第四十八話 登録
門を抜けて、最初に目についたのは頭から生えた角だった。
一人や二人ではない。
通りを歩く大男の額からは湾曲した二本の角が伸び、露店で店主と話している女の頬には細かな鱗が浮かんでいる。
その向こうを歩く男には太い尾まであった。
「……竜種が多いわね」
「そりゃそうだ。ここはドラゴノイド種が治める街だからな」
隣を歩くガイルが答える。
もちろん人間種もいるし、エルフや獣人の姿もある。
ただ、これまで通ってきた都市とは明らかに比率が違う。
角や鱗を持つ者が、そこら中を当たり前のように歩いていた。
「ヴィヴィー、角いっぱいー!」
頭の上からリリが声を上げる。
「そうね」
「リリも角ほしいー!」
「何に使うのよ」
「かっこいい!」
「角が生えたらうつ伏せで寝れないわよ?」
「じゃあ、いらなーい」
「みぃ」
今度は胸元から声がした。
服の隙間から、小さな茶色い頭が覗いている。
「あなたまで参加しなくていいのよ」
「みぃ」
ここが自由都市ラディア。
ドラゴノイド種のドランザートが議長を務める、七自由都市の一つだ。
ひとまず無事に到着した。
私たちはそのまま荷馬車とともに通りを進んでいく。
目的地までは、もうそれほど掛からない。
「ヴィヴィ」
「何?」
「ついでに冒険者ギルドへ顔を出しておけ」
「ギルド?」
「ああ。そいつを登録しといた方がいい」
ガイルが私の胸元を指差した。
「モカ?」
「ヴァイスティーガーをそのまま連れ歩くつもりか?」
「駄目なの?」
「今はいいけどな、こいつらは直ぐにデカくなるぞ」
ガイルが小さなモカを見る。
「その大きさなら猫か何かだと思われるだろうからいいが、でかくなったら猛獣だ」
「みぃ」
「…………」
母親の姿を思い出す。
確かに、あれが何の印もなく街中を歩いていたら騒ぎになる。
「登録しておけば、飼い主のいる魔獣だと分かる。余計な揉め事を避けるためにもやっとけ」
「そういうことなら、分かったわ」
「あと、お前はテイマーじゃないからな。その辺も説明してこい」
「面倒ね」
「拾ってきたのはお前だろ」
「拾ってないわよ。この子が勝手についてきたの」
「みぃ」
そうでしょう?
指先で頭を撫でると、モカは鼻先を押しつけてきた。
「モカ、ぼーけんしゃになるのー?」
「違うわ」
「クエストするー?」
「歩ける様になったらね」
「みぃ!」
胸元から抗議するような声が返ってきた。
◆
荷馬車を預けたあと、私たちはラディアの冒険者ギルドへ向かった。
中へ入ると、ここでもやはりドラゴノイド種の姿が目立つ。
受付へ向かい、胸元からモカを取り出した。
「この子を登録したいんだけど」
「はい。従魔登録ですね。種類は――」
受付嬢の視線がモカで止まった。
「……こちら、ヴァイスティーガーですか?」
「そうらしいわ」
「そうらしい……?」
「私は詳しくないから」
「みぃ」
モカが鳴く。
受付嬢は少し身を乗り出して確認していたが、やがて顔を上げた。
「テイマーの方ですか?」
「違うわ」
「え?」
「勝手についてきたの」
「…………」
受付嬢が私を見る。
モカを見る。
もう一度、私を見る。
「……契約は?」
「してないわ」
「調教なども?」
「してない」
「では、どうやって指示を?」
「モカ」
「みぃ」
「大人しくしてて」
「みぃ」
モカは私の腕の中へ身体を預け、そのまま動かなくなった。
「こんな感じ」
「…………」
何かおかしいだろうか。
受付嬢が困ったように眉を寄せる。
「少々お待ちください」
「ええ」
奥へ引っ込んでいった。
「面倒になったわね」
「だから言っただろ」
後ろにいたガイルが呆れた声を出す。
「私、何もしてないんだけど」
「それが問題なんじゃねぇか?」
バルガスが笑う。
しばらくして受付嬢が戻ってきた。
「お待たせしました。本人……いえ、個体が自発的に付き従っており、指示にも従うのであれば登録可能とのことです」
「そう」
「ただし、街中で問題を起こした場合の責任は登録者にあります」
「分かったわ」
それは当然だろう。
「モカ、分かったわね?」
「......み」
「分かった?」
「みぃ...」
「では、こちらへお名前をお願いします」
渡された用紙へ名前を書く。
「従魔のお名前は?」
「モカ・ラテ」
「モカ・ラテ……と」
「普段はモカって呼んでるわ」
「分かりました」
受付嬢が書類へ記入していく。
「それと、登録済みであることを示す識別具を付けていただきます」
「識別具?」
「はい。こちらです」
小さな箱が取り出された。
中に入っていたのは、小さな金属製のピアスだった。
「これを?」
「耳に装着します。金具には登録番号が刻まれていますので、衛兵や他の冒険者から見ても登録済みの個体だと分かります」
モカの小さな耳を見る。
「穴を開けるの?」
「はい。魔獣を街中へ連れて入る場合には、識別具の装着が必要になります」
「…………」
「みぃ?」
モカが何も知らずに興味を示している。
「必要なら、仕方ないわね」
「石はこちらからお選びいただけます」
「石?」
もう一つ、小さな箱が出された。
中には色の違う小石がいくつも並んでいる。
「色に意味はあるの?」
「いいえ。登録情報は金具の方に刻まれますので、こちらはお好みで」
「そう」
赤、緑、黄色、青、同じ赤でも薄かったり濃かったりする。
いくつか眺め、その中の一つを指差した。
「これ」
淡い空のような色をした、小さな石。
「スカイブルーですね」
「ええ。それがいいわ」
「みぃ」
「あなたのよ」
「みぃ?」
分かってなさそうね。
「では、装着しますので抱いていてください」
「分かったわ」
モカを胸元へ抱き寄せる。
受付嬢が小さな耳を摘まみ、位置を確かめた。
「すぐ終わりますからね」
「みぃ?」
器具が耳を挟む。何かを察したのか、モカの身体に力が入っている。
ぱちん。
腕の中の小さな身体が、一瞬だけびくっと震えた。
「…………」
無意識に、抱いている腕へ力が入った。
モカは鳴かなかった。
ただ、私の胸へ鼻先を押しつけてくる。
「終わりました」
「そう」
頭を指先で撫でる。
「もう終わったわよ」
「みぃ……」
小さな耳には銀色のピアス。
そこに嵌められた薄いスカイブルーの石が、小さく光っている。
「似合ってるわよ、モカ」
「みぃ」
「モカ、見せてー!」
リリが私の頭から飛び降りてきた。
「きれー!」
「触っちゃ駄目よ。今開けたばかりなんだから」
「見るだけー!」
珍しく素直ね。
リリはモカの耳元を飛び回りながら、いろんな角度からピアスを眺めている。
「モカ、かっこいいー!」
「みぃ」
受付嬢から登録証を受け取る。
「これで、どこへ連れていっても大丈夫なのね?」
「はい。少なくとも、野生の魔獣と間違われることはありません」
「そう」
腕の中を見る。
薄い空色の石が、小さな耳元で揺れていた。
「行きましょうか、モカ」
「みぃ」
呼べば、ちゃんと返事をする。
「モカー、帰るよー!」
「みぃ」
リリの声にも返事をした。
……名前を付けてから、まだ一日しか経ってないのに、随分と馴染んだものだ。
第四十八話・了
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