第三十話 帰路
会議で決まったことを、頭の中でまとめておく。
一つ、妖精国ミエリッキへの支援。兵は出さない。代わりに、各都市がそれぞれの財力に応じて金と物資を出し合い、ミエリッキの立て直しを支援する。負担の割合と全体の規模まで、その場で詰められた。商人の国らしく、話が具体的で早い。
二つ、襲われた二人の議長――ステラと、ドランザートへの対策。二件とも、襲撃者は議長の動きを正確に掴んでいた。内側に、情報を流した者がいる可能性が高い。その内通者を洗い出すこと。俺が森で生け捕った狙撃兵は、今はステラの手に渡っている。そこから、何か引き出せればいいのだが。獅子身中の虫は早めに駆除しておきたいものだ。
三つ、近く七都市同盟で遊撃組織を作ること。各国を回り、対談し、状況を確かめて回る。状況把握と国内の小規模な村等への支援も行う。これは冒険者ギルドからの申請で議論された事だ。冒険者達も危険で見返りが少ないクエストは、どうしても敬遠しがちな為そう言ったクエストに対する組織という側面がある。
三つとも、うちの都市だけで抱える話じゃない。七都市が、巨大な組織として動き出したという事だ。
◆
出立の支度が整った頃、見送りに出てきたのはぺス達だった。
白い大きな体を揺らして、こちらへ歩いてくる。相変わらず、にこやかに笑っているとしか思えない顔で私に話しかけて来た。
「グランティアの相手は大変だろうが、あれは信頼していい女だ。力になってやってくれ」
その言葉に、俺は頷いた。頷きながら、私の右手が無意識に動いていた。目の前にある白くてもふもふした頭を、撫でていたのだ。
「分かったわ」
撫で心地がいい。ずっと撫でていられる。指が毛に沈んで――
ハッ、とした。
俺は今、一都市の議長の頭を、犬みたいに撫でている。
「し、失礼しました。可愛らしかったので、つい」
ぺスは、一瞬きょとんとして、それから声を上げて笑った。
「はっはっはっ、こんな頭で良ければ撫でて貰って構わんよ」
怒ってはいないらしい。むしろ、まんざらでもなさそうだった。
その足元に、いつの間にかポチが来ていた。
小柄な柴犬が、俺を見上げている。そして、こちらが手を伸ばすより先に、自分から俺の手に頭を擦り寄せてきた。
……へえ。
あれだけ距離を測っていた柴が、自分から来た。詰めなかったのが、正解だったらしい。やはり犬は良い!
◆
馬に乗ろうとしたところで、背後から聞きたくなかった声が飛んできた。
「ヴィヴィちゃん!」
ステラだ。振り返る間もなく、抱きつかれた。またか。
振りほどこうとしたが、こいつの腕は相変わらず強い。諦めて、されるに任せる。私もまだまだだ、帰ったら鍛え直さなくては。
すると、耳元で、声がぐっと低くなった。
「貴方が捕まえたあの男から、必ず何か引き出してみせるわ」
周りには聞こえない声だった。ふざけた抱擁に紛れて、そこだけが本気の声だった。
俺は表情を変えずに、小さく頷いた。あの狙撃兵の件は、こっちにとっても他人事じゃない。
ステラは身を離すと、元の華やかな笑顔に戻って、大きく手を振った。
「また、会いましょう!」
◆
帰りの道は、来た時より静かだった。
ステラの一行とは、街を出たところで別れている。今は、トラペジアの馬車と、その脇を流す俺達護衛だけだ。
街道が単調に続く。半分眠りかけていたその時、馬車の窓が、シャッと勢いよく開いた。
グランティアだ。指で、来い来い、とやっている。
馬を寄せて、窓の横に並走させた。グランティアは、いつもの調子とは少し違う、落ち着いた声で話し始めた。
「あんたの出生は、議会全員が知っている。無論、王国伯爵家の坊ちゃんを殺っちまった件もね」
俺は、手綱を握ったまま黙って聞いた。
「あんたが街へ来た時、あんたには何の力も無かった。そんなあんたが、伯爵家の長男と護衛三人を殺すのは、普通に考えて無理だ」
その通りだ。あの頃の俺は、拳を握っても力が入らない、半日も歩けば脚が上がらない小娘だった。
「だが結果はどうだい。あんたは自分が女である事を利用して、巧みに暗殺していた。正直、プロの仕事だと感じたよ。だけど、あんたの過去にそんな技術を学ぶ機会なんてありはしない」
グランティアの目は、街道の先を見ている。だが、見ているのは俺だ。
「私達は、王国の動きに敏感でね。公爵家令嬢だったあんたのことも、当然、観察対象だった。何せ、順当に行けば、あんたが次代の女王だっただろうからね」
次代の女王。ヴィオレッタの記憶の中では、確かにそういう話だった。王子の婚約者。そのまま行けば、王妃。
「王国に居た頃のあんたは、あのへそ出し聖女に、いい様にやられていた印象が強かった。それが追放を機に、大きく変化した。まるで、それまでは隠していたと言わんばかりに」
隠していた、か。
実際は違う。追放されたあの日を境に、中身がまるごと入れ替わっただけだ。だが、外から見れば、そう映るのだろう。俺は、訂正しなかった。
「その後のあんたは、私なんかよりギルドの連中の方が良く知ってる。自分を愚直に鍛え、技術を磨き、戦う準備をしてきた。その結果、あんたはあんたの周りにまで影響を与えて、今ではその美貌と戦闘力、高い戦闘知識、判断能力から、信頼を欲しいままに得ている」
グランティアは、そこで一度言葉を切った。それから、まっすぐに俺を見た。
「なあ、ヴィヴィ。あんたはどこへ向かうつもりだい?」
――どこへ、か。
俺は、首を横に振った。
「まだ、私にも分からない。なぜこうなったかも、これからどうしたいかも。でも、一つ確かな事があるわ」
グランティアが、続きを待っている。
「やられっぱなしで、泣き寝入りは性にあわない。これだけは確かね」
くく、と、グランティアの喉が鳴った。
それが、だんだん大きくなる。
「ははは! そうかい! そうこなくっちゃな! やっぱりあんたは、面白い女だよ!」
馬車の窓の中で、小柄なドワーフが、腹の底から笑っていた。
俺は、その隣を並んで走りながら、空を見上げた。
どこへ向かうのかは、まだ分からない。だが、どの道を選んだとしても、行けるだけ行くだけだ。
30話・了
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