第四話 水辺
馬が4頭。もう日は落ちかけていた。
先頭の男に見覚えがあった。
いや、俺にじゃない。ヴィオレッタの記憶にだ。
記憶が知識を寄越す。伯爵家の長男。
顔はいい。作りは整っている。彼女の記憶でも、そこだけは認めている。
中身の方は知らん。碌なものじゃないことだけは、記憶の温度で分かる。
「探したぞ、ヴィオレッタ嬢」
男が馬を降りた。後ろの3人は乗ったままだ。護衛。誰も剣に手をかけていない。
俺を敵と見ていない。まあ、元々令嬢だったんだ、当然の反応だろう。
(4人か)
こちらは短剣が1本装備しただけの、華奢な女が一人だ。
正面からやれば、10秒で終わる。当然俺の方が負ける計算だ。
「追放処分になったと聞いたが。まだ生きていたとはな」
男の目が、上から下へ動いた。
汗と埃で汚れた粗末な服。その下。
(ああ、そういう目的ね)
この男が何をしに来たのか、それで分かった。連れ帰りに来たんじゃない。
もっと下世話な目的で女一人を追って来た訳だ。
――なら、話は早い。
俺は目を伏せた。ヴィオレッタの記憶から彼女のテクニックを拝借する。
いい歳をしたおっさんが上目遣いをやる日が来るとはな。
前世の戦友に見られたら、どちらかが死ぬまで笑われるだろう。
まあ、あいつらも大体先に死んだが。
「……お恥ずかしいところを」
「構わん」
「行く当てもございませんの。囲ってくださるなら、助かりますわ」
男が気色悪い表情をしてニヤッと笑った。
(まあ、男なんてこんなもんだ。なら命の危険は無いし、つけ入るのも簡単だ。)
「日も落ちる。今夜はここで休む」
男が言った。
こちらから言い出す手間が省けたと言うものだ。
◆
水場の近く。テントを1つ張らせて、火を熾させる。
簡素な食事が配られ、パンを小さく切ってスープに浸し少しずつ食べていく。
お嬢様が空腹任せにガツガツ食べる訳にもいかないしな。
いったい何日食べて居なかったのか、一つのパンとスープはお上品に食べたつもりでもあっという間に無くなってしまった。正直まだ足りなかったが、今は食事が取れただけ良かったとしておこう。
俺は火のそばに座って、男たちの装備を数えた。
長男。護衛3。剣は4振り。馬は4頭。クロスボウが馬に括り付けてあるのが見える。
テントは1つ。意味は考えるまでもない。
案の定、日が落ちるなり男が立ち上がった。
「さて」
俺は襟元を押さえた。
「その前に、お願いがございます」
「なんだ」
「旅で汚れております。……このままでは、あまりに」
男の顔が緩んだ。
(そうだろうな。変な性癖でも無ければ綺麗になった令嬢の方がいいだろうよ)
男はこういう時判断を脳で無い所で行う生き物だ。理解は出来るが、襲われる側になるなら話は別だ。
昔、海外で……いや、この話はよそう。あんな戦いは二度とごめんだ。
「水場がある。行ってこい」
「わたくし、1人では水浴びもろくに出来ませんでしたの」
声を落とす。
「どなたか、着いてきてくださいませんか?」
男が動きかけた。
(来るな、お前はそこでお座りだ。お前が来たところで、残るのは護衛3人だ。それじゃ意味がない)
「若。ここはお待ちを」
護衛が止める。伯爵家の長男を、夜の森で1人にするわけがないよな。
実に有能な護衛だ。褒めてやりたい。今夜死ぬけどな。
「……ちっ」
男が顎をしゃくった。護衛の1人が立ち上がる。
「見るなよ」
「は」
(予定通りだ)
◆
水場は野営地から離れていた。焚火の光は届かない。
月はあるが都合よく雲も出ている。水面が鈍く光っていた。
俺は岸で服を脱いだ。まあ貴族なんだし人前で肌を晒す程度は日常茶飯事なのでは?と思ったら、記憶に殿方の前では晒さないとツッコミの様に情報が出て来た。
背後で息を呑む音がした。
自分の裸を晒しているという実感がまるで湧かない。他人の物を勝手に見せている気分だ。
持ち主はもう文句を言わないが、罪悪感は多少ある。
「……見るなと言われたでしょう」
「い、いや」
振り向かずに、水へ入る。
冷たい。腰まで。胸まで。足が着くのはここまでだ。もう半歩先は深くエグれている。だいぶ南に進んで下流に近くなったのだろう。
脱いだ服は、岸の目立つ場所に置いた。白い。暗がりでもよく見える。
「……暗くて、怖いですわ」
振り返る。
「着いてきてくださいませんの?」
男が迷ったのは一瞬だった。
鎧を外す音。剣を置く音。
(そうだ。それでいい。まったく男ってのは単純でいい。かくいう俺も若い頃似た様な手に引っかかって財布の中身が消えていたっけな)
水へ入ってくる。腰まで。胸まで。
足が着かなくなったところで、俺は男の首に腕を回した。
男が気色悪い顔でにちゃと笑った。
短剣は、逆の手に握り水中に隠していた。
絡めた腕を支点にして、抱き着く様に身を引き寄せ、そのまま喉に刺し入れて体重をかける。
男は一瞬の事に何が起きたか理解する前にビクビクと痙攣しだす。
声は出ない。水の中では、誰も叫べないからな。
泡が上がって、やがて男の痙攣が止まった。
水の中で油断した男なんて、殺されて当然だ。
鍛えて無い身体で仕留めるには、不意打ち、だまし討ち、寝込みを襲う等、搦手を使う必要がある。おっさんのハニートラップはやってる自分にも精神的なダメージが来るが有効だな。
4話・了
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