第五十五話 斥候部隊
村へ近づいてくる王国軍の斥候は約二十騎。
トッドが確認した位置と移動速度から考えれば、到着までにはまだ時間がある。
その間に、撤退する荷馬車を少しでも南へ進ませる。
私たちがやることは、その時間を稼ぐことに他ならない。
本隊の到着を少しでも遅くする為に、ここへ来た斥候を一人も帰さないことが最重要だ。
村に残る老人たちへ事情を説明すると、意外なほどあっさりと協力を得られた。
「普段通りにしていてください。何を聞かれても、他の村人は南へ逃げたと答えてもらえれば問題ありません」
「皆さんのことは?」
「知らないで通すか、南に向かったと答えて」
「分かりました」
老人はそれだけ答えた。
既に残ると決めた者たちだ。
今さら王国軍の斥候が来ると聞いたところで、騒ぐ様子もない。
「それと、兵士が村へ入っても、馬には近づかないで家の中で閉じ篭っていて」
「馬に?」
「ええ。馬の近くは危険になります」
打ち合わせを終えると、私たちはそれぞれの位置へ移動した。
トッドは北へ。
斥候が来る街道から外れ、森の中を抜けて潜伏する。
斥候隊なら、村を確認したあと本隊へ情報を持ち帰る人間を出す可能性が高い。
その帰り道をトッドに撃たせる。
私は村全体が見渡せる高台に伏せる。
シフォンは村の中央を見渡せる場所に隠れ、ガイルとバルガスも別の建物へ入った。
リリには上空から全体を見てもらう。
リリの《妖精の声》を使い、疑似的な戦術データ・リンクを構築する。
ネットワーク中心戦というやつだ。
◇
『来たよ』
頭の中へリリの声が届いた。
『二十四人。さっきトッドが言ってた人たち』
『そのまま見ていて』
『うん』
私は高台の上から街道を見る。
しばらくして、馬蹄の音が聞こえ始めた。
徐々に大きくなり、やがて先頭の騎兵が村の手前で速度を落とす。
後続もそれに続いた。
すぐには入ってこない。
数騎が左右へ分かれた。
村の外周を確認するつもりらしい。
私たちは動かなかった。
『右に三人行ったよ』
リリから報告が入る。
『左にも三人』
『分かったわ。そのまま動きを逐一教えて』
ここで手を出す理由はない。
むしろ、好きなだけ調べてもらえばいい。
荷馬車は既に出発している。
私たちの馬も隠してある。
村に残っているのは、逃げることを諦めた老人たちだけ。
そう見えるようにしてある。
外周へ散った斥候たちは、時間をかけて村の周囲を調べた。
森の入口、畑、納屋、南へ続く街道。
当然、荷馬車の轍には気づくだろう。
だがそれで構わない。
轍を消すことなど出来ないし、不自然に隠せばかえって怪しまれる。それに多くの村人が逃げた後だ、轍があっても不思議には思わないだろう。
やがて、散っていた斥候たちが村の入口へ戻っていった。
先頭にいた男が片手を上げる。
騎兵たちがゆっくりと村へ入ってきた。
老人たちは家に籠っているが、一人だけ代表役の爺さんが対応している。
「他の連中はどこへ行った?」
「南へ逃げましたよ」
「いつだ」
「さて……何日か前だったと思いますが」
老人の答えに、兵士が苛立ったような顔をする。
「今日、ここを通った連中はいないか?」
「さあ。家に籠っておりましたので」
嘘ではない。
別の兵士が井戸を確認し、数人が家屋の中を覗いていく。
それでも私たちは動かない。
まだ早い。
斥候たちは村の中央付近まで入ってきた。
何人かが馬を降りる。
それを見た別の兵士も続いた。
水を飲ませるために馬をまとめる者。
家の中を調べる者。
老人から話を聞く者。
少しずつ、兵士と馬の間に距離ができていく。
『ヴィヴィ』
リリの声。
『まだ馬に乗ってる人、四人』
『待って』
『うん』
私はクロスボウを構えたまま、息を整える。
急ぐ必要はない。
