第二十六話 鉄壁
クロスボウの改造が仕上がった、と武器屋から使いが来た。
例の大口クエストの前にちょうどいいタイミングだ。俺はその足で武器屋へ向かった。
◆
カウンターの上に、見覚えのある布の包みが置いてある。
店主が顎で促す。俺は巻かれた布を開いてみた。
あの伯爵達から奪って来たクロスボウが、構造だけ変わって戻ってきていた。素材自体は元のままだが、弓の反りを大きく変えてある。前世のオリンピックで見た、アーチェリーの弓のような反りだ。リカーブ、これだけで同じ力でもよく飛ぶようになる。
そのうえで、弦を掛ける部品が渡した図面の通りに変わっていた。楕円を歪な形にした滑車(カム機構・偏心カム)だ。前世のコンパウンドボウに使われていた物で、少ない力で大きな力をかけられる機構だと思えばいい。
八割のレットオフ。かかる力を百とするなら、そのうち八十をカム機構が引き受けてくれる。
普通の弓は、引き始めから狙っている間も、ずっと腕で力を込め続けなきゃいけない。指を放すまで、腕は百の力を支えたままだ。だがカム機構は違う。引き切ると、百のうち八十をカム機構が肩代わりする。腕が居れる力は二十でいい。込める力が五分の一で済むのに、溜まっている力は百のまま。楽に構えたまま、放てばその百の力が丸ごと矢に乗ると言う訳だ。本来はトリガー部分や、コンパウンドボウ等に使う技術だが、今回はクロスボウに採用した。
巻き上げ機のギアも、本体にきちんと組み込まれていた。
「試してみな。裏に的がある」
俺はクロスボウを手に取り、その重さは変わらない事を確認した。側面のレバーを起こして、カチ、カチと巻く。逆転を止める爪が一歯ごとに噛んで、途中で手を離しても弦は戻らない。引き切ったところで弦がナット(トリガーフック)に掛かり、そこでロックされる。あとはカム機構が付いたトリガーとリムに付けられたカムが弦を抱えている。俺が力を込め続ける必要はない。
ゆっくりと的に向けて、引き金を引いた。
ナットが弦を放す。矢が的の板に突き刺さって、乾いたコーンという音が奥まで響いた。
同じ力で巻いても、初速が上がっている。図面があったと言っても初めての技術でリカーブも偏心カムもきちんと機能しているとは素晴らしい技術だ。
「大した図面だったよ」
店主が髭を撫でた。
「ドワーフの腕利きに回させて貰った。口の堅い、いい鍛冶師だ。あいつもこんな図面、どこで拾ったんだと面白がってやがったな」
「拾い物だって言ったでしょ」
「へっ、まあ、そういう事にしといてやるさ。」
俺は約束の残りを払って、クロスボウを布に包み直した。
王国には流すな。あの条件が守られているかは、確かめようがない。だが店主の人となりは私にとって十分信用できるものだった。だから裏切られたとしても、それは私の問題だ。
◆
依頼書の紙が、いつものと違う。
厚くて、少し硬い。指で弾くと、乾いたいい音がする。安い紙は湿気を吸ってへたるが、この紙は違う。金のかかった仕事だと、紙の品質が教えてくる。
俺はそれを懐に仕舞って、指定された場所へ向かった。
街の東門の内側。荷馬車が何台も並んで、朝の光の中で冒険者が何人も荷物を積み込んでいる。護衛の集合場所だ。
◆
着くなり、見知った顔が手を上げた。
「おう、来たか嬢ちゃん!」
いつだったかギルドで卓を並べた男だ。名前は……たしかバルグ。大きな剣を携えた、上級冒険者だ。
「久しぶりね」
「へへ、あんたも呼ばれてたか。いや、あんたが呼ばれてんなら安心だ」
何が安心なのか、よく分からない。俺は中級だ。ここにいる連中とは格が下向きに違う。
周りを見渡した。
馬車の脇に、屈強な男が固まっている。数えてみるとバルグを入れて十二人。どいつもこいつも身体が出来ていて、装備に金がかかっている。一目で上級だと分かる。
女は俺だけだった。中級も俺だけだ。
