第三十九話 前金《アドバンス》
グランティアの後をついて歩く。てっきりギルドの奥にでも連れていかれるのかと思っていたが、彼女はそのまま表へ出た。
「どこ行くの?」
「いいからついてきな」
「仕事の話じゃないの?」
「その前に寄るところがあるんだよ」
そう言って、グランティアはさっさと先を歩いていく。
後を追っていると、やがて見覚えのある通りへ入った。石造りの重厚な建物。魔法省系列の魔法具店だ。
「……ここ?」
「ああ」
グランティアが迷いなく扉を開けると、カウンターの奥にいた男がこちらを見た。
「いらっしゃいませ。……おや」
私の顔を見て、一瞬だけ表情が固まる。失礼な。ちゃんと金を払って買い物をしている優良客だぞ。
「……今日はどういったご用件で?」
「アクセラレイトって魔導書があるだろ」
グランティアが言うと、男の目が俺へ向いた。
「ああ……ヴィヴィ様がお取り置きされている品ですね」
「それだ。出しておくれ」
「は、はい」
男が奥から革表紙の魔導書を抱えて戻ってきた。
「こちらで間違いありませんか?」
「ああ。いくらだい?」
「ヴィヴィ様には金貨800枚でお取り置きしております」
「元はいくらだい?」
「金貨1000枚です」
グランティアが俺を見る。
「これ、今すぐ覚えられるのかい?」
「無理ね。ランク6を覚えるには、ランク5を二つ覚えてないと駄目なの。私が持ってるのはヘヴィウェイトだけだから、あと一つ要るわ」
「ランク5をもう一つ、か」
「ええ」
グランティアは少し考えると、店員へ向き直った。
「なら、こうしよう。前提に必要なランク5を一冊。それとランク4も一冊付けて、全部で1000枚。どうだい?」
「それでしたら、喜んで」
店員は即答した。
そりゃそうだ。アクセラレイトが800枚。ランク5が一冊80枚、ランク4が40枚としても、合わせて920枚。こちらが80枚も余計に払う計算になる。
「ちょっと待ちなさい」
「何だい?」
「それ、920枚でしょう」
「そうだね」
「なんで1000枚払うのよ」
「十年も抱えてた品を引き取るんだ。向こうにも少しくらい儲けさせてやれば、次の商売がしやすいだろ」
なるほど。単に気前よく金をばら撒いているわけじゃないらしい。
それでも金貨80枚である。俺が一週間走り回って稼いだ金より多い。
「……金持ちめ」
「何か言ったかい?」
「別に」
グランティアは鼻で笑うと、俺へ顎をしゃくった。
「ほら。必要なのを選びな」
「その前に一つ聞いていい?」
「何だい」
「なんであんたが払うのよ」
「前金さ」
その一言で、意味が変わった。
前金――懐かしい言葉だ。傭兵をやっていた頃には何度も受け取った。先に金を握らされたら、引き受けた仕事はやる。途中で気が変わっただの、思ったより危なかっただの、そんな言い訳は通用しない。
金貨1000枚。
ずいぶん重い前金を寄越したものだ。
◆
「……仕事の話は?」
「戻ってからだ」
グランティアはそれ以上言わなかった。
俺も聞かなかった。ここでする話じゃない。
「分かったわ。じゃあ、遠慮なく選ばせてもらう」
店員がランク5の魔導書を何冊か並べていった。
派手な魔法はいらない。火を飛ばしたいわけでも、雷を落としたいわけでもない。今の戦い方をそのまま強化する方向性だ。
一冊ずつ説明を聞いていく中で、気になるものがあった。
「これは?」
「スコープヴィジョンです。暗所での視認、遠距離視認、それに生物の熱を捉える補助が得られます。ただし、遮蔽物を透過することはできません」
暗視に望遠、それに熱源感知。
敵より先に見つける。それだけで、生き残れる確率はずいぶん上がる。
「これにするわ」
「かしこまりました」
まずはスコープヴィジョンを習得する。
魔導書に手を置いて魔力を流すと、刻まれた術式が淡く光り、頭の中へ流れ込んできた。やがて光が消える。
これでランク5は二つ。
条件が揃った。
「次、アクセラレイトをお願い」
「はい」
改めて魔導書へ手を置く。
流れ込んできた情報が頭の奥へ焼き付き、やがて一つの魔法として形を成した。
