第五十一話 交渉
翌朝、朝食を終えると、ガイルが卓上に目録を広げた。
「追加の支援物資については、俺が確認してくる。ラディアから積み足せる物があるなら、積載量を見ながら受け取る」
「お願い」
「御者たちにはこっちから話を通しておく。オルドは補給を頼む。トッドとシフォンも手伝ってくれ」
「あいよ」
「分かった」
フィナには薬品や治療用品の確認を手伝ってもらうことになった。
私たちの仕事は、あくまで支援物資をミエリッキへ届けることだ。ラディアで起きている問題を無視するつもりはないけれど、だからといって何日も腰を据えて調査するつもりもない。
「ヴィヴィは?」
「ミエリッキから来た人たちに挨拶してくるわ」
ガイルが私を見る。
「バルガスを連れていけ」
「そのつもりよ」
「俺?」
「ええ。何もなければ立ってるだけでいいわ」
「おう」
「リリもいくー!」
頭の上から元気な声が降ってきた。
「あなたは最初から来るつもりでしょう?」
「うん!」
「みぃ!」
胸元からモカまで返事をする。
「あなたもね」
「みぃ!」
昨日から随分と元気になった。目が開いたこともあるのでしょうけど、一番の理由は肉の味を覚えたことかもしれない。
「昼には一度戻る」
ガイルが目録を畳む。
「ええ」
そこで互いの状況を確認すればいい。
いつラディアを出るかは、その時に決める。
私たちは宿を出ると、それぞれの仕事へ向かった。
◆
ミエリッキから来た者たちの居場所は、すぐに分かった。
別に隠れて活動しているわけではない。冒険者ギルドで尋ねると、街の南側にある古い集会所を使っていると教えてもらえた。
市場を抜けて南へ向かう途中、屋台から肉の焼ける匂いが漂ってきた。
「みぃ!」
胸元からモカが勢いよく顔を出す。
「さっき食べたでしょう?」
「みぃ」
「モカ、お肉好きー!」
「リリも好きー!」
「俺も好きだぞ」
「私だって好きよ」
「みぃ!」
何故かモカまで嬉しそうに鳴いた。
帰りに少しくらい買ってあげようかしら。
市場を抜けると、教えられた建物が見えてきた。
二階建ての古い集会所。その入口には小柄な男が二人立っている。片方は人間の子供ほどの背丈しかないけれど、顔には深い皺が刻まれ、腰には短い剣を差していた。
「何か御用でしょうか?」
「ミエリッキへ支援物資を運んでいる遊撃部隊のヴィヴィよ。こちらに代表の方がいると聞いたから、挨拶に来たの」
男の目が僅かに見開かれた。
「七都市からの支援物資を?」
「ええ」
「少々お待ちください」
男はもう一人に何かを告げ、建物の中へ入っていった。
ほどなくして戻ってくる。
「どうぞ。代表がお会いになります」
中へ入ると、思っていた以上に人がいた。
ボビット族やハーフリングなど、小人系の種族が目立つ。人間種や獣人種もいるが、数はそれほど多くない。
壁際には荷物が積まれ、床に敷いた毛布の上で子供を寝かせている者もいた。その間を抜け、奥の小さな部屋へ案内される。
待っていたのは、白髪交じりのボビット族の男だった。
「遠いところを、ありがとうございます」
「我らのために荷を運んでくださっていること感謝致します」
男が深く頭を下げた。
「ミエリッキからこちらへ参った者たちの代表を務めております、ローディンと申します」
「ヴィヴィよ。こっちはバルガス。それとリリ」
「リリー!」
「みぃ」
ローディンの視線が私の胸元へ落ちる。
「……そちらは?」
「ヴァイスティーガーのモカよ」
「みぃ!」
少しだけ間があった。
「……そうですか」
最近、この反応にも慣れてきたわね。
席を勧められ、腰を下ろす。バルガスは私の斜め後ろに座り、メイスを手の届く場所へ置いた。
「今日は挨拶だけのつもりだったんだけど、何かミエリッキへ伝えてほしいことがあるなら聞いておくわ」
「ありがとうございます」
ローディンが小さく息を吸った。
「まずは食料と薬を。特に薬はいくらあっても足りないと聞いております」
「届け先については?」
「現地の者へ話は通っております。七都市からの輸送隊が到着すれば、受け入れの者が出るはずです」
「分かったわ」
