第三十二話 ライトとヘヴィ
翌日、俺は魔法省公認の魔法屋へ足を運んだ。
以前ソーサリーの登録をした、あの店だ。カウンターの奥から、見覚えのある店員が顔を出す。俺のことは、もう覚えているらしい。
「いらっしゃいませ。……ああ、先日の。本日は、どのような魔法をお求めで?」
「ソーサリーを、まとめて欲しいの。R4まで」
「R4まで、でございますか」
店員が、わずかに眉を上げた。
「ずいぶんとお急ぎですね」
急ぐも何も、今日中に揃えてこいと言われている。俺は懐の財布を、頭の中で数え直した。護衛の報酬と、これまでの稼ぎの余り。締めて160金貨。個人の冒険者が持つ額としては、それなりに持っている方だと思う。だが、これから使う先を考えれば、心許ない。
ソーサリーは、上のランクへ行くほど、値が跳ね上がる。R1が5金貨。R2で10。R3で20、R4で40。ランクがひとつ上がるごとに、倍になっていくシステムだ。その上レアな魔法だとそのランク帯の価格の倍は最低かかる。そしてランクを上げるには、ひとつ下のランクの魔法を、二つ以上修めていなければならない。
つまりR5の魔法を習得するには、R1からR4まで最低でも各ランク二つずつ、買い揃える必要がある。
俺は、指を折って数えた。
R1は、とりあえずもう足りている。エナジーボルト、スネア、カウンターマジック。三つ持っている。条件は満たしている。R2は、ポーターがある。あとひとつ。R3とR4は、まだ手つかずだ。二つずつ買わなくてはならない。
R2で一つで10金貨、R3で二つで40金貨、R4で二つで80金貨合計130金貨はかかる計算だ。それだけ買えば、R5の条件が揃う。
「まず、R2をひとつ。エレメンタルウェポン」
武器に属性を纏わせる魔法だ。俺の戦い方には、こういう魔法が相性がいい。遠距離攻撃魔法より、手持ち武器の性能を上げる方が戦いやすい。
「エレメンタルウェポンでしたら、良い品が入っております」
店員が、棚の奥から一冊を取り出した。
「ちょうど、雷属性が入荷しておりまして。滅多に出回らない、レアな品でございます」
「雷か」
雷属性は欲しいと思っていた属性だった。
電気ってのは、使い勝手がいい。スタンガンの様に使えるかは分からないが、少なくとも相手に一瞬でもショックを与えれるのはいい。特にハイレベルな戦いになってくると、そう言った地味に集中力を乱す攻撃は役に立つ。
「レアな属性ですので、お値段は張ります。基本の四属性でしたら10金貨ですが、こちらは倍の、20金貨になります」
「倍でも、20金貨なら問題無い。買うわ」
迷いは無かった。レアってことは敵も不慣れな攻撃になると言う事。定番よりその一点だけで優秀な特徴と言える。
店員が、少しだけ意外そうな顔をした。雷属性エレメンタルウェポンの魔導書をカウンターに置いた。
次だ。
「R3を、二つ」
棚を見上げる。R3には、いくつか並んでいた。ハードロック。ライトニング。クリエイトイメージ。レビテーション。
ハードロックは、実は少し欲しいと思っていた。頑丈な錠前を作る魔法なのだが、宿の鍵はお世辞にも安心できる作りでは無いし、貴重品を閉まっておくにもいい。稽古にも、戦いにも、使い道が無いのが難点だ。
ライトニングは、空中の一点から雷を落とす魔法だが余り欲しいとは思っていない。
遠くから撃つ魔法ってやつを、俺はどうにも信用していない。搦手として使うにしても、言うほどの汎用性を感じない。それに――慣れない攻撃魔法を使うとなると、まず自分自身にその攻撃を慣らす必要がある。高速戦闘が売りな私には向かない魔法と言えるだろう。こういった魔法は戦闘リズムを崩す可能性があるから、余り使いたいとは思わないのだ。
「クリエイトイメージと、レビテーションを」
幻を見せる魔法と、身体を宙に浮かせる魔法。どちらも、搦め手と体運びに使える。攻撃魔法より、よほど俺の役に立つだろう。レビテーションは高いところから落下した際くらいしか思いつかないが、クリエイトイメージの汎用性はかなり高いだろうと思う。
「……ふむ」
店員が、少し感心したような声を出した。
「攻撃魔法には、目もくれないのですね」
「私は魔法使い専門って訳じゃないから。使うなら汎用性が高い魔法ね」
