第二十七話 挟撃と狙撃
トラペジアの一団は、街道を東へ進んでいた。
半日も馬に揺られると、景色から人の気配が抜けていく。畑が減り、林が増える。護衛の仕事は退屈なくらいが一番いい。楽をして金が貰えるなら、それに越した事はない。
俺は最後尾で馬を進めながら、そんな事を考えていた。
だから、前の方で空気が変わったのに、すぐに気づいた。
◆
風に乗って、微かに剣戟の音が届く。
金属がぶつかる音。人の怒鳴り声。馬のいななき。遠いが、間違いない。誰かがやり合っている様だ。
「……嬢ちゃん、聞こえたか?」
バルグが馬を寄せてきた。顔つきが変わっている。
「聞こえたわ。前で何か起きてる。戦闘態勢を取って周辺警戒を厳に」
隊列が止まった。前方の馬車から、指示を待つ気配が伝わってくる。だが、こっちの列にはまだ何も回ってこない。判断するにも情報が少な過ぎるのだろう。
巻き込まれるのはごめんだが、何が起きているか分からないまま突っ込むのは、もっとごめんだ。
「バルグ。誰か、偵察向きの人はいる?」
「……盗賊あがりがいる。斥候仕事は得意なやつだ」
「借りるわ。ちょっと前を見てくる」
◆
盗賊あがりの男は、目つきの鋭い痩せた男だった。指示を出す前からこちらの意図を察して頷く。話が早くて助かる。二人で馬を飛ばし小さな丘の手前で馬を降りる。
林の際を、身を低くして進む。音がだんだん近くなる。木々の切れ間から、街道の先が見えてきた。
あれは衛星都市ステラの紋章か?二、三十人がやり合っている。
馬車が数台。ステラの馬車を囲むように、傭兵らしい装備の連中がいる。数はおよそ20人弱。対して、馬車を守る側は10人に満たない。当然ながら守勢に回っている。
襲われている方の馬車には、ステラの議長が乗っているのだろう。馬車を見る限り金のかかった高級仕様だ。ああ言った要人用の馬車は鉄板で裏打ちされているから見た目以上に丈夫だ。
俺は戦況を読んでいた。
数の上では、襲っている側が上だ。守っている側は明らかに少ない。このまま押し切られてもおかしくないと言っていいはずだ。
だが――守勢の連中の動きが、かなりいい。
崩れていないのだ。半分にも満たない数で、下がりながらも陣形を保っている。無駄に前へ出ず、要人の乗る馬車を背にして、線を引くように守っている。誰か頭の切れる指揮官が居るとみていいだろう。
集団戦は数が全てではない、とは言え苦戦しているのは事実だ。
私は盗賊あがりに「戻って、援軍を呼んできて」と指示を出した。
盗賊あがりは、一言も返さずに素早く身を翻した。足音がほとんどしない。いい斥候だ。
俺はその場に残った。
◆
背負っていたクロスボウを、前に回す。
急いで側面のレバーを起こし、弦を巻き上げる。回す度に逆回転防止のギアが一歯ごとに噛んでカチカチと音を立てる。弦をナットに掛け矢をつがえる。
だが、まだ撃たない。時が来るまで、構えたまま待つ。
ああ言った圧倒的劣勢な状況で拮抗している場合、下手な一撃は返って守備陣形の崩壊を招きかねないからだ。
地面を、微かな振動が伝わってきた。
背後から――蹄の音。トラペジアの一団が援護に駆け付けた様だ。
攻めるなら、今だ。
だが、それを決めるのは俺じゃない。俺が勝手に動いて雇い主を危険に晒しては傭兵失格だしな。
◆
蹄の音が近づき、すぐ後ろで止まった。
馬車から、よく通る声が飛んだ。
「6人、行きな!」
グランティアだ。迷いのない声だった。護衛の半分をすぐに前へ出す。残りは馬車の守りに残す。挟撃に出しても、自分の守りに穴を作らない采配だ。
そして、その声が俺を名指しした。
「ヴィヴィ! あんたは好きにしな!」
――いいのか。
好きに、と言われた。ならば、遠慮はしない。
「了解。好きにやらせて貰うわ」
俺は動き出した。
◆
馬は、残った連中に任せて走り出す。
