第二十五話 備え
討伐票を三枚、まとめてカウンターに置いた。
ミラがそれを見て目を丸くした。
「え……ヴィヴィさん、これ全部……?」
「終わったわよ。報酬、精算してくれる?」
「あの、期限は二ヵ月って……まだ、半分も経ってないのに……」
「予定より早く終わっただけよ」
実際、移動を入れても一月かかっていない。正面からまともに戦わなかったから危ない目にも遭わずに済んだ。合理的な作戦の成果だ。
「マスターが、顔を出していってって……」
まあ、そうだろうな。俺は奥へ向かった。
◆
マスター室は、相変わらず書類で埋まっていた。というより、前より積み上がっている。
「よう。……本当に、全部片付けてきやがったか」
ダン=ドンが、書類越しに顔を上げて、にやりとした。その隣で、クリス=タリスが眼鏡を押し上げる。
「信じられません。二月分の依頼を、一月足らずで……」
「報酬から、宴会のツケを引いといて。そう言ったでしょ」
クリス=タリスの手が、止まった。
「……覚えて、いてくださったんですね」
「言った事は守る質なの」
眼鏡の奥が、じわりと潤んだ。書類の山の向こうで、拝まんばかりの顔をしている。
「マスター……この方は……この方だけは……」
「分かった分かった。お前がそいつを気に入ったのは、よぉく分かった」
ダン=ドンが鬱陶しそうに手を振って、それからこちらを見た。笑ったままだが、目の奥がすっと据わる。
「で、だ。約束の大口。あれは時期が決まってる。先方の都合でな」
「いつなの」
「ひと月ちょい先だ。それまでは、手が空く事になる」
ダン=ドンが、机の端から一枚、紙を摘み上げた。
「それとな。お前を上級に上げろって、推薦状が来てる。ガイルの野郎だ。よっぽどお前の働きが気に入ったらしい」
……ガイルか。世話焼きな巨漢の顔が浮かんだ。
「気持ちだけ、受け取っとくわ」
「あん?」
「上級は、まだいい。私はまだまだよ。ちょうどひと月、空くんでしょ?その間に鍛えてくるわ」
ダン=ドンが、きょとんとして――それから、腹の底から笑った。
「ガハハ! 討伐クエスト三本まとめて片付けた奴が、まだ足りねぇってか!」
「足りないから鍛えるのよ。足りてたら、鍛える必要ないでしょ」
クリス=タリスが、ぽつりと零した。
「……末恐ろしい方ですねぇ」
◆
時間がひと月近く空くので、前々から考えていたクロスボウの改造を相談しに武器屋へ行く事にした。
カウンターに、布に包んだクロスボウを置きながら開く。
伯爵家で使われていたクロスボウだ、造りはいい。ただ無駄に頑丈で無駄に重い。王国の騎士団が制式で使っている型と同じな為そのままでは出所がバレる。なのであれ以来、仕舞い込んでいた代物だった。
だが、もう隠す意味もない。この街での俺の腕はとっくに知れ渡っているし、先日の騒動でヴィオレッタが生きている事も知れた訳だしな。だったら、遊ばせておく方が勿体ない。
店主が、それを見て眉を寄せた。髭面の、年季の入った男だ。
「……嬢ちゃん。こいつぁ、どこで」
「拾い物よ。出所は詮索しないで」
店主はしばらくそれを睨んで、それ以上は聞かなかった。物の値打ちが分かる男だ。この型がそこらで手に入る代物じゃない事も十分に分かっている。
俺は畳んでいた紙を広げて隣に置いた。夜なべして引いた図面だ。
「素材は、このままでいい。造りだけ、直したいの」
店主が図面を覗き込む。そして、ある一点で指が止まった。
弦を掛ける滑車。それが丸くない。歪な卵のような形に描いてある。
「……なんだ、この滑車は。歪んでるぞ」
「歪んでるから、いいのよ」
この偏心した滑車を組めば、弦を引くほど力がうまく伝わって、同じ力で引いても矢の初速が上がる。そのうえで巻き上げには、本体に組み込んだギアと逆転防止の爪を使う。カチカチと巻けば、途中で手を離してもギアが噛んで弦は戻らない。別の巻き上げ機を後付けする手間もいらないし、装填も速い。
「そんな器用な真似ができる鍛冶は、うちにゃいねぇよ」
「腕のいい鍛冶屋を、紹介して。口の堅いのがいいわ」
店主が、髭を撫でた。
「……できねぇとは言ってねぇ。心当たりが、ねぇでもない」
「なら、条件がひとつ」
俺は、図面の上に指を置いた。
「これ、王国には流さないで。どこの誰に売ろうと好きにしていいけど、王国だけは駄目。呑めないなら、この話は無しよ」
店主の手が、止まった。
私の言葉を聞いた彼の目は、今までに見せない目つきだった。私を値踏みするような――いや、値踏みとも違う。何かを測っている目だ。
だが、それも一瞬だった。店主はまた髭面の商人に戻って、肩をすくめた。
「……訳は聞かねぇ。嬢ちゃんがそう言うなら、そうするさ」そう言って指を擦り合わす仕草をみせる。
俺は鼻で笑って金貨が何枚か入った小袋を投げて渡した。
◆
クロスボウを預けたら、後はいつも通りだ。
特別な事は何もしていない。やる事はこの半年大きく変わってない。大仕事がひとつ片付こうが次が控えていようが、いつも通り体を作りクエストを受ける日々だ。
◆
討伐の報酬が入って、懐に余裕ができた。貯まったら買うと決めていた魔法を買いに魔法屋へ顔を出した。目を付けていた3つの魔法、ポーター。スネア。カウンターマジック。
スネアは相手の足を止める。逃げる相手にも追ってくる相手にも、一呼吸分は稼げる。カウンターマジックは魔法への備えだ。先日のスリープクラウドを見て買う事を決めた。ポーターは……まあ、荷物運び用だが、シフォンが使っているのを見て欲しいと思った魔法だ。
どれも地味な魔法だ。派手さはない。だが地味な物ほど、肝心な時に役に立つ事も多いもんだ。
◆
ひと月は、存外短い。
先程頼んだクロスボウの改造が仕上がる頃には、例の大口の仕事だ。
七都市同盟のお偉いさん、か。
……まあ、会えば分かる。今考えても仕方がない。
まずは、目の前の一日だ。
25話・了
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