第四十七話 モカ・ラテ
三つ目の村を発ってから一日。
日が暮れるまで街道を進み、この日は道から少し離れた開けた場所で野営することになった。
夕食を終える頃には辺りもすっかり暗くなり、大きく囲った焚き火を中心に、それぞれが思い思いに時間を過ごしている。
ガイルは火の具合を見ながら、ときおり薪を放り込んでいた。
その隣では、トッドが道中で拾っておいた真っ直ぐな枝を短剣で削っている。節を落とし、歪みを確かめながら矢柄へと仕上げているところだった。
少し離れたところでは、バルガスが毛布にくるまっている。
「ぐごぉぉ……ぐごぉぉ……」
夕食を食べ終えて早々、寝てしまったらしい。
薪がぱちりと爆ぜる。
フィナは焚き火の向こう側をしばらく眺めてから、ぽつりと零した。
「ヴィヴィさんって、もう少しくらい……」
「優しくしてあげても、って?」
隣にいたシフォンが言うと、フィナは困ったように眉を下げた。
「……はい。分かってはいるんですけど」
自然と声が小さくなる。
焚き火を囲む輪は広く、絶えず薪の爆ぜる音もしている。この程度の声なら、向こう側まで会話の内容が届くことはない。
「でも、してたじゃない」
「え?」
「母親のところへ連れていって、あの子が離れるまで待ってた。自分から戻ってくるまで、一度も手を出さなかったでしょう?」
フィナは答えなかった。
「あの人の優しさは、同情じゃない。どんな選択でも認めてあげる優しさなんじゃないかな?」
「どんな選択でも……」
「うん。あの子が母親のところに残ることを選んでいたら、きっと無理に連れていかなかったと思う。でも、あの子は自分で母親から離れて、あの人のところまで歩いていった」
フィナはもう一度、焚き火の向こうへ目をやった。
「実際、あの子はあんなにヴィヴィさんに懐いているしね」
「……そうですね」
「ヴィヴィさんの優しさは分かりにくいし、伝わらないことも多いと思う」
シフォンも同じ方へ目を向ける。
「凄く厳しいけど、その分、責任感が凄いんだと思う」
ガイルが新しい薪を一本、火へ放り込んだ。
その隣ではトッドが変わらず枝を削っている。
二人とも会話には加わらず、それぞれ手を動かしながら静かに話を聞いていた。
「でも、それがあの人の残酷なまでの優しさなんだと私は思う」
フィナはしばらく焚き火を見つめていた。
「……分かってるんです」
「うん」
「分かってるんですけど……」
そこで、もう一度向こう側を見る。
「でも、せめて!」
突然、フィナが立ち上がった。
「フィナ?」
シフォンが驚いて見上げる。
フィナはそのまま焚き火を回り込んでいった。
「ヴィヴィさん!」
◆
「ヴィヴィさん!」
突然名前を呼ばれ、私は顔を上げた。
「何?」
目の前には、妙に真剣な顔をしたフィナが立っている。
「その子に、その、あの……な、名前を付けてあげませんか!?」
「名前?」
膝の上を見る。
「みぃ」
小さなヴァイスティーガーが鼻をひくひくさせる。
私は毛布の上にあぐらをかき、その膝にはこいつ。頭の上には、いつの間にか定位置になりつつあるリリ。
名前か。
「名前? 名前……ねぇ? うーん、ちびとか?」
「ダメです!」
「なんでよ」
「もっとちゃんと考えてあげてください!」
「ちびでいいじゃない。分かりやすいし」
「大きくなったらどうするんですか!」
「それもそうね……」
こいつはヴァイスティーガーだ。
今は手のひらに乗りそうな大きさでも、そのうち立派な魔獣になる。
その時に「ちび」では、確かにおかしい。
「みぃ」
「あ」
閃いた。
「じゃあ、みぃって言うからミィでどう?」
これは結構いいんじゃない?
我ながら可愛い響だし、悪くないと思う。
少し得意げにフィナを見る。
「か、可愛いですけど……もう一声!」
「えぇ……?」
ダメなの?
「う、うーーーーん。今の結構良くなかった? これ以上となると、難しいわね」
「もっとちゃんと見てあげて、何かこうありませんか?」
「ちゃんと……」
言われた通り、膝の上のヴァイスティーガーをじっと見る。
小さい。
丸い。
茶色い。
「茶色い毛をしてるわね。んー、でもヴァイスって白って意味だし。んー……んー……」
何かないか。
茶色。
ヴァイス。
白。
「ん~~~~……」
考えているうちに、あぐらをかいたまま身体が少しずつ横へ傾いていく。
すると膝の上のこいつも、私につられるように小さな首をこてりと傾けた。
「ん~~~~……」
もう少し傾く。
小さな頭も、こてり。
さらに頭の上に座っているリリまで、一緒になって傾いていく。
「ヴィヴィ、ななめー」
「今考えてるんだから静かにして」
「はーい」
「ん~~~~~~……」
「みぃ……?」
気づけば、あぐらをかいたまま随分と横へ捻じれていた。
膝の上では小さなヴァイスティーガーまで同じ方向へ首を傾げ、頭の上のリリも斜めになっている。
「あそこまでヴィヴィを追い込んだのは、フィナが初めてじゃないか?」
焚き火の方からガイルの声がした。
トッドも矢柄を削る手を止め、こちらを見て無言で頷いている。
「ちょっと黙っててもらえます!?」
「俺だけ、厳しくない!?」
フィナが即座にガイルを黙らせた。
フィナは相変わらずガイルにだけ厳しい。
「んーーーー……」
そんなことより名前だ。
もう一度、膝の上を見る。
茶色……。
「あ」
身体を起こした。
「じゃあ、モカ・ラテでどう?」
私が起き上がると、小さな頭も遅れて反対側へこてりと傾く。
「みぃ?」
フィナの顔がぱっと明るくなった。
「それです!」
良かった。これで合格しなかったら投げ出していたところだ。
「じゃあ決まりね。モカ」
「みぃ」
「何だ? 飲みたいのか?」
少し離れたところから、オルドが声を掛けてきた。
「違うわよ。この子の名前」
「モカ・ラテ?」
「そう」
オルドがこちらまでやって来て、私の膝の上を覗き込む。
「……紛らわしい名前をつけたな」
「可愛いでしょう?」
「まあ、そいつには似合ってるな」
フィナも私の傍へしゃがみ込み、嬉しそうに小さな頭を撫でた。
「良かったね、モカー?」
「みぃ」
すると頭の上から、リリも身を乗り出す。
「モカモカーっ」
「みぃ?」
呼ばれるたびに、小さな頭がこてりと動く。
どうやら本人も、気に入った様で何よりだ。
しばらくフィナに撫でられていたモカは、やがて私の腹へ身体を押しつけるようにして丸くなった。
頭の上にはリリ。
膝の上にはモカ。
昨日まではなかったはずなのに、もうこれが当たり前になりつつある。
「ぐごぉぉぉ……」
少し離れたところから、バルガスのいびきが再び響いてきた。
あれだけ周りが騒いでいたのに、一度も起きなかった。その図太さに、フィナと私は顔を見合わせて笑った。
第四十七話・了
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
ヴィヴィの相棒となるモカが、ついに正式加入です!
ぜひ、ヴィヴィたちのこれからを見守ってくださいね。