――アクセラレイト。
「残りはランク4だったね」
グランティアの声に、俺は棚へ目を向けた。
せっかくなら、今の手札にないものがいい。
「カウンターセンスっていうのは?」
「索敵や感知の類から、術者の存在を捉えにくくする魔法です。ただし、術者より格上の感知能力まで完全に欺けるものではありません」
条件付きとは言え、これも生存率を確実に高める手段になりそうだ
「それにするわ」
「かしこまりました」
カウンターセンスも続けて習得した。
「末永いお付き合いをよろしくね」
「こちらこそ。今後ともご贔屓に」
さっきまで俺の顔を見て固まっていた男が、今度は実にいい笑顔をしていた。
そりゃそうだろう。
この街の議長に顔がきいて、金貨1000枚の融資を簡単に引き出したんだ。
◆
ギルドへ戻ると、グランティアは受付のミラへ声をかけた。
「待たせたね、部屋を使わせて貰うよ」
「はい。マスターは既にお待ちです」
話は通っているらしい。
通されたギルドマスターの部屋では、ダンが書類の山の向こうから軽く手を上げ、その横でクリスが眼鏡を押し上げた。
「遅かったな」
「ちょいと買い物してたんだよ」
「買い物?」
「ヴィヴィの前金さ」
ダンが一瞬だけ俺を見る。
「……なるほどな」
それ以上は聞かなかった。
グランティアが扉を閉め、机の前に腰を下ろす。俺も向かいの椅子へ座った。
「さて。仕事の話をしようか」
「ええ」
グランティアは机の上に七都市周辺の地図を広げた。
「この前の会議で決まった七都市共同対策部隊。あんたには、その中の遊撃部隊に入ってもらう」
表向きは、七都市やその周辺で滞っている依頼を処理するための部隊だという。討伐、護衛、調査。通常なら後回しにされるような仕事も含め、必要な場所へ出向いて片づける。
それだけなら、普通の冒険者稼業と大して変わらない。
だが、わざわざギルマスの部屋で人目を避けて話す内容でもない。
「本命は別だ」
グランティアが地図の上へ指を置いた。
「依頼をこなしながら、王国が七都市に放った草を探してもらう。密偵だけじゃないよ。金で買われた奴、脅されてる奴、自分から王国に尻尾を振ってる奴。そういう連中も含めてだ」
なるほど、これが本命か。
この前の会議で揉めたのは、王国がミエリッキへ攻め込んだ時、七都市がどう動くかだった。中立を守るか、それとも援軍を出すか。
王国にしてみれば、七都市には黙って見ていてもらうのが一番いい。
なら、やりそうなことは想像できる。
「介入したがってる連中を買収する。駄目なら脅す。それでも邪魔なら暗殺。使えそうな駒を同盟内部に作って、七都市の意見そのものを中立に誘導する」
「そういうことさ。遊撃部隊なら、七都市のどこへ顔を出しても不自然じゃない。依頼を処理するって看板もある。怪しい動きを見つけたら調べて、王国の息がかかってると判断したら潰しな」
表の仕事を隠れ蓑にした防諜任務か。
やること自体は分かりやすい。
「捕虜は?」
「殺すなとは言わないさ。誰を生かして、誰を殺すかは現場であんた達が決めな。ただし、喋らせる価値があると思った奴は必ず生かして連れてきておくれ」
細かい指示を出さないのはありがたい。現場を見てもいない人間に、生け捕りにしろだの殺すなだの決められる方が面倒だ。
現場判断の基準として選ばれた、と言うところだろう。
「分かったわ」
傭兵時代からやって来た定番の任務と大差はない。
「だから、あんたを入れた」
「あの護衛任務の時、ステラを狙った射手を殺さずに捕縛して帰っただろ」
「倒せるかどうかだけじゃなく、その先を考えて動ける奴が欲しかったのさ」
殺したら誰に雇われたのか、目的、規模等が聞けなくなるからな。当然の事だろう。
敵を倒すだけなら殺すのが一番早い。下手に手加減して反撃を食らえば、それこそ馬鹿を見る。だから殺す時は殺すし、使える相手なら生かす。
その判断を間違えると、命に関わりやすと言えるだろう。
◆
「それと、もう一つ」
ダンが口を挟み、机の引き出しから一枚の札を取り出した。
