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元傭兵のおっさん。追放された悪役令嬢に転生したので、もっと悪逆非道に生きてみた~物語は語られない所でも動いている~  作者: ななよん
第2章 遠征編

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第四十九話 リリとモカ

※毎朝4:00頃に投稿中!

挿絵(By みてみん)

 ぺろ。


「…………」


 頬に、ざらりとした感触がした。


 ぺろ。


「……何?」


 薄く目を開ける。


 すぐ目の前に、茶色い毛玉がいた。


「みぃ」


「モカ……?」


 私の胸元へ前脚を乗せ、また頬を舐めてくる。


「ちょっと、くすぐったいって」


 手を伸ばして抱き上げる。


「…………あら」


 そこで気づいた。


 昨日まで固く閉じられていたまぶたが開いている。


 くりっとした二つの目が、私の顔をじっと見つめていた。


「目、開いたのね」


「みぃ!」


 昨日よりも声に張りがある気がする。


 胸元へ抱き寄せて頭を撫でると、小さな耳で薄いスカイブルーの石が揺れた。


「昨日開けてもらったところ、痛くない?」


「みぃ」


「そう」


 毛布の上へ下ろしてみる。


 昨日までは鼻をひくひくさせながら、這うように私の匂いを追っていた。


 それが今日は、まだ覚束(おぼつか)ないながらもしっかり四本の脚を使って歩いている。


 ちょこちょこと毛布の上を歩き、私の膝を乗り越えようとして――転がった。


「みっ」


「あらあら」


 起こしてやろうと手を伸ばす。


 だが、その前に自分で身体を起こした。


 もう一度。


 今度は前脚を私の膝へ掛け、よじ登ろうとする。


「急に元気になったわね」


「みぃ!」


 昨日まで見えていなかった世界が、よほど面白いらしい。


 きょろきょろと辺りを見回しては、気になるものへ近づこうとする。


「モカー!」


 テントの入口から声がした。


 リリが勢いよく飛び込んでくる。


「起きたー?」


「みぃ」


「あーっ!」


 リリが空中で止まった。


「おめめ開いてるー!」


「今朝からみたい」


「見せて見せてー!」


 リリが一直線に飛んでくる。


 モカが動きを止めた。


「…………」


 くりっとした目で、近づいてくるリリを見ている。


 そういえば――。


 声や匂いは知っていても、こいつがリリを見るのは初めてなのね。


「モカー!」


 リリが目の前まで飛んできた。


 小さな耳がぺたりと伏せられる。


「シャーッ!」


「なんでー!?」


 リリが飛び退いた。


「昨日まであなたの姿は見えてなかったもの」


「リリだよー!」


 また近づく。


「シャーッ!」


「リリだってばー!」


「シャーッ!」


「モカー!」


「シャーッ!」


 それでもリリは挫けない。


 右から回り込む。


「モカー!」


「シャーッ!」


 左から。


「リリだよー!」


「シャーッ!」


 上から。


「モカモカー!」


「シャーッ!」


「あなた、少し放っておいてあげたら?」


「やだー! モカと遊ぶー!」


「みぃぃ……」


 モカが私の膝へよじ登ってくる。


 そのまま胸元まで這い上がり、私の腕の間へ身体を押し込む。


「モカー!」


「シャーッ!」


「元気ねぇ……」


 どっちも、まあ、うるさい。


             ◆


 朝食を済ませた後、私たちは冒険者ギルドへ向かった。


 受付へ行き、鞄から一通の封書を取り出した。


「お願いがあるんだけど」


「はい。どのようなご用件でしょうか?」


「これをドランザート議長に届けてほしいの」


 封書を差し出す。


 受付嬢が両手で受け取った。


「議長宛て……ですか?」


「ええ。紹介状よ」


「差出人を確認してもよろしいでしょうか?」


「どうぞ」


 受付嬢が封書を裏返す。


 封蝋を確認したところで、その手が止まった。


「……ステラ議長から?」


「ええ」


 もう一度、封蝋を見る。


「少々お待ちください」


「お願い」


 受付嬢は立ち上がると、封書を持って奥へ消えていった。


「また待つのー?」


 私の頭の上でリリが不満そうな声を上げる。


「そうみたいね」


「じゃあモカと遊ぶー!」


「やめておきなさい」


「モカー!」


 止める間もなく飛んでいった。


 私の足元にいたモカがリリを見る。


「シャーッ!」


「モカー!」


「シャーッ!」


「仲良くしよー!」


「シャーッ!」


 朝からずっとこれだ。


「随分嫌われたな」


 バルガスが笑う。