R3が二つで、40金貨。金貨が、目に見えて無くなっていく。
そして、R4。
「ロケーションと、カウンターセンスを」
R4の棚には、他にファイアボールもあった。派手な火の玉を撃つ、攻撃魔法だ。シフォンが使っていたのが記憶に新しい。当然、必要性を感じないから却下だ。俺が選んだのは、範囲内にある失せ物の在処を探るロケーションと、相手の索敵をかいくぐるカウンターセンスの二つだ。地味だが、前世だったら大喜びで使っただろうと思う。
「R4がお二つで、80金貨でございます」
金貨80枚。日本円にして約80万円だ。今回要人護衛で数日間行ったクエスト報酬が一瞬で消え去った。
俺は、財布の中身を店員の前に並べた。
R2の雷が20。R3が40。R4が80。締めて、金貨140枚。
残ったのは、20金貨。
「毎度、ありがとうございます」
店員が、魔導書の束を差し出した。一冊ずつ覚えていく。これで140万円かと思うと大層な買い物をしたと思わないでもない。だが、これで出来る事が各段に多くなったと思えば悪くない買い物と言えるだろう。
……悪くないが。
残金、20金貨。当面の間。飢えはしないが、しばらくは切り詰めるしかない。いい肉なんぞ、当分お預けだ。
――また、しばらく安い定食ばかりの生活になるなぁ。
俺は深々と頭を下げる店員を後に、店を出た。
◆
その晩、地下修練場に降りると、クリスが待っていた。
「揃えてきましたか」
「ええ。R4まで、条件は満たしたわ」
ゆっくりと頷いた彼は、懐から二冊の魔導書を取り出した。俺がいつも扱う魔法とは、まるで装丁が違う。表紙の紙質が明らかに古い。
「これを、あなたに差し上げます。中々レアな代物ですよ」
「……それは?」
「ライト・ウェイトと、ヘヴィ・ウェイト。物の重さを操作する魔法です。私が若い頃、ダンジョンで拾いましてね。私の戦い方には合わず、しまい込んでいたものです」
店で買う魔法は、その場で登録して身に刻む。転売できないよう、魔導書という形では持ち歩けない。だが、ダンジョンで得た魔導書は違う。物として遺り、こうして人の手から手へ渡せる。滅多に出回らない、貴重な代物だ。
「言っとくけど、お金ならもうほとんど無いわよ?」
クリスはくすっと笑って「分かっています。それにこの魔法を適正価格で買ったら金貨500枚は最低するでしょうし」
……金貨500枚と聞いて思う所が無かった訳ではないが、くれると言うなら喜んで貰っておこう。
軽くする魔法と、重くする魔法。シンプルな魔法だが、それだけに活用の幅が広い。
R3のライト・ウェイトとR5のヘヴィ・ウェイトを躊躇なく覚える。後で返せと言われても、もう知らない。
「試して、ごらんなさい」
足元に落ちていた、拳ほどの石を拾う。ヘヴィ・ウェイト。念じると、掌の上で、石が急に重みを増した。鉄球をイメージさせる重さを感じる。
今度は、ライト・ウェイト。石が、羽のように軽くなる。指先で弾くと、ふわりと宙を舞った。
……なるほど。範囲は自分中心に3メートルほどだが、重さが俺の意のままになる。
打撃・剣撃に重さを加えて殴るというシンプルな使い方から、軽くして振り上げ、振り下ろすと同時に重くする等の使い方が想像できる。他にも身体を軽くしてアクロバティックな動きをしたりと、これは中々面白い魔法だ。
だが、絵が浮かぶのと、身体がそう動くのは、別の話だ。石ころひとつを重くするだけでも、切り替える間合いが、まだ掴めない。
バスタードソードを抜き、重さを軽くし振り回す。まるで竹刀を持ってる様に自由に動かせる。ひゅんひゅんと音を立ててバスタードソードが自在に動かせるのは面白い。ただ、当たる瞬間に重さを重くしようとしてタイミングがズレたら斬るどころか案山子にすら跳ね返されてしまう。刃がついていると言っても刀の様な刃ではないからな。
「最初から使いこなすのは難しい魔法ですが、あなたの戦い方にはとても合っていると思いますよ」
言われるまでもない。やると決めたなら、あとは繰り返すだけだ。
俺は、剣を握り直した。今晩から、また長い夜が始まる。
32話・了
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