第五十二話 ミエリッキへ
宿へ戻ると、ガイルたちはすでに一仕事終えていた。
食堂の奥にある卓には、昨日までとは違う目録が広げられている。追加で受け取った物資が書き足されているらしく、ガイルが一つずつ確認しながら印を付けていた。
オルドは買い足した食料を袋ごとに分け、シフォンとフィナは薬品や消耗品を確認している。
「戻ったか」
「ええ」
私が椅子を引くと、バルガスも隣へ腰を下ろした。
胸元ではモカが、帰りに買った肉を小さな口で一生懸命食べている。
昨日までは乳しか飲めなかったのに、随分と成長が早い。
リリはその様子が気になるらしく、卓の上に腹這いになってモカを眺めていた。
「モカ、おいしいー?」
「みぃ」
「おいしいってー!」
「あなた、分かるの?」
「わかんない!」
そう。
ガイルが目録を脇へ寄せた。
「それで、どうだった?」
「話は終わったわ。今後、ミエリッキ側はドランザート議長を通して話をするそうよ」
「ドランジールは?」
「来たわ」
「やっぱりか」
「ええ。義勇兵を出すなんていう絵空事を言っていたわ」
ガイルの表情が少し険しくなる。
「どの程度の規模を考えてた?」
「そこまでは聞いてないわ。ただ、王国との戦争で結果を出せるだけの兵を集めるつもりなら、個人的な義勇兵で済ませるのは無理でしょうね」
「ああ。数十人ならともかく、数百、数千と集めりゃ軍だ」
「だから、七人議会の決定を個人の判断で覆して軍を動かすつもりなら、国家転覆罪に該当するんじゃないかって聞いてみたわ」
トッドの手が止まった。
「……本人にか?」
「本人に」
「相変わらず容赦ねぇな」
そうかしら。
私としては、分からないから聞いただけなんだけど。
「それで、ミエリッキ側は?」
ガイルが話を戻した。
「答え次第じゃ今回の支援物資も無しにするって脅しておいた。少なくとも、今までみたいにドランジールと話を進めるのは難しくなったでしょうね」
ガイルはしばらく考え、卓の上で指を組んだ。
「となると、ドランジールが自由に動かせる兵力は、自分の私兵くらいか」
「でしょうね」
「百人もいなかったよな?」
バルガスが聞いてくる。
「ええ。自分の私兵を援軍として送るだけなら、私は止めるつもりもないわ」
それだけの兵力で戦争全体をどうにかするのは難しい。
局地的な戦闘なら役に立つでしょうけど、王国との戦争を左右するほどの数ではない。
何より、自分の兵を自分の責任で送り込むのであれば、七都市全体を巻き込む話とは違う。
「まあ、随分と嫌われただろうね」
トッドが言った。
「でしょうね」
ドランジールからすれば、自分が進めていた話に横から割って入られたようなものだ。
その上、ミエリッキ側との交渉までドランザートへ戻してしまった。
良い感情を持たれたとは思っていない。
まあ、こちらも彼の機嫌を取るために仕事をしているわけじゃない。
「それより、そっちは?」
「ああ。追加の支援物資は受け取った。食料と薬品が中心だ。補給も済ませてある」
ガイルが目録を私の方へ向けた。
穀物、乾燥豆、塩、薬草、包帯。
それぞれの数量と、どの荷馬車へ積んだのかまで記されている。
「御者たちは?」
「出発出来る。馬も問題ないそうだ」
「なら、ラディアですることはもうないわね」
「いや、一つある」
ガイルが私を見る。
「報告だ」
「ああ、そうか、そうね」
ドランザートへ報告する必要はない。
あの人はこちらへ何かを命令したわけではないし、私たちも依頼を受けたわけではない。
けれど、ステラとグランティアには別だ。
私たちが遊撃部隊として動いている以上、七都市内部で起きている不穏な動きは共有しておく必要がある。
「確認出来たことだけでいいわよね。予測は省くわよ?」
「ああ」
「ドランジールがミエリッキ側と接触していたこと。義勇兵による武力介入を考えていたこと。それと、今後はドランザート議長を通して交渉するとミエリッキ側が承諾したこと」
「私兵の三人については?」
「入れておきましょう。昨日ドランザートから聞いた話と、今日確認したことが繋がるもの」
そこから先は書く必要がない。
ドランジールが何を考えているのか。
これから何をするつもりなのか。
私たちに分かるはずもない。
確認出来た事実だけ送っておけば、後はステラとグランティアが判断する。
「じゃあ、報告を出したら出発だな」
「待って」
私は卓に広げられた目録へ目を落とした。
「ミエリッキに入ってから、どこへ運ぶかは?」
「ああ。それを決めないとな」
ガイルが目録を片付け、代わりに鞄から地図を取り出した。
卓の中央へ広げる。
七自由都市と、その西に広がるミエリッキ。
ミエリッキ国内の主要な街道と都市も記されているけれど、当然ながら現在の戦況までは描かれていない。
