第五十四話 前線
北西方面へ向けて移動を開始して三日、支援部隊は幾度か襲撃を受けていた。
いずれも王国軍ではなく、野盗化したミエリッキの軍人や一般人の成れの果てだった。
目的は食料。
こちらが何者なのかを確かめることもなく、荷馬車を見るなり武器を手に襲いかかってくる。
人は食べられなくなると、短絡的な行動を起こす。
この物資がミエリッキにとってどんな意味を持つのか。それを考える余裕すらないのだろう。
こういった者たちを見るに、前線の崩壊は既に深刻なところまで来ている。
最初の予定では北方の大きな商業都市まで物資を運ぶつもりだったが、もう既に危険域に入ったと判断すべきだ。
私たちは次の小さな村で情報を収集し、進退を決めることにした。
◇
昼過ぎに辿り着いた村は、静まり返っていた。
畑は放置され、家々の戸も閉ざされている。
人がいないわけではない。
こちらを警戒するように家の陰から覗いている者はいるが、そのほとんどが老人だった。
ガイルが荷馬車を止め、村人へ声を掛ける。
「七都市から来た支援部隊だ。食料と薬を運んでる。少し話を聞かせてくれ」
しばらくして、杖を突いた老人が出てきた。
話を聞けば、村人の大半は既に南へ避難したという。
残っているのは長い移動に耐えられない老人たち。
それと、親を亡くした子供たちだった。
「子供も残ってるの?」
「十人ほどおります。親を亡くした子や、逃げる途中ではぐれた子もおりましてな」
案内された家では、年長の子供が幼い子の面倒を見ていた。
フィナが一人ずつ体調を確認し、オルドはすぐに食事の準備を始める。
その間に私たちは老人たちから話を聞いた。
数日前までは北から避難民が来ていたらしい。
だが、それが突然途絶えた。
「王国軍は?」
「ここでは見ておりません。ただ、北から来る者が誰もいなくなりまして……」
それ以上のことは誰も知らなかった。
ガイルが腕を組む。
「ここで待ってても情報は増えねぇな」
「そうね」
なら、こちらから確認しに行くしかない。
「私とトッドで偵察してくるわ」
「俺もそれがいいと思う」
トッドが答えたところで、私の肩から声がした。
「リリも行くー」
顔を向けると、リリが真っ直ぐこちらを見ていた。
最近のリリを見ていると少し心配ではあった。
この数日、街道で見てきたものが影響しているのだろう。以前より口数が少ない。
「危ないところまで行くわよ」
「うん」
「それでも来る?」
「行く」
意思は固いらしい。
「分かったわ」
足元から、
「みぃ」
と声がした。
モカだ。
ここ数日でかなり大きくなり、今では小型犬くらいの大きさになっている。
とはいえ、まだ偵察へ連れて行けるほどではない。
抱き上げてシフォンへ手渡す。
「モカをお願い」
「はい」
モカは何かを察したのか、騒ぎもせずシフォンに抱かれていた。
水と携帯食、応急手当用品。
トッドは予備の矢を用意する。
野営道具は最低限に留めた。
前線と思われる場所までは、馬を潰さない程度に急いでも二日はかかる。
「状況を見たら戻ってこい。戦う必要はねぇからな」
ガイルの言葉に私とトッドが頷く。
リリを肩に乗せ、私たちは二頭の馬で村を出た。
◇
馬を潰さない程度に早駆けして二日。
夜は街道から外れ、森の中に潜伏した。
火は使わない。
馬を休ませながら交代で見張り、冷たい携帯食を水で流し込む。
北へ進むほど、人の姿は消えていった。
避難民すらいない。
道端には捨てられた荷車や荷物が残されているのに、それを拾う者すら見当たらなかった。
二日目の午後。
私たちは馬を森の中へ残し、小高い場所まで歩いて登った。
先行していたトッドが地面へ伏せ、単眼鏡を覗く。
「見えた」
私も隣へ伏せた。
木々の隙間から、大きな城壁が見える。
目的地だった北方の商業都市だ。
そして、その周囲には王国軍の陣地が広がっていた。
「……多いわね」
「ああ。一万二千くらいだな」
街道にも王国軍が展開している。
城門は固く閉ざされ、城壁の上からは矢が放たれていた。時折、魔法の光も見える。
都市はまだ落ちていない。
だが、完全に包囲されている。
「街道は?」
「塞がれてる。荷馬車じゃ近づけねぇよ」
ここへ来るまで避難民を見なかった理由も分かった。
逃げてくる者がいなくなったのではない。
逃げられなくなったのだ。
「リリ。上から周囲を確認してきて。近づきすぎないようにね」
「うん」
リリが飛び立ち、しばらくして戻ってきた。
「向こう側にもいっぱい。道にもいるよ」
「分かったわ」
これ以上、ここに留まる理由はない。
商業都市へ物資を届けることは不可能だった。
「戻りましょう」
「ああ」
私たちは来た道を引き返した。
◇
