第二十九話 七人委員会
円卓を、七つの顔が囲んでいた。
俺はグランティアの斜め後ろに立って、それを眺めている。付き添いは一名まで。グランティアはこれ見よがしに俺を選んで、悔しがるステラを横目に楽しんでいる様だ。
名前と顔を、頭の中で並べていく。
トラペジアのグランティア。ステラの糞エルフ。まん丸のロトンドは、確かオルビス。犬のぺスがヘクサゴナで、その足元にポチ。
残りは、ここで初めて見る顔だ。
一人は、やたらと若い男。三十代の半ばか。他の議長が年季の入った連中ばかりの中で、一人だけ尖った目をしている。リネアの議長で、名をアルドと言うらしい。軍事力に力を入れた都市だとグランティアから説明を受けていた。
もう一人は――竜だ。
人の形はしているが、鱗に覆われた首から上は、はっきりと竜のそれだった。ラディアの議長、ドランザート。座っているだけで、場の空気がそこだけ張り詰めている。近寄りがたい、という言葉がそのまま椅子に座っている様だ。
そして最後の一人が、妙だった。
小柄な老人だ。ノドゥスの議長、デウスというらしい。背は丸まり、目は半分閉じていて、今にも舟を漕ぎそうに見える。だが、なぜか目を引く。竜の隣にいて、竜より存在が薄いはずなのに、視界の端に引っかかって離れない。
◆
会議が始まると、話はすぐに南の国のことになった。
「――南方の精霊国ミエリッキが、限界に近い」
最初に口を開いたのは、ロトンドだった。温厚な顔を曇らせている。
「今年は疫病に不作が重なった。あの森の恵みで栄えた国が、今や種籾まで王国に持っていかれている。このままでは、遠からず立ち行かなくなる」
「そうなれば王国はミエリッキを取り込もうと動くかもしれんな」
妖精国ミエリッキ。大樹海を切り開いて作られた、小人たちが主体の農業国。俺は名前だけ知っていた。いや――令嬢だった頃の記憶が、それ以上のことを教えてくれる。
王国が、周りの国から「魔族と戦うため」と言って搾り取ってきたこと。その主な取り立て先が、豊かな穀倉地帯であるミエリッキだったこと。あれは大義の皮をかぶった、ただの収奪だ。令嬢だった頃、嫌というほど見てきた。
だから、この場の連中の見立ては正しい。王国は弱ったミエリッキに、いずれ手を伸ばすに違いない。
もっとも、俺はそれを口には出さない。今の俺は、グランティアの付き添いだ。議長たちの話に、護衛が割り込む道理はない。
「問題は」と、竜のドランザートが低く言った。「王国がミエリッキを併呑した後だ。あの穀倉地帯を完全に手にすれば、王国はもう誰にも止められん。次に矛先が向くのは、我々のどこかだ」
「だからって、どうしろってんだい」
グランティアが、腕を組んだ。
「ミエリッキに味方して、王国と一戦交えるってのかい。冗談じゃないよ。うちの子らを、他所の国の戦で死なせる気はないね」
「座して呑まれるのを待つよりマシだ」
「勝てる戦ならね。あんた、王国の兵の数を数えたことがあるのかい」
場が、二つに割れていった。
兵を出すべきだと言うのは、竜のドランザートと、若いアルド。軍を持つ都市の議長らしく、アルドは前のめりだった。デウス爺を除く残りの四人は、揃って慎重だ。王国を敵に回すな、中立の商人でいる方が安全に稼げる、と。
「そうよ。せっかく南北どちらとも上手くやっているのに、わざわざ王国に喧嘩を売る理由がどこにあるの」
珍しく、ステラまでグランティアと同じ側に立っていた。
俺は黙って聞いていた。
中立の商業国が、金勘定で戦を避ける。兵を出さずに国を保つ。前世で戦ばかりしてきた俺には、縁のなかった考え方だ。だが、間違ってはいない。むしろ、賢い生き方だと思う。
議論は、堂々巡りになりかけた。そのとき、グランティアがちらりと俺の方を見た。
何のつもりかは分からなかったが、俺は表情を変えず、視線を返した。彼女は何も言わず向き直った。
結局、落とし所は中立国らしい場所に落ちた。兵は出さない。だが、資金と物資でミエリッキを支える。国力の回復を助けて、王国に攻める隙を与えない。中立を崩さずに、ミエリッキを見殺しにもしない。商人の国らしい答えだった。
「では、それで」
ロトンドが場をまとめ、会議は一旦、そこで区切られた。
◆
張り詰めていた空気が、緩む。
議長たちが席を立ち、幾人かがグランティアの周りに集まってきた。旧知の顔ぶれらしい。ステラも当然のようにその輪にいる。
俺はグランティアの後ろに控えていた。
その俺を、若いアルドが、無遠慮に眺めた。上から下まで、値踏みするように。
「なあ、ババァ。あんた、こんな護衛しか雇えないのか?」
俺のことだ。
「誰がババァだ、糞ジャリが!」
グランティアの声が、地を這った。
「それにその子を舐めてると、その内痛い目にあうよ?」
「すんませんっした!」
アルドが反射で背筋をビクゥッと伸ばした。この若造、グランティアには本当に頭が上がらないらしい。だが、すぐにまた俺を見て、首をかしげる。
「でも、この女がそんなたまには見えないがなぁ」
その時、なぜかステラが、鼻で笑った。
「アルドちゃんは、まだまだねぇ?」
「人を見る目が無いんじゃよなぁ」
グランティアが続ける。ついさっきまで会議で睨み合い、道中はあれだけ罵り合っていた二人が、ここへ来て見事に息を合わせてきた。矛先がアルドに向いた途端、この連携だ。
「だから、女にモテないんじゃよなぁ」
「戦士団なんて作って、お山の大将気取ってるからよねぇ」
アルドは口を挟もうとして、挟めない。二人の言葉が、交互に、隙間なく飛んでくる。
そして最後に、二人は声を揃えた。
「「可哀想にねぇ」」
綺麗な20連コンボを食らってアルドが、がっくりと肩を落とした。
◆
その時、俺のすぐ側で、小さな足音がした。
デウス爺だ。いつの間にか席を立って、こちらへよたよたと歩いてくる。足元がおぼつかない。俺は反射で手を貸していた。
「ありがとうよ、お嬢ちゃん」
爺は皺だらけの顔で笑って、それから、落ち込んでいるアルドの方を見た。
「ほれ、あまり未来ある若者を虐めてやるな。アルド議長も、ちゃんとこの子に謝るんじゃぞ?」
柔らかい声だった。皆のお爺ちゃん、という言葉が浮かぶ。
効果は、てきめんだった。あれだけ二人がかりでアルドを追い詰めていたグランティアとステラが、爺の一言であっさり引き下がる。
「爺さんがそう言うなら、仕方ないねぇ」
「そうねぇ」
あんなに好き放題やっていたくせに、爺には逆らわない。この二人が引くとなると、この老人、議長たちの中でもよほど上に立っているらしい。何者なのか。
デウス爺は、俺の手を借りて近くの椅子までたどり着くと、どっこいせ、と腰を下ろした。
そして、また目を半分閉じて、静かになった。死んだんじゃないよな?と一瞬心配になる。
さっきの会議で「魔族と戦うため」という王国の口実が飛び交っていた間、この爺だけは、ひとことも喋らなかった。ただ聞いて、見つめていた。
なぜ、そんなことを思い出したのかは、自分でも分からなかったがうたた寝をしている様なデウス爺に懐かしさを感じていた。
29話・了
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