第四十二話 顔合わせ
翌日、俺たちは冒険者ギルドの訓練場に集まっていた。
昨日顔を合わせたばかりの八人で、出発前に互いの動きを確認しておくためだ。
とはいえ、いきなり八人で動いたところで何が何だか分からなくなる。最初は前衛と後衛、それぞれが普段どう動くのかを簡単に見せ合うことになった。
バルガスは当然前衛。
俺とガイルも前に出る。トッドは弓、シフォンは魔法。フィナは精霊術と治癒が中心で、オルドは料理人を名乗っていたくせに、両腕にナックルシールドを装備していた。
リリは――。
『リリは飛ぶよ!』
「見れば分かるわよ」
『すっごく飛ぶよ!』
「何が違うのよ」
よく分からない。
そんな調子で一通り確認を終え、昨日の約束通りバルガスと俺が訓練場の中央へ出た。
ガイルたちは壁際まで下がっている。
リリも俺の肩から離れ、フィナのところへ飛んでいった。
「ヴィヴィ頑張ってー!」
今度は普通に声を出している。
俺は背中からバスタードソードを抜いた。
対するバルガスは、背負っていたウォーハンマーを下ろす。
ゴッ、と鈍い音がした。
地面に置いただけだ。
それなのに重さが伝わってくる。
「刃引きした剣じゃなくていいのか?」
「こっちの方が慣れてるから」
「俺は構わねぇけどよ。間違っても当てんなよ?」
「それはお互い様でしょう」
「違ぇねぇ」
バルガスが笑い、ウォーハンマーを持ち上げた。
向かい合ってみると、改めて馬鹿みたいにでかい。
長い柄の先についた鉄塊が目の前にあるだけで、こちらの間合いが狭くなったような錯覚を覚える。バスタードソードなら踏み込めば十分に届く距離なのに、あれが視界にあるせいで妙に遠く感じるのだ。
しかも鉄塊に隠れて、バルガスの肩や腕の動きまで見えづらい。
「……鬱陶しい武器ね」
「始まる前から褒めんなよ」
「褒めてないわよ」
バルガスが楽しそうに笑った。
「いつでもいいぞ」
「じゃあ遠慮なく」
先に動いた。
正面から二歩。三歩目を斜めへ踏み込み、バスタードソードを振る。
ガァンッ!
横からウォーハンマーの柄が割り込み、剣を受け止めた。
硬い。
そのまま押し込もうとしたところで、バルガスが柄を捻る。
「ふんっ!」
「っ!」
剣を弾かれた。
追ってくると思い、一歩引く。
ブォンッ!
予想通り、分厚い鉄塊が目の前を通り過ぎた。
風圧が頬を叩く。
あんなものをまともに受けたら、剣ごと持っていかれる。
だが、大振りだ。
振り抜いた直後なら入れる。
「ふっ!」
一気に踏み込んだ。
その瞬間、バルガスが柄を引いた。
長柄の先端についた石突きが、真っ直ぐ胸へ伸びてくる。
「っっ」
身体を捻って躱したが、バルガスはそのまま間合いを潰してきた。
近い。
これならウォーハンマーは振れない。
そう思って剣を返そうとしたところへ、柄を握ったままの拳が飛んできた。
「シッ!」
ナックルガードが頬を掠める。
顔を引いたところへ、今度は柄そのものが下から跳ね上がってきた。
「くっ」
バスタードソードで受ける。
ガンッ!
身体が浮きそうになった。
慌てて後ろへ跳ぶ。
「ハハッ! どうした!」
「思ったより器用なのね」
「思ったよりは余計だ!」
バルガスが追ってくる。
今度は小さくハンマーを振り、俺が横へ逃げたところへ石突きを伸ばす。躱して懐へ入ろうとすれば、ナックルガードを付けた拳が待っている。
遠い間合いだけじゃない。
内側へ入っても普通に戦える。
しかも、あの馬鹿みたいな鉄塊が常に視界のどこかにあるせいで、どうしても意識を持っていかれる。
ブォンッ!
「ふっ!」
頭を下げると、髪の上をウォーハンマーが通り過ぎた。
すぐに身体を起こして踏み込む。
バルガスが柄を引いた。
石突き。
身体をずらす。
次は拳。
半歩だけ下がる。
鼻先をナックルガードが通過したところで、バスタードソードを横から振った。
「ぬっ!」
バルガスが柄で受ける。
ガァンッ!