正面のぶつかり合いは、六人が嬉々として突っ込んでる。そこへ俺が加わっても、頭数が一つ増えるだけで意味は薄い。
クロスボウを構えたまま、俺は林へ入った。
あの守勢を見て、引っかかっていた事がある。襲う側の動きだ。数で押すだけじゃない。前に出る者、退路を塞ぐ者、役割が振られていた。あっちにもそれなりに出来る頭がいるのだろう。
そして要人暗殺を目的とするなら、当然の搦手として行う事がある。正面で派手にやり合わせて、目を引きつける。そして伏兵を使った狙撃だ。武器こそ銃と弓の差はあるが、当然「居る」はずだ。
なぜなら、俺ならそうするからだ。
林の中を、木をブラインドにしながら進む。葉擦れの音を立てないように、ゆっくりと。正面の喧噪が、ここでは少し遠く聞こえる。
狙うなら、要人の馬車を見通せて、身を隠せる場所。地形を読めば自ずと潜伏場所が特定できる。あの起伏なら、あそこか。
いた。
太い木の上に、腹ばいになった男。長弓を構えて、じっと馬車の方を狙っている。周りの乱戦には目もくれない。ただ一点だけを見ている。
「……居た。そうよね。ここに居なきゃ、おかしいものね」
声には出さず、口の中だけで小さく呟いた。
男は気づいていない。正面ばかり見ている。背後を取られている事に、まるで気づいていない。
俺は膝をつき、クロスボウを構えた。弦は引いたまま止めてある。あとは引き金を引くだけだ。
ゆっくりと息を吸って止める、狙いを定める。
引き金を絞り込む。
弦が放たれ、矢が短くヒュォ!と唸って飛んだ。
男の肩口に深々と突き刺さった矢が男の弓を落とさせた。「ぐぅっ」と言う押し殺した悲鳴。「大声を上げなかったのは、及第点ね」俺は一気に距離を詰め、すぐ隣の木を蹴って垂れ下がった男の腕を掴み引きずり落とした。
◆
急所は外してあるとは言え、抵抗する力はもう残っていない様だ。利き腕の肩を潰され、獲物を失った狙撃兵は、ただの重い荷物でしかない。
林から男を引きずって街道へ出ると、こちらは既に片が付いていた。
挟撃が効いたのだろう。トラペジアの六人と、守勢に回っていた八人の傭兵達とに挟まれて、襲撃者達は一人残らず討たれていた。守られていたステラの馬車は無事な様で何よりだ。
俺は男を引きずったまま、その馬車の前まで歩いた。傭兵たちが、警戒した目でこちらを見る。
俺は、掴んでいた襟首を引っ張り、彼らの足元に投げ捨てる。
「息はあるわ」
男は呻いて、地面で丸まった。肩から景気よく血が流れ出ている。
「どこのどいつに雇われたか、聞き出すのにちょうどいいんじゃない?」
◆
馬車の扉が、勢いよく開いた。
降りてきたのは、美しい女性だった。
背が高く、手足が長い。そして長い耳。エルフと言うやつだ。乱戦の後だというのに、髪一つ乱れていない。作り物みたいに整った顔をしている。
その美貌が、俺を見た瞬間、喜びの表情で崩れた。
「――何、この子」
つかつかと歩み寄ってくる。速い。避ける間もなかった。
「何この、性格の吹っ飛んだ美人は!」
抱きしめられたその腕は、思ったよりずっと力強い。
……何だ、こいつ。避けられなかった。
「ちょっと、離しなさいよ」
「いやよ! こんな面白い子、久しぶりに見たわ!」
振りほどこうとするが、エルフのくせに存外に力が強く私でも解けない。密着したまま、頬ずりでもしそうな勢いで顔を近づけて来る。
その時だった。
「――おいこら、糞エルフ!」
地の底から響くような声が割り込んだ。
いつの間にか、グランティアが馬車を下りて、こちらへ歩いてきていた。小柄な身体の、どこからそんな声が出るのかと言う程でかい声。
「ウチの娘に、手ぇ出すんじゃないよ!」
……娘。
いつから俺は、あんたの娘になったんだ。
27話・了
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