そこからしばらくは、支援物資についての話が続いた。
不足している食料や薬、避難してきた者たちが最後に見たミエリッキの状況。こちらから何かを探るまでもなく、支援物資を運ぶ側として聞いておくべきことはいくらでもあった。
やがてローディンが言葉を切った。
膝の上で組んだ手に、僅かに力が入る。
「物資を送っていただけることには、心より感謝しております。しかし……」
「それだけでは足りない?」
「……はい」
一度目を伏せ、それから私を見た。
「我らが求めているのは、兵です」
「それは七都市会議でも聞いたわ」
「ヴィヴィ殿も、会議の場に?」
「付き添いでね」
ローディンが僅かに居住まいを正した。
「でしたら、我らの主張もご存じなのですね」
「ええ」
王国がミエリッキだけで止まる保証はない。いずれ七自由都市へ手を伸ばすのであれば、ミエリッキが陥落してからでは遅い。今のうちに兵を出し、王国へ対抗するべきだ。
七都市会議で聞いた主張と変わらない。
「七人議会の決定が物資支援までだったことも知ってるわ」
「……はい」
「それでも、兵が必要?」
「必要です」
今度は間を置かなかった。
当然でしょうね。
彼らにとっては七都市の政治的な都合より、故郷が残るかどうかの方が重要なのだから。
廊下から足音が聞こえた。
ローディンがそちらへ目を向ける。
足音は部屋の前で止まり、扉が開いた。
「失礼する」
入ってきたのは、ドラゴノイド種の男だった。
ドランザートより少し年上に見える。顔立ちにも、どこか似たものがあった。
「どちらさま?」
「この街の議長の兄で、ドランジールと言う」
昨夜聞いた名前ね。
「ドランジール様」
ローディンの声が僅かに和らいだ。
「ドランジール様は親身になって、我らの未来を憂いてくださっているのです」
「なに、私もミエリッキの未来には何か力になれないかと思っていてね」
「そう」
私はドランジールを見た。
向こうも私を見る。
私たちがここにいると知って来たのか、それとも普段から出入りしているのか。どちらにせよ、私兵三人が難民側と接触しているだけの関係ではなさそうね。
ローディンが空いている席を勧め、ドランジールが腰を下ろす。
私はその動きを見届けてから口を開いた。
「それで、支援物資を送る以外に良策でもあるのかしら?」
「七都市が動かないのであれば、動ける者から動けばいいと考えている」
「義勇軍?」
「それも一つの手だ」
「でも、それだと七都市同盟から孤立してしまわないかしら?」
「あくまで義勇軍であれば、個人的な判断の内だ」
私は答えず、ドランジールを見つめた。
向こうも視線を逸らさない。
一呼吸。
「面白い冗談ね」
ドランジールの眉が僅かに動いた。
「それがどの程度の規模かにもよるけど、結果を出せるほどの、軍と名がつく数を動かしたら方便では済まされないわよ?」
「それは承知している」
短い返事だった。
私は僅かに首を傾ける。
「あら、それはなかなか危険な思想ね」
そこで一度、言葉を切った。
ドランジールの目が細くなる。
「七人議会の決定を個人の感情で覆し、軍として動かそうとしているということになるわね」
誰も口を挟まない。
「もしかしてそれ、国家転覆罪に該当するんじゃない?」
沈黙が落ちた。
私はドランジールから視線を外し、ローディンを見る。
「そして、そちらのミエリッキの代表の方も、それくらいの道理は分からないはずもないわよね?」
ローディンの喉が動いた。
「……無論です」
「そう」
私は椅子の背へ軽く身体を預けた。
「それを理解した上での話なら聞きましょう。ただし、内容によっては今回の支援も中止することになります」
ローディンの表情が強張った。
何かを言いかけ、口を閉じる。
食料も薬も、今もミエリッキで待っている者がいる。自分たちの行動によって、それすら失うわけにはいかない。
長い息を吐く音がした。
ドランジールだった。
椅子へ深く背を預け、私を見据えたまま鼻から息を抜く。
「……女狐の犬め」
私は一度瞬いた。
「あら、私は『鉄壁の娘』と呼ばれているんだけど?」
ギシッ。
背後で椅子が鳴った。
