第三十六話 剣技
コォーンッ――と、乾いた音が地下に響いた。
ダンの木剣が根元から斬り飛んで、床を跳ねる。半分以下になった切っ先が、俺の足元まで転がってきた。
……通った。
ダンが、手の中に残った短い柄を眺めて、ぼやく。
「こいつはやべぇな……。鉄の剣でも、受けれるか分からん」
そう言って、両手を降参とばかりに上げて、ひらひらと振ってみせた。
◆
壁際で見ていたクリスが、静かに歩み寄ってくる。
「お見事です。木剣とは言え、ダンがこんなに綺麗に一本取られたところを、私は初めて見ました」
ダンが、頭をガシガシと掻きむしって悔しがる。
「ふん! 木剣じゃなきゃ、まだまだ一本取らせたりしねぇけどな! ……まあ、『技』として認めてやってもいい」
ふんっ、と鼻を鳴らして、腕を組んだ。
――技、か。彼程の人物に自分が編み出した技術を認めて貰えた......。
悪くない気分だ。
俺は、汗にまみれた髪を後ろへ弾いて、返す。
「まだまだね。ぶった斬ってやろうとしたのに、木剣だけなんて」
「殺す気だったんかい! 師匠だぞ、敬え!」
「あら。弟子は師匠を超えていくのが筋でしょう? ……残念だわ」
ダンが、呆れたように肩を落とした。
「ほんっと、口が減らねぇ弟子だぜ」
◆
ダンが、短くなった木剣を放って、ふっと息を吐いた。声の温度が、少しだけ変わる。
「丸二ヶ月、よく頑張ったな」
「まだまだ完成には程遠い。だがな、それでも――その一撃を止められるやつは、そうそう居ねぇだろうさ。俺に権限がありゃ、お前に称号の一つもくれてやりたいところだ」
「剣聖にしてくれるんじゃなかったの?」
「は! それは、俺を倒せたらの話だ」
……だろうな。剣聖への道は、まだ遥か先らしい。この男から一本取るのに二ヶ月かかって、しかも木剣だ。本物の剣で命のやり取りとなれば、まるで別の話だろう。
「剣聖はやれねぇけど」
ダンが、思いついたように続けた。
「その剣技に、銘を与えてやってもいいぞ? 何か、つけたい名前はあるか?」
俺は、バスタードソードを鞘に納めながら、面倒臭く答えた。
「なんでもいいわ。銘なんて、飾りだもの」
横から、クリスが口を挟む。
「銘が有れば、新しい流派として、道場を開いたりもできますよ?」
「私が、興味あると思う?」
二人が、一瞬だけ目を見合わせて、それから、深いため息をついた。
「……まあ、お前はそういうヤツだわな」
ダンが、苦笑する。
「銘打ちたくなったら、言ってこい」
こうして、二ヶ月に及ぶ特訓は、終わりを告げた。
◆
まあ、実際のところ。
この技を「剣技」と言うには、少々無理がある。
正しくは、物理演算ハック型・近接総合格闘術、とでも呼ぶべきものだ。
破壊力――つまり運動エネルギーを最大化するために、速度と質量を、魔術で別々に操作している。振る時は軽く、当たる瞬間だけ重く。速さと重さは、本来なら両立しない。それを、時間をずらして魔法で操作する事で、無理やり同居させているわけだ。
……と、二人に説明したのだが、まるで理解して貰えなかった。
なら、ゲーム風に言い換えてみようか。慣性キャンセル。ゼロ硬直リカバリー。フレーム踏み倒し、といったところだ。
要するに、だ。重い一撃の最大の弱点――振り抜いた後の、大きな隙。あの硬直時間を、魔法で軽くする事で物理的に消し飛ばす。相手に反撃の猶予を与えないまま、即座に次の動きへ移る。ライトウェイトで素早く振り、ヘヴィウェイトで重撃を与え、ライトウェイトで硬直を消す。このくり返しで「重くて早い連撃」を作り出した訳だ。
……我ながら、悪くない理屈だろう?
もっとも、この言い換えも、二人には揃って鼻で笑われただけだったが。
◆
ただ――一つだけ、分かっている事がある。
この技は、まだ完成していない。
今の俺は、全部「予測」で動いている。ここへ踏み込めばこう返ってくる。だから、この瞬間に重くする。頭の中で絵を描いて、その通りに体を動かす。
だが、予測は外れる。読みが外れれば、切り替えの一瞬がずれて、威力は死ぬ。クリスが「精度が甘い」と言ったのは、つまりそこだ。
これを本物にするには、予測じゃ足りない。
相手の動きを、見てから反応しても間に合う――それくらいの思考の速さが要る。体じゃない。頭の、処理そのものの速さだ。
前世の言葉で言うなら、クロックアップ。思考加速だ。
◆
その考えを、そのままクリスにぶつけてみた。
「クリス。頭の回転そのものを、速くする魔法ってあるの?」
クリスは少し目を丸くして、それから、感心したように頷いた。
「……ありますよ。アクセラレイト。まさに、思考を加速させる魔法です。よく、そこに辿り着きましたね」
あるのか。
「私も使えます。体感で、そうですね……三倍から、五倍といったところでしょうか。世界が、それだけ緩やかに見える」
三倍から五倍。今の俺に、あの一瞬の余裕がそれだけあれば。予測に頼らず、相手を見てから、重さを乗せられる。切り替えの精度は、跳ね上がるはずだ。
「ただし」
クリスの声が、一段低くなった。
「使い過ぎは、禁物です。頭を、無理に回し続ける魔法ですからね。脳が、熱を持つ。……下手をすれば、脳が焼き切れますよ」
……なるほど。オーバークロックによる熱暴走って感じだな。
だが、それでいい。四六時中使うわけじゃない。ここぞの一瞬に、数秒あればいい。リスクは承知の上だ。
「欲しい、という顔ですね」
クリスが、苦笑した。
「言っておきますが、高いですよ。しかも、あれを欲しがる物好きは、滅多にいません。だから、市場にもほとんど出回らない」
そこで、クリスは何かを思い出したように、眼鏡を押し上げた。
「……ああ。そういえば、一本だけ、心当たりがあります。とある店に、かれこれ十年、埃を被って売れ残っている在庫が」
――十年。
誰も欲しがらなかった魔法。俺だけが、喉から手が出るほど欲しい魔法。
俺は、鞘に納めたバスタードソードの重みを、指先で確かめた。
思考加速と聞けば欲しがる奴が多いかと思ったが、そうでも無いらしい。クリスによれば、値段に対して活用できる状況が少ないそうだ。
まあ、体感三倍から五倍とは言え近接職でなければ距離を取った方がいいしな。
俺のように魔法と近接戦闘を同時にやる様な戦い方をしなければ必要ないだろう。
俺はクリスに頼んで明日魔法商店を訪れる事にした。
36話・了
ここまで読んで頂き、ありがとうございました!
「続きが読みたい!」「面白かった!」と思っていただけたら、
ページ下部にある**【★★★★★】評価や【ブックマーク】、【いいね】**を押していただけると更新の励みになります!
特に★評価とブックマークは作品のランキングに直結するため、応援していただけると本当に嬉しいです!