「ローディンたちから聞いた話だと、北方の大きな都市は半分くらい落ちてるそうよ」
「ギルドでも似た情報は入ってる」
ガイルが北方の都市を順に指した。
「ただし、どこまでが今もミエリッキ側に残ってるのかは、はっきりしない」
「情報が古いの?」
「それもある。北方から逃げてきた連中の話だからな。三日前に出た奴と十日前に出た奴じゃ、知ってる状況が違う」
戦争中なら当然でしょうね。
今日まで残っている都市が、明日も残っているとは限らない。
「王国軍がどこまで南下してるかは?」
「正確には分からん。北方の中央部まで来てるって話もあるし、一部では押し返してるって話もある。部隊ごとに進んでる場所が違う可能性もある」
「街道の状況は?」
「北へ行くほど怪しくなる。戦闘そのものが起きてなくても、橋が落ちてたり、道が塞がれてる可能性もある」
なるほど。
支援物資を必要としているのは、間違いなく北方だ。
主要都市の半分が落ちているなら、まだ残っている都市には周辺から逃げてきた住民も集まっているでしょう。
けれど、そこまで荷馬車を運べるかは別の話になる。
「東方は?」
私が尋ねると、ガイルが地図の東側へ指を移した。
「七都市側から入るなら、ここにある街が一番近い。ラディアから続く街道も、今のところ問題なく使えるそうだ」
「王国軍は?」
「東方まで来たという情報はない」
「なら、まずそこね」
私は地図に描かれた街を見る。
「東方の街まで行って、そこで最新の戦況を仕入れましょう。ラディアよりミエリッキ国内の方が、北方から入ってくる情報も早いでしょうし」
「俺もそれがいいと思う」
「そこで王国軍がどこまで南下してるのか、どの都市がまだ残ってるのか、使える街道はどれかを確認する。その上で、可能な限り北へ運びましょう」
ガイルが頷いた。
「東方で全部下ろす必要はないってことだな」
「ええ。せっかくここまで運んだんだもの。安全に運べるなら、必要としているところへ少しでも近づけた方がいいでしょう?」
ただし、限度はある。
今回の目的は戦うことではない。
支援物資を届けることだ。
荷馬車を失えば物資も失う。馬を失っても動けなくなるし、御者を危険に晒してまで前線へ近づく意味もない。
「北へ向かう途中で戦況が怪しくなったら、その時点で届け先を変える。それでどう?」
「いいと思う」
ガイルが答えた。
「南方へ回す可能性も残しておいた方がいいな。北から逃げてきた避難民が南へ流れてるって話もある」
「そうね。それも東方で情報を集めてから決めましょう」
「じゃあ決まりだ」
ガイルが地図の東方にある街を指で叩いた。
「まずはここを目指す。到着したらギルドと現地の責任者から情報を集める。それまでは予定通り輸送任務だ」
「分かった」
「了解」
トッドたちも頷く。
バルガスだけが地図をじっと見ていた。
「どうしたの?」
「いや……」
顔を上げる。
「俺、こういう話は聞いてるだけの方がいいなって」
「そうね。適材適所はあると思うけど。でも何か感じた事があったら言った方がいいわよ」
「感覚的でいいのか?」
「野生の勘って言うのも役に立つもんよ」
「俺は野生動物かよ」
◆
冒険者ギルドへ向かい、ステラとグランティア宛ての報告を預けた。
内容は先ほど話した通り、確認出来た事実だけ。
受付で報告書を封じてもらい、ステラへ確実に届くよう頼んでおく。
これでラディアですることは終わった。
倉庫へ戻ると、御者たちはすでに馬を繋ぎ終えていた。
追加された荷も積み込まれ、雨除けの布と縄が掛け直されている。
オルドが荷台へ上がり、積み方を最後に確認する。
トッドは御者と何か話しながら車輪を覗き込んでいた。
自分で整備する必要はなくても、道中で何か起きた時に状態を知っている者が一人でも多い方がいい。
ガイルは人数を確認してから御者へ声を掛けた。
「出せるか?」
「いつでも」
「よし。出発するぞ」
荷馬車が一台ずつ動き始める。
倉庫街を抜け、大通りへ出た。
昼を少し過ぎた頃だった。
予定以上のことまで起きたけれど、それにいつまでも付き合う理由はない。
ドランザートとドランジールの問題は、ラディアの問題だ。
街の門が近づいてきた。
門を抜ければ、次に目指すのはミエリッキ東方の街。
そこで初めて、現在の戦況が見えてくる。
王国軍がさらに南下しているのなら、東方で荷を下ろすことになるかもしれない。
まだ北へ向かう街道が生きているなら、可能な限り前線近くまで運ぶ。
門を抜けると、前方に街道が伸びていた。
荷馬車の車輪が乾いた土を踏み、ゆっくりとラディアが遠ざかっていく。
私は進行方向へ目を向けた。
まずは東方。
その先へ進めるかどうかは、そこで確かめればいい。
第五十二話・了
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