第二十八話 エルフとドワーフと
ステラと呼ばれたエルフは、俺を抱きかかえたまま放さなかった。
「出たな、ドワーフの無神経ババァ」
腕の中から見上げると、その整った顔が、グランティアの方をまっすぐ睨んでいる。
「あんたの方がババァだろうがっ! いいからヴィヴィをお離し!」
歳のことは、どちらも言わない方がいいと思う。片やエルフ、片やドワーフ。人間の物差しで測れば、二人ともとっくに桁が違う。
だがそれを口にしたところで、俺が挟まれている状況は変わらない。
「離すもんですか。こんな面白くて可愛い子、久しぶりに見たのよ」
ステラは俺を抱えたまま、頬ずりしてきたが力で抜けるのは困難だ。無理矢理抜ける手はあるが、相手はステラの議長だ。私は諦めて流れに身を任せる決心をした。
グランティアが、鼻を鳴らした。
「ヴィヴィ、よく聞きな。だいたいこの糞エルフはね、自分の名前を街の名前にするようなナルシストなんだよ。衛星都市ステラ、聞いた事くらいあるだろう?」
ステラ=スプレンドル。それが、このエルフの名前らしい。議長が自分の名を、そのまま街に付けたわけだ。ステラが出来てから既に数百年は経ってる......。
「美しい名前をつけて、何が悪いっていうの? だいたい国境付近のお前らトラペジアの方が、よっぽど辺境で衛星都市だろうが!」
「はっ! 自分で星を名乗っておいて、よく言うよ!」
「うちは満天の空の、天元に煌めく星なんですぅ!」
急に、声が子供っぽくなった。追い詰められると、こうなるらしい。
「ドリルでぶち抜いて欲しいのか、糞エルフ!」
物騒な単語が飛び出したが、二人とも本気で殴り合う気配はない。
俺はその間、荷物のように抱えられたまま、黙って空を見ていた。空の高い所を鳥が一羽飛んでいるのが見えた。トンビかなぁ?
◆
結局、俺たちはそのまま合流して、同じ道を行くことになった。
ステラもトラペジアも同じ会議に呼ばれている。ならば一緒に行こうという話に、断る理由もない。グランティアには不服が色々あったようだが、安全面を考慮してもいい考えだと思う。
街道を、二台の馬車が並んで進む。トラペジアの馬車と、ステラの馬車。俺はその間を、馬で並走していた。
右の窓が開いた。ステラだ。
「ヴィヴィちゃん、こっちの馬車に乗りなさいな。美味しいお菓子もあるわよー」
菓子で釣ろうとしている。俺を、いくつだと思っているんだ。中身と外見を足したら還暦が見えるんだぞ。
間を置かず、左の窓が勢いよく開いた。
「ヴィヴィは私の護衛だ! 乗せるなら、こっちの馬車に乗せる!」
どうして張り合うのか。俺を雇っているのはトラペジアだから、言い分は間違っていないけどさ。
左右からギャンギャンと騒がれ。俺はどちらの窓にも寄らず、馬の上でぼーっとしていた。
しばらく二つの窓の言い合いを聞いていて、一つ気づいた。
この二人、俺を取り合っているようで、その実、取り合うこと自体を楽しんでいる。どちらの馬車に俺が乗るかなんて、本当はどうでもいいのだろう。久しぶりにいい肴を見つけて、それを肴に言い合っていたいだけだ。
俺は、酒のつまみらしい。
◆
半日ほど、その調子で街道を行った。
二人のやり合いに疲れきった頃、街道の先に街が見えてきた。中央都市ヘクサゴナ。今度の会議が開かれる街だ。
六角形の城壁が、盆地の底にどっしりと据わっている。どこの都市からも、ほぼ同じだけ離れた中心の街なのだと、グランティアが言っていた。上下関係にうるさい七都市同盟で唯一中心として認められた都市になる。
馬車を降り、俺たちは会議場へ通される事になった。付き添いは一名までらしく、グランティアはこれ見よがしに私を付き添いに指名しステラを煽っている。会議室の中は天井が高く、空間的にも広い間だった。
既に、幾人かの議長が着いていた。グランティアが、そのうちの一人に歩み寄る。まん丸に太った、人の好さそうなおっさんだ。
「よう、ロトンド。相変わらず丸いね」
「グランティアさんこそ、お元気そうで。道中、何かあったようですな」
ロトンドと呼ばれたおっさんは、ステラの方をちらりと見て、穏やかに笑った。事情を察したらしい。角の取れた、人を和ませる笑い方が印象的だった。
◆
その広間の隅で、俺は目を奪われた。いや、目を疑ったと言っていい!
真っ白な、大きな犬だ。いや、犬の顔をした獣人か。もふもふの毛に覆われた体で、口角が自然と上がっていて、ずっと笑っているように見える。まるでサモエドの様な顔をした議長が座っていた。
その足元で、小柄な柴犬が――柴犬だって!!?――執事服を着て、書類を眺めながらサモエドに話しかけていた。
「議長、笑ってる場合ではありません!」
「いや、悩んでるんだが?」
悩んでいるらしい。でも顔は笑ったままだ。真っ白なサモエドが、口角を上げたまま首をかしげている。
二人の掛け合いは、ずっと見ていられそうで怖い。
あの白くてモコモコなのが、この街ヘクサゴナの議長。ぺス=ホワイトテール。足元の柴犬が、秘書のポチ=ブラウン。名前まで、しっかり犬だった。
俺は、そっと柴犬の方へ近づいた。
柴犬という生き物には、間合いがある。無理に手を伸ばして触ろうとすれば、するりと逃げる。呼んでも来ない。撫でさせるかどうかは、あくまで向こうが決める。だから俺は、少しだけ離れた所にしゃがんで、待った。
ポチが、ちらりとこちらを見た。
書類を掲げたまま、黒い目が俺を値踏みするように見つめる。それから、ふいと視線を戻した。だが逃げはしなかった。
この距離を分かってやれば、柴は嫌がらない。
「おや。ポチが逃げませんな」
いつの間にか、ロトンドが隣に来ていた。感心したような声だった。
「珍しい。あの子は、ぺス議長にも滅多に寄りつかんのに」
俺は、ポチから目を離さずに答えた。
「距離の問題よ。詰めなきゃ、逃げないのよ」
◆
やがて、残りの議長も順に到着し揃った。
濃い面子ばかりだ。
ぺスが、笑ったままの顔で、よく通る声を上げた。
「それでは、皆さん。会議を始めましょうか」
28話・了
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