続いて、重い金属が持ち上がる気配。
「バルガス」
「…………」
「座ってて」
一拍。
「……おう」
ゴトリ、とメイスが下りた。
私は何事もなかったように二人へ視線を戻す。
「さて、それじゃ続きをお話しましょうか?」
ローディンがゆっくりと息を吸った。
「我らは、現在の支援を失うことを望んではおりません」
「でしょうね。支援すら受けられなくなれば、それは事態の悪化に他ならない。そして今のまま話を進めるなら、確実に悪化するでしょう」
ローディンの指が、膝の上で固く組まれた。
「我らは支援を求めております。決して七都市同盟を戦火に巻き込もうとしている訳ではありません」
「そう」
一度頷く。
「では、これからの会談はドランジール殿ではなく、ドランザート様を通して行って頂けるということでよろしいかしら?」
ローディンの視線が僅かに揺れた。
その目がドランジールへ向く。
ドランジールは何も言わない。
短い沈黙の後、ローディンは私へ向き直った。
「……承知いたしました」
「ありがとう」
私はドランジールへ視線を移した。
「ドランジール殿の思惑は存じませんが、目的は一つに絞った方がよろしいかと存じますわ」
ドランジールの指が、肘掛けを一度叩いた。
「……それは、どういう意味かな?」
「如何様にも取って下さって結構ですわ」
再び視線がぶつかる。
しばらくして、ドランジールが僅かに顎を引いた。
それ以上、言葉を交わす必要はなかった。
「では、そろそろ我々も支援物資をどうするか決めなくてはなりません」
ローディンが姿勢を正す。
「我らは、支援を求めております」
先ほどよりもはっきりした声だった。
「予定通り、ミエリッキへ届けます」
ローディンの肩から、僅かに力が抜けた。
「ありがとうございます」
私は席を立った。
「では、お話は終了ですわね。後はドランザート様とお話し合い下さいませ」
ローディンも立ち上がる。
最後にドランジールへ向き直った。
「ドランジール殿も、お気持ちはご理解できます故、是非ドランザート様とお話し下さい」
ドランジールは座ったまま、しばらく私を見上げていた。
私は小さく会釈する。
「それでは、失礼いたします」
◆
集会所を出て、宿へ向かった。
市場へ戻るまで、誰も先ほどの話には触れなかった。
やがて肉の焼ける匂いが漂ってくる。
「みぃ!」
胸元からモカが勢いよく顔を出した。
「覚えてたの?」
「みぃ!」
「モカ、お肉ー!」
「みぃ!」
「リリもー!」
「俺も食いてぇな」
「私だって食べたいわよ」
結局、近くの肉屋へ寄った。
モカには味のついていない肉を少しだけ買い、小さく切ってもらう。
一片を指先で摘まむと、モカの目が肉を追った。
「食べる?」
「みぃ!」
鼻先へ持っていくと、小さな口で肉へ齧りつき、両前足で私の指まで抱え込んだ。
「おいしい?」
「みぃ!」
「モカ、お肉好きー!」
「リリも好きー!」
「俺も好きだぞ」
「私だって好きよ」
「みぃ!」
もう次の肉を見ている。
「後でね」
「みぃー……」
残りを包んでもらい、再び宿へ向かう。
しばらく歩いたところで、隣にいたバルガスがぽつりと呟いた。
「……俺、馬鹿なんだろうな……」
「そうね。政治的な外交には向かないわね」
「…………」
バルガスががっくりと肩を落とした。
「でもね、バルガス」
「……なんだよ」
「あの時立ち上がってメイスを構えたのは、いいアシストだったわよ」
バルガスが顔を上げる。
「……そうなのか?」
「ええ」
頭の上でリリが何度も頷いた。
「うんうん、本能で動いててもちゃんと分かるの凄いね!」
「…………」
バルガスの肩がまた落ちた。
私は歩調を少し緩めて隣へ並び、その大きな背中をパンッと叩く。
「頼りにしてるわよ!」
「……おう!」
バルガスが顔を上げた。
胸元からモカも顔を出す。
「みぃ!」
頭の上ではリリが楽しそうに笑っていた。
私たちはそのまま、ガイルたちの待つ宿へ向かった。
第五十一話・了
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