帰路の途中、先を進んでいたトッドが片手を上げた。
私も馬を止める。
「人が来る」
「どっちから?」
「北だ。複数いる」
私たちは馬を街道から外し、木々の陰へ入れた。
しばらくすると、武装した一団が姿を現した。
向こうもこちらに気づき、一斉に武器へ手を掛ける。
だが、その装備は王国軍のものではない。
「ミエリッキ軍?」
「……そうだ。お前たちは?」
「七都市から来た支援部隊よ」
互いに警戒したまま距離を保つ。
だが、相手の状態を見れば、戦うどころではないことくらい分かった。
何人も負傷している。
腕に布を巻いただけの者。
血の滲んだ服のまま歩いている者。
一人は仲間に肩を貸されていた。
「北の商業都市から?」
「ああ。完全に包囲される前に抜けた。南の部隊へ援軍を求めに行くところだ」
私はトッドを見る。
「まず手当てしましょう」
「ああ」
持っていた応急手当用品を取り出し、傷の深い者から処置していく。
その間に話を聞いた。
商業都市は未だ抵抗を続けている。
だが、包囲が完成してからは外部との連絡がほとんど取れず、食料にも限りがあるはずだ。
どれだけ持ち堪えられるかは、彼らにも分からないらしい。
このままでは負傷者が南へ辿り着く前に倒れる可能性がある。
「一度、私たちのいる村まで来て。ここからならそっちの方が近いわ」
兵士たちは頷いた。
私たちは彼らを連れ、村へ戻ることにした。
◇
村へ戻ると、フィナが負傷者を見るなり駆け寄ってきた。
「この人、すぐに寝かせてください!」
重傷者を家へ運び、フィナが治療を始める。
まだ動けるミエリッキ兵には、私とトッドが使っていた二頭の馬を渡した。
「これを使って」
「いいのか?」
「歩いていくより早いでしょう」
「……恩に着る」
二人が馬へ跨がり、南へ向かって走り去った。
援軍を求める彼らを一刻も早く南へ送る方が、私たちが馬を持っていることより重要だった。
その間に、ガイルへ偵察結果を報告する。
北方の商業都市は約一万二千の王国軍に包囲されている。
街道も封鎖され、避難民も逃げられない。
内部から出てきた兵士たちの話を合わせれば、長く持ち堪えられる保証もない。
ガイルは黙って聞いたあと、村の北へ目を向けた。
「……ここも危ねぇな」
「ええ」
王国軍が商業都市の周辺を完全に押さえている以上、いつ斥候がここまで伸びてきてもおかしくない。
「撤収する」
ガイルの判断は早かった。
村に残っている老人たちにも、そのことを伝える。
「俺たちは南へ戻る。あんたらも来るなら荷馬車に乗せる」
老人たちは顔を見合わせた。
やがて、最初に私たちへ話をしてくれた老人が首を横に振った。
「わしらは残ります」
「王国軍が来るかもしれねぇぞ」
「分かっております」
老人は、少し離れたところにいる子供たちへ目を向けた。
「この歳では、長い移動には耐えられません。それに、わしらまで乗れば皆さんの足を引っ張る」
別の老婆も静かに頷く。
「子供らをお願いします」
ガイルは老人たちを見回した。
説得している時間もない。
全員を連れて行けば移動速度は確実に落ちる。
それが何を意味するのかは、ここにいる誰もが分かっていた。
「……分かった。子供を優先する」
「いい判断ね」
ガイルが一度だけ頷く。
すぐに撤退準備が始まった。
子供たちを荷馬車へ乗せ、必要な食料と水を積み込む。
「おじいちゃん達は置いて行くの?」
リリが小さな声で聞いた。
「そうね、一緒には行けないし、本人達も望んでいないわ」
「……そっか」
リリはそれ以上何も言わなかった。
準備を終えた荷馬車から、順に南へ向けて出発する。
フィナとオルド、それにモカも撤退する一行へ載せた。
村に残ったのは、ガイル、私、トッド、シフォン、バルガス、リリの六人。
荷馬車が十分に離れてから、私たちも後を追う予定だった。
北側を警戒していたトッドが、こちらへ戻ってきた。
「来たぞ」
「王国軍?」
「ああ。斥候部隊だろう、約二十騎。こっちへ向かってる」
「どのくらい?」
「今のペースのままで3-4時間というところだ」
まだ時間はある。
ここで私たちまで撤退すれば、斥候は村へ入る。
南へ向かった荷馬車の轍も見つかるだろう。
ガイルが私を見る。
「どうする?」
「時間を稼ぎたいわね。ここで殲滅しましょう」
私は北へ続く街道へ目を向けた。
「トッド。村に斥候部隊が入ったら何人か戻ると思うから、北側の森の中で潜伏して貰える?」
「分かった」
「それと――」
私は村に残った老人たちへ目を向ける。
「少し、協力してもらいたいことがあるの」
五十四話・了
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