「嫌われてないもん!」


「どう見ても嫌がられてんだろ」


「まだリリだって分かってないだけー!」


「声は知ってるはずだぞ」


「…………」


 リリが止まった。


「モカー?」


「シャーッ!」


「やっぱり分かってないー!」


「都合よく解釈したわね」


 モカが私のブーツの陰へ逃げ込んでくる。


 リリはまだ諦めていない。


 ……そのうち慣れるでしょう。


 たぶん。


 しばらくして、受付嬢が戻ってきた。


「お待たせしました」


「どうだった?」


「紹介状は、こちらから責任を持ってドランザート議長へお届けします。それと、議長側へ確認を取らせていただきました」


 早いわね。


 まだ紹介状そのものは届いていないはずだ。


 差出人がステラだというだけで話を通したのだろう。


「本日、日没後でしたらお時間を取れるとのことです」


「今晩ね」


「はい。ただ――」


 受付嬢が僅かに声を落とした。


「議長館の正面入口からは入らないように、とのことです」


「…………」


 後ろにいたガイルたちの空気が僅かに変わった。


「どこへ行けばいいの?」


「東側に通用門があります。そちらへお越しください」


 受付嬢が小さな札を取り出した。


「こちらを門衛にお見せください。話は通しておくとのことです」


 受け取る。


 何の変哲もない小さな木札に見える。


「分かったわ」


「人数は皆様で?」


「八人よ」


「承知しました。そのようにお伝えします」


 受付嬢が頭を下げた。


 用件は済んだ。


             ◆


 ギルドを出て少し歩いたところで、ガイルが振り返った。


「しかし、わざわざ正面を避けて通用門から来いってのは、ちょっと気になるな。ヴィヴィはどう思う?」


「嫌われてるんじゃない?」


「まだ顔も合わせてないのに、それはさすがに傷つくなぁ」


「冗談よ」


 手の中の木札を見る。


「私たちが議長に会うところを、見られたくないんでしょうね」


「俺もそう思う。ステラ議長から、その辺について何か聞いてるか?」


「詳しくは聞いてないわ」


「そっか。まあ、今ここで考えても仕方ないか。今晩直接聞けば分かるだろうしな」


「そうね」


 ラディアで何かが起きている。


 それは聞いている。


 だが、誰が何をしているのかまでは知らされていない。


 だからこそ、私たちが来た。


 バルガスが大きく伸びをする。


「んじゃ、それまでどうする? 俺、酒と肉が食いてぇな」


「酒は禁止だ」


 ガイルが即座に言った。


「えぇ……」


「今晩は議長との面会だぞ。酒臭い息で顔を出すつもりか?」


「一杯くらいいいだろ」


「駄目だ。俺たちは遊びに来たわけじゃないんだから、今日は我慢してくれ」


「ちぇっ。じゃあ肉だけかよ……」


「肉?」


 思わずバルガスを見る。


「……お前、肉好きだよなぁ?」


「肉って何があるの?」


「ほら、食いついてんじゃねぇか」


「食いついてないわよ」


「ヴィヴィ、お肉好きー!」


 頭の上からリリまで余計なことを言う。


「嫌いじゃないだけよ」


「だったら決まりだな。せっかくラディアまで来たんだ。この辺でしか食えない肉でも探そうぜ」


「そうね」


「決めるの早ぇな」


 ガイルが苦笑する。


「まあ、肉なら止める理由もないか。せっかくだし、この街のものを食ってみるのも悪くない。ただし、酒は全員なしだからな」


「酒と一緒の方がうめぇのに」


「当たり前だろ。今晩は全員で議長に会うんだから」


「ちぇっ」


「肉ー!」


「みぃ!」


 腕の中のモカまで声を上げた。


「モカは駄目よ」


「みぃ?」


「まだ消化器官がちゃんと育ってないでしょう。あなたは乳」


「みぃ……」


「そんな声出しても駄目」


「モカ、かわいそー」


「お腹を壊す方が可哀想でしょう」


「そっかー」


「みぃ……」


 随分と残念そうね。


 少し離れたところから、バルガスが手を振った。


「おーい。肉食うなら店探そうぜ」


「今行くわ」


「ほら、やっぱり一番乗り気じゃねぇか」


「いいから早く探して」


「はいはい」


 ガイルが苦笑しながら後に続く。


 私もモカを抱き直して歩き出した。


「モカー!」


 リリが頭の上から身を乗り出す。


「シャーッ!」


「まだ駄目ー!」


 ……そっちは今日中にどうにかなるのかしら。


 手元には、議長館の東側通用門を通るための小さな木札。


 正面から来るな、か。


 どうやらステラから聞いていた以上に、面倒なことになっているらしい。


第四十九話・了

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