これだけ上級ばかりだと中級の俺は浮くだろうと思っていた。だがむしろ何人かは、こちらに気づくと妙に嬉しそうな顔をする。バルグの隣の若いのなんか、目を輝かせて会釈してきた。好感度が高過ぎて狙われてるのか?と背筋にゾッと寒気を感じ身震いした。スリープクラウドには気を付けよう。
と言っても顔見知りが混じっているのは、悪くない。やりにくくはなさそうだ。
なぜ中級の俺が呼ばれたのか。それは今も分からない。腕を買われたのか、頭数が欲しかったのか。まあ、金になるなら理由はどうでもいい。あのギルマスが勧めたんだ、悪い事は無いだろう。
◆
やがて、一番奥の馬車から人が降りてきた。
その人物は小柄で。俺の胸の高さもない。だがなぜか、小さいとは思わなかった。
髪は白いモノが混ざっているが、豊かに編み込まれている。顔には浅めの皺が刻まれ、その一本一本が年季を感じさせる。ドワーフだ。歳は読めない。あの種族は見た目で年齢が分かりにくい。百を越えていてもおかしくないし、それ以上でも驚かない。見た目で人間基準に素直に言うなら40代から50代前半といった感じだ。
護衛の男たちが、すっと背筋を伸ばし姿勢を正した。
俺はその立ち姿を見て、正体の察しがついた。七都市同盟の議長。この街を代表して七人の卓に着く一人。噂に聞く「鉄壁」だ。
名は、たしかグランティア=クリスチャンセン。
その議長が、こちらへ真っ直ぐこちらに歩いてきた。護衛の間を抜けて、俺の前で足を止める。
顎を上げ、下から俺の顔を覗き込むように見た。値踏みする目だ。だが嫌な感じはしない。慣れた目だ。傭兵稼業の頃、よくこんな目で見られたもんだ。
調べられているのは分かっていた。この手の仕事で、雇う側が雇う相手の素性を洗わない方がどうかしている。討伐クエスト三本まとめて片付けた事も、人脈が上級冒険者にも繋がっている事も、とっくに向こうの手の中だろう。下手すれば伯爵家長男の事もバレているかもしれない。
調べて当然、調べられて当然だ。俺は黙って見られるままにしていた。
議長は、ひとしきり俺を眺めてから、にやりと口の端を上げた。
「ふむ、場慣れしてるねぇ。あんた、女にしとくにゃもったいない女だね!」
豪快な声だった。周りの男が何人か肩を揺らす。
「あら? それ、女性を軽んじているように聞こえますわよ?」
馬車の陰で、誰かが息を呑む音がした。バルグが顔を手で覆い隠しているのが見えた。
議長の眉が、ぴくりと動いた。
喉の奥で、くっくっく、と笑いが漏れる。それが、こらえきれずに弾けた。
「はっはっは! 言うじゃないか! 議長様相手に、言い返してくる小娘は久しぶりだよ!」
議長は目尻を指で拭って、もう一度、俺を見上げた。今度は、さっきより少し柔らいだ目だった。
「久々に、楽しい旅になりそうじゃないか。ええ?」
「お気に召したなら、光栄ですわ」
「気に入ったよ。……ま、無駄口はここまでだ。仕事の話をするよ、ついてきな!」
議長は踵を返した。小さな背中が、思ったより速く馬車へ戻っていく。
◆
仕事の中身は単純だった。
七人委員会が開かれる。各都市の議長は開催都市に向かう。俺たちはその道中を守る。ただ、それだけだ。
守るのは議長本人と、随行の職員数名。会合の場所までは、馬車で数日。道中で何が出るかは分からないが、金を積んで上級を十二人も揃える辺り、雇う側は無防備と言う訳にも行かないのだろう。
まあ私は割のいい仕事として、金の分だけ働かせて貰うつもりだ。
馬車が動き出した。
俺は最後尾の馬車の脇についた。バルグが隣に馬を寄せてくる。
「なあ嬢ちゃん。あんた、議長に気に入られたな」
「そうかしら」
「そうだよ。あの人が笑うとこ、俺初めて見たもんよ」
門をくぐる。
街の喧騒が背中で遠ざかっていくのを感じる。
さて、どんな旅になるのか、少しワクワクしている私が居た。
26話・了
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