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元傭兵のおっさん。追放された悪役令嬢に転生したので、もっと悪逆非道に生きてみた~物語は語られない所でも動いている~  作者: ななよん
一章 成長編

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第二十四話 閑話 詮無い事

※毎朝4:00頃に投稿中!

挿絵(By みてみん)

「ぬ、うぐぐぐぐぐっ」彼女は顔を真っ赤にして腹筋に力を込めている。だが、残酷にも彼女は腹筋だけでは上体を起こすことが出来ない様だ。床に寝転んでピクピクしているのをかれこれ5分見ている。力を入れてる時と抜いてる時の差が顔色くらいだった。


 決して蔑んで言う訳ではない。しかし、腹筋が一回も出来ずどうやって普段起き上がっているのか?等とくだらない疑問が頭を過ぎる。


 ヴィオレッタ公爵令嬢は半年で別人かと思うほど鍛えられていた。無駄の無いしなやかで戦う事を意識した理想的な身体と言っていい。


 才能もあっただろう。しかしアレは弛まぬ努力の成果だ。その一点を見ただけでも彼女の素晴らしさが見て取れた。私はかつてあれ程美しく鍛えた身体をした女性を見た事が無い。


昔、まだ彼女が公爵令嬢として王国に居た頃、私は何度かドレス姿の彼女を見かける事があった。気品が有り美しい女性ではあったが、今ほどの印象は無かった様に思う。


「ちょっと!!! 腹筋ってどうやればいいのよ!?」我が未来の主様がご立腹だ。

 腹筋にやり方も何も無いだろう。仰向けに寝て腹筋の力で上体を起こす、それ以外何があると言うのか。新兵であれば腹の辺りを蹴り飛ばしているところだ。


「最初は膝を曲げて足を抑えて貰うと良いですよ」

 この聖女様は(たま)にとても幼くなる事がある。自分の感情を抑えきれずかんしゃくを起こす事さえあった。「聖女」とはその能力に依存した称号であって、彼女の人間性を元にした訳ではないと言うことだ。……ヴィオレッタを追放するまでは、切れのある策士に思えたのだがな。



             ◆



 言われた通りに膝を立てさせ、私はその足首へ手を添えた。下半身が固定されれば、幾らかは起こしやすくなる。


「ぬ、ぐ……くぬぬぬっ……!」


 それでも上体は、拳ひとつ分ほど浮いた所で止まる。押さえた足首越しに、小刻みな震えだけが伝わってきた。


「……もう! なんでこんなに難しいのよ、こんなの無理に決まってるじゃない!」


 聖女様は投げ出して、床に大の字になった。ぷう、と頬を膨らませて、自分の腹を(つま)んでいる。日頃から運動なさってないからだとは言えない。


「殿下にお会いする前に、ここだけは絶対に引き締めておかなきゃ。ちょっとでもお肉が乗ってるだなんて、あんまりだわ」


 ――なるほど。ヴィオレッタに感化されて、強くなろうという話ではないらしい。ただ腹の贅肉(ぜいにく)を落としたいだけ。腹筋の一つに、この苦戦である。先は果てしないな。


 ひとしきり腹をつまんだ後、聖女様は天井を睨んで、ぽつりと(こぼ)した。


「見てらっしゃい。あの女には、絶対に見返してやるんだから。皆の前で恥をかかせて、それから死刑よ。無様に泣いて命乞いする所を、たっぷり見物してやるの」


 うっとりと、まるで既に叶ったかのような声だった。


 私は、相槌(あいづち)ひとつ打たなかった。



             ◆



 ――あの都市での事を、思い出していた。


 聖女様が名を確かめようと詰め寄った刹那(せつな)、あの女の指が、腰の得物(えもの)へ僅かに伸びた。紛れもない殺気だった。あのままもう一歩踏み込んでいれば、聖女様の命は無かったろう。


 ――もっとも、事が動いたのは、その後だ。


 あの女が聖女様の腹を(わら)い、ギルドが笑いに沸いた。堪えかねた部下の一人が、得物の柄に手をかけ斬りかかろうとした。その刹那、示し合わせたようにギルド中の冒険者達が殺気を纏って一斉に立ち上がった。まるで、統率された騎士が姫を守るかのようだった。


 私が二人の間に割って入ったのは、この統率された数十人が敵に回ると見たからだ。


 中立都市トラペジア。七都市同盟の(ふところ)の内だ。身分を隠して来た以上、ここで暴れれば正体が露見する事になる。中立都市で他国の兵が騒ぎを起こしたとなれば、それこそ国際問題になる。私の一存で、(いくさ)の火種を作る訳にはいかなかったと言うのが本音だ。


 だが、正直に言えば。あの一瞬、私はあの女に気圧されていた。得物へ伸びたあの指の、迷いの無さ。研ぎ澄まされた(たたず)まい。武門の頂に生まれた者の、本物の(かく)


 恐ろしいのは、あの女が強いという事実だけではない。あの女の背中に、人を引き寄せる魅力があるという事だ。その一点において、聖女様はあの女に遠く及ばない。


 今はまだいい。あの女は、ギルドの片隅の一冒険者に過ぎん。未だ小さな存在だ。だが、下手に突けば危うい芽になる可能性が高い。潰し損なえば、いずれ手に負えぬものへ育ちかねない。


 ふと、(せん)無い事が頭を過った。


 ――もし、あの女が追放されていなければ。


 あの器で公爵家令嬢であったなら、殿下の隣に立っていたのはあの女だったやもしれん。私は今頃、ヴィオレッタ・ヴァレンシュタインを王妃と仰ぎ、その剣となっていた未来も、あったのかもしれん。


 ……詮無い。実に、詮無い。


 私が選ぶ話ではない。殿下がこの方を選ばれた。ならば私は、この方の剣であるだけだ。腹の肉をつまんで不貞腐れている、この方のだ。


「団長。ねえ、聞いてる? どうやったら痩せるのよ」


「……よく歩き、よく(やす)まれる事かと」


 私は、そう答えるより(ほか)に無かった。



24話・了

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