第三十三話 まだこの世界に無い名前
翌日の晩も、俺は地下修練場に降りた。
木剣を手にしたダンの様子は、昨日とは打って変わっていた。飯がどうとか言って笑っていた気のいい親父の顔はどこにもなく、全身からぴりぴりとした圧のようなものを放っている。鋭く美しい日本刀を初めて見た時の様な、一種の恐怖を感じる。
「今日は、剣だけで来い。魔法は使うな」
どうやら、少しだけ本気なのかもしれない。俺はバスタードソードを抜いて構え、ダンの「来い」の合図で地を蹴った。
◆
結論から言えば、剣技だけでは、まるで話にならなかった。
踏み込んで斬りかかっても、刃が届く前に間合いを潰される。ダンは昨日のように蹴りや手刀で沈めてくることはせず、木剣一本で俺の斬撃を受け、いなし、時折り軽く弾いた。剣で来いと言った以上、自分も剣だけで相手をしているわけだ。それでいて、こちらの攻めはまるで通らない。
あれ程頼り甲斐があったバスタードソードが、今ではその長さと重さが煩わしくさえ感じる。どう振っても当たらないから、メリットだった長さと重さが邪魔になってしまっているんだ。
フェイントを混ぜたり、角度を変えて入ったりと工夫すれば、一手か二手は木剣で受けて貰えた。だが、それも続かない。三手目にはもう読まれていて、同じ手は二度と通じなかった。小手先の工夫では不意打ちにもならず、厚みがない。次第に追い込まれて、こちらの動きが単調になってしまう。
ただ、昨日と違う気づきもあった。何が足りないか、どこで詰まるか、もっとどうなったらいいか。踏み込みの半歩、振りの遅さ、力の足り無さ。イメージが止まるところ、広がっていかない限界点が見えたと言っていいだろう。
「そこまでだ」
ダンの声で、俺は剣を下ろした。膝に手をつき、荒い息を整える。全身が汗だくだった。
◆
ダンは木剣を鞘に納めると、荒い息をした俺を見下ろした。
「剣の扱いは上手い。ある程度までは、実戦でも通用するだろう」
厳しい声のまま、そう続けた。
「だが、技と呼ぶには稚拙だ。研鑽も、工夫も足りん。お前のそれは、剣技ではない」
言い切られても、返す言葉が無かった。その通りだったからだ。俺の剣は誰かに体系立てて習ったものではなく、前世で齧った剣道の記憶と、この身体で覚えた振り方を繋ぎ合わせただけのものでしかない。研鑽が無いと言われれば、その通りだと思った。ただ強く、早く振ってるだけだ。
「対して、体捌きは見事だった。見たこともない足運びだったが、明らかに研鑽の跡がある。あれは長い時間をかけて磨いたものだ。誰がどこで仕込んだのかは知らんがな」
そりゃあ知らないだろうさ、と俺は思う。俺の体術は、この世界のどこにもない。前世で何年もかけて道場で叩き込んだ、空手や柔道や躰道の動きだ。ダンがそれを見たこともないと言うのは当然だった。出所は分からずとも、そこに積まれた年月だけは正確に見抜いてくる。剣は付け焼き刃で、体術は本物。この男の目には、その差がはっきり見えているらしい。
◆
壁際で見ていたクリスが、静かに歩み寄ってきた。ダンの厳しさとは対照的な、落ち着いた声で話しかけてくる。
「今の戦い、見せてもらいました。あなたの剣に足りないものを剣の研鑽だけで埋めようとすれば、何年もかかるでしょうね」
それはそうだろう。剣の技などというものは、一朝一夕で身につくものではない。
「ですが、あなたには近道があります。魔法です」
「魔法というのは、イメージが物を言います。頭の中でどれだけ鮮明にその現象を思い描けるかで、結果が変わる。そしてあなたは、戦いそのものを頭の中でイメージしているでしょう?さっき剣を振っている間も、次はどう動くか、どう返すか、いくつもの手を思い描いては消していた。違いますか」
見抜かれていた。俺は戦いを、いつも頭の中でイメージしている。本能任せに振り回す事はない。ここへ踏み込めばこう返ってくる、ここを重くすればこう入る、と絵を描くように動きを設計してから動く。前世からの癖のようなものだ。
「なら、あなたは魔法にも向いています。戦いのイメージの中に足りないものを魔法で補いなさい。力・スピードそして技」
言いながら、クリスは一度言葉を切って、それから付け加えた。
「ただ、そのためには、まず魔法を知ることです。何ができて、何ができないのか。『理解』無くしては、使う事は出来ませんからね。もっとも普通、剣士は魔法で補う事を嫌い、マジックキャスターは体術で戦う事を嫌う傾向が強いです。貴方がこれから目指す戦い方を何と呼ぶか、この世界にはまだそれを現す言葉がありません」
前世のファンタジー物で言えば、魔法剣士とか、魔剣士とか言う類なのかとも思ったが、どうもイメージが違う様に感じる。派手な攻撃魔法を撃ちながら剣技で戦う訳ではない。俺の戦い方は、いつだって運動エネルギーを駆使して……そうか、そう言う事か。
やることは決まった。あとは繰り返すだけだと、俺は握ったままのバスタードソードにライトウェイトをかけた。そして素早く振り上げ、頂点から落とす瞬間にヘヴィウェイトをかける。突然重くなった剣が無様に振り下ろされ、地面を砕く。
「ほう……中々のパワーだな」
ダンがヒューっと口笛を吹く。だが、これではまだ狙った事の一割もできていない。またライトウェイトで振り上げ、落としつつヘヴィウェイトに切り替え、今度は地面に着く前にライトウェイトに切り替える。
これをぶつぶつと考えながら、俺はやり続けた。
ダンもクリスも黙って見続けている。
要するに、運動エネルギーを最大化する事を考えればいいんだ。今までは自分の筋力やバスタードソードの重さだけを利用して出力に変えていた。重くする・軽くするという単純な魔法が俺に与えてくれるのは、取り回しの速さ・正確さと、重さに重力と筋力を足した重撃だ。剣を重くしたり、身体を重くしたり、または軽くしたりする事で、俺の動きの幅が出来る。
腕力ではなく、重力加速度と質量変化のタイミングだけで装甲を粉砕する運動エネルギー弾と同じ理屈だ。俺自身をパイルバンカーやマス・ドライバーに見立てて放つ一撃だと考えればいい。
「もう既にきっかけを掴んでるな、恐ろしいまでのセンスだ」
「ええ、私は貴方以外でここまでの才能を初めてみましたよ。見えますか? この娘はあの数瞬で魔法を何回も切り替えて発動しています。精度はまだ甘いですが、これが完成したら次の剣聖はこの娘になるかもしれませんね」
目の前で二人が話してる内容を、俺は聞き取れていなかった。それ程、魔法の精密な切り替えの負荷が大きく、難易度が恐ろしく高い。これは反復して頭にも身体にも浸透させていくしかない。
俺はただひたすらに、剣を振るい魔法をかけ続けた。
33話・了
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