相手はこちらの存在にまだ気が付いていない。
クロスボウを握る手にじわっと手汗が滲む。
さらに二人が馬を降りた。
残る二人は村の入口付近で周囲を見ている。
そのうち一人が、中央にいる男へ近づいた。
短いやり取りのあと、男が何かを指示する。
『二人、動くよ』
リリから声が届く。
村の入口にいた二人が馬首を北へ向けた。
予定通りの行動だ。
二騎が村を出て、そのまま北へ走っていく。
誰も追わない。
誰も止めない。
トッド、上手くやりなさいよ。
◇
トッドは街道から少し離れた森の中に伏せていた。
姿勢を低くしたまま、弓を構える。
遠くから馬蹄の音が聞こえてきた。
音のズレから察するに、騎馬が二頭。
音は徐々に近づき、木々の隙間から先頭の騎兵が見えた。
その後ろにもう一騎。
トッドは矢を番えた。
まだ引かない。
二人を十分に引きつける。
ここなら村からは見えない。
声も届かない。
先頭の男が射程へ入る。
トッドが弦を引いた。
狙いを定める。
呼吸を止め、狙いを絞る。
――ヒュッ。
矢は先頭を走る男の右目へ突き刺さった。
男の身体が大きく仰け反り、そのまま馬上から転げ落ちた。
「なっ――」
後ろの男が手綱を引いた。
だが、その時には既にトッドは二本目を番えている。
弦を引き、放つ。
矢が男の喉へ突き刺さった。
「――ッ!」
声にならない息を漏らし、男が喉へ手を伸ばす。
身体が傾き、地面へ落ちた。
二人とも動かない。
トッドは周囲を確認してから、弓を僅かに下げた。
主を失った二頭の馬が立ち止まり、落ち着かない様子で辺りを歩いている。
そのまま逃がすわけにはいかなかった。
王国軍の陣地へ戻れば、何かがあったと知らせることになる。
トッドは再び矢を番える。
「……ごめんよ」
弦が鳴った。
一頭が崩れ落ちる。
続けてもう一本。
二頭目も地面へ倒れた。
トッドは弓を背負うと、倒れた兵士へ近づいた。
生死を確認する。
二人とも死んでいる。
これで本隊へ報告は行かない。
トッドは全ての矢を抜き取り、村へ向けて森の中を走り出した。
◇
二人が村を出てから、しばらく経った。
残った斥候たちに変化はない。
本隊へ向かった二人が、既に死んでいることなど知るはずもない。
『みんな馬から離れたよ』
リリから声が届いた。
馬は村の入口近くにまとめられている。
斥候たちは村の中央や家々へ散らばり、誰もすぐに馬へ飛び乗れる位置にはいない。
『シフォン』
『はい』
『準備は?』
『いつでも』
私はクロスボウを構えた。
中央にいる男へ照準を合わせる。
二人を北へ戻すよう指示した男だ。
おそらく、この斥候隊の指揮官だろう。
呼吸を整える。
指を引き金へ掛けた。
『始めるわ』
引き金を絞る。
――バシュッ!
ボルトが男の胸へ突き刺さった。
「敵――!」
叫び声が上がる。
その声へ重なるように、シフォンの詠唱が響いた。
「《スリープクラウド》!」
村の中央へ白い霧が一気に広がった。
「なんだ、これ……!」
「離れろ!」
「馬だ! 馬のところへ――」
一人が数歩走ったところで膝をつく。
その横でも別の兵士がふらつき、地面へ倒れた。
霧から逃れようと兵士たちが一斉に散る。
統制が崩れた。
家屋の陰からガイルが飛び出す。
反対側ではバルガスが戦槌を担いで姿を現した。
私は次のボルトをクロスボウへ装填する。
『ヴィヴィ、右から三人!』
「分かったわ」
霧を避けて走り出した兵士へクロスボウを向ける。
逃げる方向は分かっている。
馬のところへ戻るか。
村の外へ出るか。
どちらでも構わない。
もう、あなた達に逃げ場は無い。
私は二人目へ狙いを定めた。
『リリ、情報はなるべく短く、要点だけ伝えて』
『わかった!』
引き金を絞る。
――バシュッ!
