第四十五話 道中
トラペジアを発ってから二日。
最初に立ち寄った小さな村では、畑を荒らしている小型魔獣の群れの討伐を頼まれた。
厄介なのは、その素早さだった。
茂みから飛び出したかと思えば、次の瞬間には畑の反対側まで駆け抜ける。身体が小さいうえに方向転換も速く、畝や柵を使って追手を振り切るのにも慣れているらしい。見た目はウサギの様で可愛いが、動きは可愛くない。
私やガイルなら追えない相手ではないが、その必要はなかった。
ヒュッ――。
短い風切り音の直後、一匹が畑の中を転がった。
トッドだ。
次の矢が放たれる。
二本目は畝を飛び越えようとした個体へ突き刺さり、三本目は森へ逃げ込もうと進路を変えた一匹を正確に射抜いた。
ただ狙っているわけではない。敵の足の速さと向きを見て、次にどこへ出るのかを先回りして射ている。
こちらへ飛び込んできた一匹をバルガスが大槌で叩き潰し、それを最後に畑から魔獣の姿が消えた。
私は剣を構えたまま、森と畑の境へ視線を走らせる。
「リリ、周囲に逃げたり隠れたりしている個体はもういない?」
「ちょっと待ってねー」
リリがふわりと高度を上げ、そのまま畑の上を飛んでいく。
ピクシーは元々、人間より遥かに鋭敏な感覚を持っている。そのうえリリには、敵対する存在を探知する《センスエネミー》の魔法がある。茂みに伏せようが、木の陰へ隠れようが、彼女から逃げおおせるのは難しい。
しばらくして戻ってきたリリが、私の前で大きく両手を広げた。
「いなーい!」
「分かったわ。なら終わりね」
討伐数も村人から聞いていた数と一致している。それを確認して、皆もようやく武器を収めた。
バルガスが大槌を肩へ担ぎながら、面倒そうに息を吐く。
「ちっこくて素早い敵は、面倒だぜ」
「リリ面倒なの?」
「お前の話じゃねぇよ」
いつの間にか目の前まで飛んできたリリを、バルガスが片手でしっしっと追い払う。
「リリもちっこくて素早いよ?」
「はいはい、そうだな」
「でしょー!」
なぜかリリが自慢そうに胸を張った。
私はそのやり取りを横目に、戦闘を終えたトッドへ声を掛けた。
「流石ね、トッド。判断が的確で、狙いも正確だわ」
「ありがとう」
「特に逃げようとした個体への対応が早かった。あそこで森へ入られていたら、余計な手間が増えていたでしょうね」
仕留めることだけを考えているわけではなく、敵の動きを読み、必要なら逃げ道から先に潰す。弓の腕だけでなく、周囲を見る余裕も十分にある。
遊撃部隊の後衛を任されるだけのことはある。
◆
二つ目に立ち寄った村は、最初の村よりずっと大きかった。
街道沿いに宿や商店が並び、小さいながらも鍛冶場まである。ここでも残されていた依頼を一件片付けたが、それ以上に重要だったのは、ここまで使ってきた装備や荷馬車の点検と補給だった。
武器は一度使えば汚れるし、刃にも細かな傷が入る。トッドは自分たちで済ませられる程度のものを選り分け、手に余るものだけを村の鍛冶場へ持ち込んでいた。
荷馬車についても、車輪や車軸、金具の緩みを一台ずつ確認していく。御者から道中で気になったことがなかったかを聞き、幸い大きな不具合は見つからなかったものの、こういうものは壊れてからでは遅い。
その間に、最初の依頼で消費した矢をはじめ、ランタンの油や馬の飼料なども補充していく。
食料そのものにはまだ余裕があったが、オルドは荷に積んである調味料を一通り確認すると、残っている塩の袋を手に取った。
「塩は補充できる時にしておこう。他にも何か香辛料でもあれば買っておこう」
料理の味だけでなく、塩は汗をかく長旅には欠かせず、現地で手に入れた肉や魚の保存にも使える。必要な量は積んできているが、旅が予定通りに進むとは限らない以上、補給できる場所で余裕を持たせておくに越したことはない。
こうして装備と荷馬車を整え、消耗した物資も補充してから、私たちは再び街道を進んだ。
二つ目の村を出てからは、一日を丸々街道で過ごした。その夜は人家のない街道沿いで野営し、翌日も荷馬車を進める。
◆
そして、トラペジアを発って四日目の夕方。
私たちは三つ目の村へ到着した。
人口は百人にも満たないだろう。深い森の入口に寄り添うように作られた小さな村で、家々の軒先には獣皮が干され、壁際には獲物を運ぶためのソリや、手入れ途中の弓が立て掛けられている。
ここで暮らす者の多くは狩人だった。
畑もあるにはあるが、自分たちが食べる分を賄う程度。村の外へ売るのは森で仕留めた獣の肉や毛皮が中心で、それを街道を通る商人へ売り、塩や穀物、鉄製品など村では賄えない物を手に入れて暮らしているらしい。
今回ギルドへ出されていた依頼も、その森に関するものだった。
「トロールが三匹?」
「ああ。三日前、狩りに入った者が見つけた。幸い向こうに気づかれる前に戻って来られたが、それからは誰も森の奥へ入っていない」
村長の話を聞きながら、私は少し眉を寄せた。
トロール。
ヒドラほどではないにしても、高い再生能力を持つ厄介な魔物だ。腕の一本くらいなら再生すると言われており、確実に仕留めるなら首を跳ね飛ばすか、心臓を潰すのが基本になる。
そのうえ巨体を覆う厚い脂肪と筋肉が邪魔をして、普通の矢では致命傷を与えるのが難しい。
トッドほどの腕なら、《ピアッシングアロー》で心臓まで貫くこともできるかもしれないが……村の狩人たちに同じことを求めるのは無理がある。
三匹ともなれば、討伐依頼を出したのも当然ね。
「居場所は分かるか?」
ガイルが尋ねる。
「見つけた場所なら。ただ、少し厄介でな。その辺りはヴァイスティーガーの縄張りに近いんだ」
「ヴァイスティーガー?」
「ああ。この森じゃ『森の守り手』なんて呼ばれてる。頭のいい魔獣で、こっちから手を出さなきゃ人間を襲うこともまずない。だから俺たちも、縄張りには入らないようにしてる」
人間と魔獣が、互いの領分を侵さずに暮らしているということらしい。
トロールは三匹。
最後に確認されたのは、ヴァイスティーガーの縄張り近く。
それ以上は、実際に森へ入って確かめるしかなさそうだった。
すでに日は傾いている。森へ入るのは明日にして、今夜は村の外で野営することになった。
第四十五話・了
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