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元傭兵のおっさん。追放された悪役令嬢に転生したので、もっと悪逆非道に生きてみた~物語は語られない所でも動いている~  作者: ななよん
一章 成長編

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第三十五話 閑話 あなたの力に

※毎朝4:00頃に投稿中!

挿絵(By みてみん)

 あれから一ヶ月。毎晩遅くに、ボロボロになったヴィヴィさんが地下から這って出て来るのが、当たり前の光景になりつつあった。


 マスターとサブマスが鍛えているのは間違いない。時折、地下から激しい音や振動が伝わってきて、酒場の皆が心配そうにしていた。


 もちろん私もヴィヴィさんが心配で、業務時間が終わってもあの人が出て来るのを待つのが日課になっていた。


 怪我だらけだった頃に比べれば、最近はだいぶ怪我が無くなってきている。代わりに、疲れ切って動けなくなっている事が多くなっていた。


 

 それでも翌朝には、いつも通り鍛錬をして、クエストをこなし、夕方からはまた地下修練場に籠り切り。そんな毎日を、あの人は一ヶ月ずっと続けている。普通の冒険者ならとっくに音を上げているだろう。



             ◆



 私には、分かる事がある。


 この一ヶ月、あの人の怪我は、日に日に減っていった。


 最初の頃は、包帯が何本あっても足りなかった。切り傷、打ち身、腫れ上がった手の甲。手当てをする私の方が、見ていられなくて泣きそうになったくらいだ。


 それが、どうだろう。今では、手当てをする箇所が、日に日に少なくなっている。


 防げるようになったんだ、と思う。避けられなかった一撃を、避けられるように。受けるしかなかった太刀筋を、受け流せるように。だから、怪我が減って来てるんだと思った。


 ……ふふ。誰にも言わないけれど、私には分かる。あの人は、また強くなっている。


 こういうのは、一番近くで見てきた私にしか分からない。私にとってヴィヴィさんは憧れで、弱かった自分を変えてくれた恩人でもある。



             ◆



 でも、最近になって、ひとつだけ、様子が変わった。


 怪我が減った代わりに、あの人は、ひどく疲れて出て来るようになったのだ。


 前の疲れ方とは、根本的に違っている。前は、殴られて、斬られて、体が悲鳴を上げているような疲れ方だった。


 でも、今の疲れ方は、違う。体じゃなくて精神を削られた様な、根こそぎ使い果たしたような状態だ。地下の壁にもたれてぐったりと座り込んで、指一本動かすのも億劫だ、という顔をしている事が増えた。


 地下で、いったい何をしているんだろう。マスターとサブマスが鍛えているのは分かる。でも、剣の稽古で、こんな疲れ方をするものだろうか。


 ……分からない。あの人は、多くを語らないし聞いても「大丈夫よ」としか答えてくれない。



             ◆



 受付の仕事を長くしていると、怪我を見ただけで、だいたいの治療費が分かるようになる。


 あの切創なら、中級の回復薬。ヒビの入った骨なら、大。金貨が一枚、二枚と飛んでいく。冒険者にとって、怪我は身体的な痛みだけじゃない。懐にも痛いのだ。皆、ポーション代に泣きながら生きている。


 だから、最初の頃のあの人の怪我を見た時、私は思ったものだ。これ、毎晩、金貨が何枚も飛んでいく量だ、と。


 でも、あの人は――一本も、買わない。


 回復薬を。ただの一度も買おうとしない。


 あれだけの傷を受けておいて、薬も使わずに、翌朝にはケロッと治してしまう。信じられない回復力。


「ヴィヴィさん。せめてポーションくらい、使ったらどうですか。見ていて、痛々しくて」


 一度、そう言った事がある。あの人は、けろりとした顔で、こう言った。


「これくらい、寝れば治るわよ。もったいないでしょ」


 ……もったいない。普通の冒険者なら痛みで叫んでいてもおかしくない怪我を、もったいないからで治療しないなんて普通はあり得ないことだった。


 私は、返す言葉が無かった。一流の冒険者になる人達は、明らかに周りと違うものだけど、ヴィヴィさんは中でも特殊と言わざるを得ない。



             ◆



 怪我が減って来るのを見て、嬉しい気持ちともっと役に立ちたいという気持ちがぶつかり合う。


 手当てをする箇所が減るという事は、私の出番が減るという事でもあるから。


 包帯を巻いて、傷を拭いて、私はあの人の役に立てている気がしていた。


 だから、私にできる事はとても少ないんだって思う。ギルドの受付嬢として出来る事って本当に少ないんだなと感じてしまう。


 動けなくなったあの人の背中に、そっと上着をかける。水を入れた器を、手の届く所に置く。そして、息が整うまで、隣で待つ。


 治してあげる事は、できない。ただ傍に居ることしか出来ない自分に嫌気がさす。



             ◆



 水を飲んで、少しだけ顔色を取り戻したあの人が、ぽつりと言った。


「悪いわね、いつも」


「いいえ」


 私は、首を振る。


「これくらいですから、私にできる事なんて」


 本当は、もっと色々してあげたい。でも、あの人はもう、私の手当てを必要としないくらい、強くなってしまった。きっと、この特訓が終わる頃には、私なんて必要とされないところまで強くなってしまうのだろう。


 それは、少し、淋しい。


 ……でも。


 こうして、誰よりも近くで、あの人が強くなっていくのを見ていられる。息が整うまで、隣に居られる。それはきっと、私にしか許されていない場所だ。


 だったら、淋しがるより、誇りに思おう。このストイックに努力し続ける最高の冒険者を見守っていこう。


 私は、空になった器をもう一度満たしに、そっと立ち上がった。


35話・了

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