弾かれた。
そのまま互いに距離を取る。
「……やるわね」
「そりゃどうも」
バルガスがウォーハンマーを肩へ担ぎ、ニヤリと笑った。
「お前も随分余裕そうじゃねぇか」
「そう見える?」
「見えるな」
なら、もう少し上げてもいいか。
昨日のダンとの手合わせで、どこまで使えるのかは分かった。
頭痛が始まるまで、およそ十秒。体感時間なら30秒を超える。
そこから先はまだ使わない。
十秒あれば十分!
バスタードソードを構え直す。
バルガスも俺の変化に気付いたのか、肩からウォーハンマーを下ろした。
「来るか?」
「ええ」
小さく息を吸う。
《アクセラレイト》。
――世界が遅くなった。
バルガスが踏み込む。
横薙ぎ。
遅い。
巨大な鉄塊が、先ほどまでとはまるで違って見える。
身体を沈めて潜り抜けると、すぐに石突きが返ってきた。それも半身になって躱す。
「――っ!?」
バルガスの表情が変わった。
ここからだ。
踏み込む。
《ライトウェイト》。
一気に距離を潰し、右から剣を走らせる。
バルガスが柄を立てた。
フェイク。
左へ返す。
これも囮。
二度、三度と剣先を振り、視線を散らす。
バルガスもよくついてくる。巨大なウォーハンマーを短く持ち替え、柄とナックルガードを使ってこちらの進路を潰してきた。
これなら、どう?
《スネア》。
「ぬっ!?」
踏み込もうとした右足が僅かに引かれ、バルガスの身体が揺れた。
すぐに立て直す。
やっぱり上手いな、こいつ。
だが、その一瞬の隙で十分。
右へ剣を振る。
バルガスの目が追った。
――そっちじゃない。
《ライトウェイト》。
「シッ!」
ザッ、と地面を蹴り、懐へ滑り込む。
ヒュンッ――!
バスタードソードが横へ走った。
そして――止まる。
刃は、バルガスの首筋に触れる寸前にあった。
「…………」
バルガスの目だけが剣を見る。
俺は息を吐き、《アクセラレイト》を切った。
途端に周囲の音が戻ってくる。
「……参った」
バルガスがウォーハンマーを下ろした。
「お前、何だ今の」
「何って?」
「途中から動きが別人じゃねぇか」
「気のせいじゃない?」
「んなわけあるか!」
「ヒューッ! マジでやべぇな!」
壁際からガイルの声が飛んできた。
「最後、全然見えなかったぞ!」
「僕も途中までは追えたんだけどね」
トッドも苦笑している。
フィナは歯をカチカチと震わせ、俺とバルガスを交互に見ていた。
「……怖い」
「聞こえてるわよ」
「ひっ!」
フィナがシフォンの後ろへ隠れた。
そこまで怖がらなくてもいいだろう。
『ヴィヴィすごーい!』
リリが飛んでくる。
その横で、シフォンだけが妙に静かだった。
「シフォン?」
返事がない。
立ったまま動かない。
「おい?」
ガイルが顔の前で手を振る。
シフォンの身体がゆっくり後ろへ傾いた。
「シフォン!?」
トッドが慌てて受け止める。
フィナが駆け寄った。
「ど、どうしたんですか!?」
トッドがシフォンの顔を見る。
「……気絶してる」
「なんでよ」
俺が言うと、ガイルがこっちを見た。
「お前のせいだろ」
「何もしてないわよ」
意味が分からない。
バルガスが首筋を擦りながら、豪快に笑い出した。
「ハハハハッ! こりゃ面白ぇ! いいじゃねぇか!」
「負けたのに楽しそうね」
「強ぇ奴が味方なんだぞ。喜ばねぇ理由があるかよ」
そう言って、バルガスは俺へ大きな手を差し出した。
「改めてよろしくな、ヴィヴィ」
その手を見る。
さっきまで俺をぶん殴ろうとしていた手だ。
「ええ。よろしく」
握り返すと、馬鹿みたいな力で握られた。
「痛い痛い痛い! 馬鹿! 力入れすぎ!」
「お? 悪ぃ悪ぃ!」
「絶対わざとでしょう!」
笑い声が訓練場に響く。
出発は明日。
どうやら、退屈な旅にはならなそうだった。
第42話・了
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