回した。
バスタードソードの留め具を外す。
カチリ、と小さな音が鳴った。
バルガスがこちらを見てそっとメイスに手を伸ばす。
私は木々の方へ視線を向けた。
「覗き見なんて、悪趣味ね?」
返事はない。
しばらくの沈黙。
やがて木々の間から数人が姿を現した。
その中に、一人だけ妙に目につく男がいる。
私は男を見る。
「あなた本職は斥候じゃないでしょう?」
男が僅かに目を細める。
「意識が前に出過ぎよ。本職のお仲間が困ってるわ」
男は肩を竦めた。
「生来の目立ちたがり屋でしてね」
「それで? どんなご要件かしら。あいにくと火も使えない状況だから、お茶も出せないのは許してね」
「いえいえ、お構いなく。王国軍の動きについて、少々お聞きしたく」
「その情報と引き換えに何をしてくれるのかしら?」
男が笑う。
「おや、ご自分達のお命では足りませんか?」
「できるかしら?」
私はスクッと立ち上がる。
「お、おい」
バルガスが珍しく動揺した。
その時、モカが私の前へ出た。
小さな身体を低くし、男へ向かって牙を剥く。
「シャーッ!」
男はモカを見下ろした。
「やめておきましょう。頼もしい魔獣の護衛もいらっしゃる様ですし、ね」
私はモカを抱き上げ、再び腰を下ろした。
「ご一緒しても?」
「好きにすれば?」
男がこちらへ近づき、私の横へ腰を下ろそうとする。
「シャーッ!」
腕の中のモカが再び威嚇した。
すると肩の上にいたリリも男を見て、
「シャーッ!」
と真似をする。
「おやおや、嫌われてしまいましたかな?」
男が懐へ手を入れる。
「ではこちらお近づきの印に」
取り出したのは干し肉の塊だった。
モカの視線が、ぴたりと干し肉へ止まる。
「子供達には甘い飴をどうぞ」
続けて小袋を差し出してきた。
私はそれを受け取り、中を確認してからオルドへ渡す。
オルドが子供たちへ飴を配っていく。リリが一粒貰って戻って来た。
男は後ろにいる部下たちへ目を向けた。
「何人か馬車の修理を手伝って差し上げろ」
数人がトッドの方へ向かった。
私は腕の中のモカを見る。
モカは干し肉を見つめたまま、食べるべきか我慢するべきか葛藤している。
口元からは涎が垂れていた。
私はモカを地面へ下ろす。
「なかなか破格の報酬ね」
男はふふふと笑って話し出した。
「ではまず名乗らせて頂きます。魔国軍第3大隊副長ダーツと申します」
「副長! こんな所で名乗らないで下さい!」
部下の中に女性が一人混ざっていた様だ。
先程からこの男に対しての対応、斥候ではないな。
どうやらダーツ付きの副官らしい。
「いいじゃないですか、本来ならこうやって話す事も出来なかった方なのですから」
「……七都市同盟遊撃隊所属、ヴィヴィよ」
「なるほど、今はそれでいいでしょう」
私はダーツを見る。
「魔国軍がこんな所で何をしてるの?」
「いやね、王国軍がミエリッキを落としますと魔国も非常に困った状態になるんですよ。物資の輸入経路、広域に展開可能な立地と非常によろしくない」
ふむ、確かに辻褄は合う。魔国としても一大事なのは確かだろう。
「まあ、もう一つ理由が無いでもないんですが。今回はお会い出来て人と柄を確認できたので良しとしましょう」
私はそれ以上追及せず、王国軍について知っていることを伝える。
敵の数は一万二千。
この北にある村には老人が数人残っている。
そして、敵の斥候部隊二十四名は全員殺した。
ダーツは黙って聞いている。
「老人を助けてくれるなら、もう一つ情報を払うわ」
「いいでしょう」
「北方の商業都市は籠城に入ってる。もう今落ちていてもおかしくないわ」
ダーツのニヤけた目が、一瞬で真剣なものへ変わった。
「二人、本隊に今の情報を伝えろ。可能な限り迅速に救援に向かう!」
「はっ!」
二人の兵がすぐに動き出した。
ダーツも立ち上がる。
「いや、中々有意義な時間でした。次にお会いした時はもう少しゆっくりお話したいですな」
「そうね、次は美味しいお茶を用意して待ってるわ」
ダーツは笑い、部下たちと共にその場を離れていった。
私は地面へ視線を落とす。
モカはとうとう我慢できなくなったらしい。
干し肉へ噛みつき、一心不乱に齧っていた。
それを肩の上から眺めていたリリが笑う。
「モカ、おいしー?」
「シャーッ!」
干し肉を咥えたままの威嚇には、さっきまでの迫力は欠片もなかった。
56話・了
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