霧から飛び出した兵士の胸へボルトが突き刺さった。
男が倒れる。
「上だ!」
別の兵士がこちらに気づいた。
クロスボウを構えるのが見え、私はすぐに身を伏せる。
――バシュッ!
頭上をボルトが通り過ぎた。
「狙撃兵に頭を抑えられてる!」
「こっちにもいるぞ!」
「散れ!」
怒鳴り声が飛び交い、白い霧から逃れた兵士たちが家屋の間へ散っていく。
敵はこちらの人数も位置も把握できていない。
対して、こちらには上空から見ているリリがいる。
『ガイル、後ろから二人!』
「後ろ!?」
ガイルが振り返る。
『そっちじゃない! 反対!』
「どっちだ!」
……なるほど。
便利ではあるけど、いきなり上手くいくものでもないわね。
『リリ、方向じゃなくて場所で伝えて』
『場所?』
『目印になるもの』
『わかった!』
ガイルが迫ってきた兵士の剣を盾で受け止める。
ガァンッ!
刃を外へ滑らせ、そのまま盾を押し込む。
兵士が体勢を崩した。
そこへもう一人が回り込もうとする。
『ガイル、昨日バルガスが立ちションしてた大きな木の横!』
「何で知ってんだよ!」
バルガスの声が村中に響いた。
だが、ガイルには伝わったらしい。
大きな木の陰から飛び出してきた兵士を盾で受け止め、そのまま剣を突き込む。
その横を抜けようとしたもう一人へ、バルガスが戦槌を振るった。
――ゴッ!
兵士の身体が地面を転がる。
「おいリリ! 後で話があるからな!」
『今、戦ってるから後で!』
「てめぇ!覚えとけよ!」
そう言いながら、バルガスは次の兵士へ戦槌を向けた。
私もクロスボウへ次のボルトを装填する。
『馬のところ、三人!』
今度は分かりやすい。
村の入口へ視線を向ける。
三人の兵士が、まとめてある馬へ走っていた。
――バシュッ!
一人の背中を射抜く。
残る二人は止まらない。
馬まであと僅か。
その時、村の北側から矢が飛んできた。
――ヒュッ!
「ぐあっ!」
一人の腿へ突き刺さる。
男が転倒した。
続けてもう一本。
最後の一人も地面へ倒れる。
森の近くにトッドの姿が見えた。
戻ったのね。
そこから決着までは早かった。
奇襲を受け、《スリープクラウド》で分断された斥候たちは、最後までこちらの人数も配置も掴めなかっただろう。
ガイルとバルガスが近づく者を押さえ、距離を取れば私とトッドが狙う。
シフォンの魔法も飛ぶ。
そして誰かが死角へ回ろうとするたび、多少怪しいながらもリリの《妖精の声》が飛んでくる。
やがて剣戟の音が途絶えた。
◇
倒れた兵士を一人ずつ確認する。
《スリープクラウド》で眠っていた者も含め、王国軍へ戻れる者は残さなかった。
これで斥候部隊は全滅。
ガイルが剣についた血を払い、鞘へ収めた。
「全員無事だな」
「ええ」
バルガスも戦槌を肩へ担ぐ。
そして、上空から降りてきたリリをじっと見た。
「……おい、リリ」
「なにー?」
「さっきの、何で知ってんだよ!」
「だって見てたもん」
「見てんなよ!」
「リリ、分かりやすいと思ったんだもん」
「他にあっただろ! 大きな木とか!」
「だからその大きな木だよ?」
「そういうことじゃねぇ!」
……まあ、目印としては確かに分かりやすかったけど。
「反省会は後にして。ここを離れるわよ」
「俺が悪いみたいに言うなよ!」
ガイルが小さく息を吐き、南へ続く街道へ目を向けた。
「ヴィヴィの言う通りだ。撤収するぞ。支援部隊を追う」
私たちはすぐに装備を整え、村を後にした。
五十五話・了
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