「こいつも今日からだ」
放られたものを片手で受け取る。
ギルド証だった。
ただし、今まで持っていたものとは色が違う。
「……上級?」
「ああ」
「いらないって言ったでしょう」
「前まではな。今回からはこいつが必要だ」
ダンは椅子の背にもたれた。
「七都市を跨いで動く部隊だ。現地のギルドだけじゃなく、役人や場合によっちゃ他国の連中とも話をする。中級のままだと、そのたびに説明と確認が増える。上級なら話が早い」
「あなたの実績自体は、以前から条件を満たしています」
クリスが続けた。
「前回はヴィヴィさんご本人が辞退されたため保留になっていただけです。今回の任務では相応の権限が必要になりますので、正式に昇格手続きを行いました」
仕事に必要なら、断る理由もない。
「分かったわ」
「……それだけか?」
「何が?」
「いや。普通は上級になったら、もう少し何かあるだろ」
「仕事がやりやすくなるなら助かるわ」
「そうじゃねぇんだよなぁ……」
ダンが頭を掻いた。
階級なんて、仕事をするのに困らなければ何でもいい。
「それで、他の連中は?」
「もう来てるよ」
グランティアが答えた。
◆
部屋を出てギルドホールへ戻ると、見慣れた顔が三つ待っていた。
「ヴィヴィさん!」
真っ先にシフォンが飛んでくる。
「上級になったんですね! おめでとうございます!」
「ありがとう」
「ついにですね! 私はずっとヴィヴィさんなら当然だと――」
「はいはい」
その後ろにはガイルとトッド。
ガイルは俺の新しいギルド証へ一度目をやり、ふんっと鼻を鳴らした。
「やっと上がったか」
「何よ、その言い方」
「前に断ったと聞いたからな」
「必要なかったもの」
「そうか」
相変わらず愛想のない男だ。
「こっちから出すのは、この四人だ」
グランティアが俺たちを見回した。
「隊長はガイル。異論は?」
「ないわ」
即答した。
面倒なものは、出来る奴にやらせればいい。
「俺は――」
ガイルが何か言いかけた。
「何?」
「……いや。いい」
なんなのよ。
「残り四人はステラが出す。向こうで合流するよ。それと、最初の仕事ももう決まってる」
グランティアが一枚の書類を差し出した。ガイルが受け取り、俺も横から覗く。
七都市から妖精国ミエリッキへ送る支援物資、その輸送隊の護衛だった。
「食料、薬、衣類。向こうじゃ足りない物が増えてる。七都市から支援物資を出すことになった」
「王国はいい顔しないでしょうね」
「するわけないさ。だから、あんた達を付ける」
表向きは支援物資の護衛。王国が何か仕掛けてくるなら、その動きを探る機会にもなる。
最初の仕事としては、悪くない。
「出発は?」
「三日後だ。ただ、その前にステラのところへ顔を出してきな」
「何かあるの?」
「あんたが捕まえた射手だよ。いくらか口を割ったらしい」
「あいつが?」
「ああ。詳しい話はステラから直接聞きな。あっちも、あんたに会いたがってる。それに小隊のもう半分と合流もしないとだね」
それなら聞いておく必要がある。
これから王国の草を探して回るなら、なおさらだ。
ただ、情報だけ聞いて帰れるかどうか。
あの女のことだ。また菓子か何かを用意して待ち構えていそうな気がする。
「……分かったわ」
◆
グランティアが来てからというもの、妙に話がトントン拍子で進んでいる。
こういう時は、大抵ろくなことにならない。
傭兵をやっていた頃にも似たようなことがあった。こりゃ今回は当たりだな、なんて浮かれていたら、送り込まれた先は糞みたいな戦場のど真ん中で、任務は「戦争反対」を訴える金持ち運動家の護衛だった。
敵より先に護衛対象を気絶させた方がいいんじゃないかと、作戦会議で提案したことを思い出す。
その時は「ふざけるな」と却下されたが、こっちは至って真面目だったんだがな。
今回も、きっとその口だろう。
さて、今度は何が出てくるやら。
39話・了
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