第二十三話 容赦無し
偵察に出る前に、やっておくことがある。
俺はガイルとシフォンに、葉の付いた生木を集めさせた。乾いた薪じゃない。わざと、みずみずしい枝ぶりのやつを選ばせる。
「なんだって生木なんか。こんなもん、まともに燃えやしねぇぞ」
ガイルが枝を一本放って、怪訝な顔をした。
「燃えなくていいの。燃えないから使うのよ」
「……はぁ?」
意味が分からん、という顔だ。まあいい。今に分かる。狭い所に固まって立て籠もった連中を片付ける手を、俺は前の暮らしでやってきた事だ。理屈をいちいち語る気はない。
シフォンは何も聞かずに、鼻歌交じりで枝を抱えていた。集まった生木の山を、ぽんと叩いて呪文を唱える。
「ポーター! これで運びますね!」
枝の束がふわりと浮いて、シフォンの後をついてくる。コモンの運搬魔法だ。地味だが、便利なもんだな。あれは是非買おう。
◆
日が落ちてから、俺はトッドを連れて宿場町へ近づいた。
トッドは盗賊系のスキル持ちだ。気配の殺し方を心得てる。二人、影を選んで、音を立てずに寄っていく。
声は出さない。昼に教えたばかりのハンドサインで話す。
俺が手を上げる。止まれ。トッドが止まる。
指を二本、こめかみへ向けた。見張り。屋根の上に一人、篝火の脇に一人。トッドが指を二本立てて返す。分かってる、の合図だ。覚えが早い。
建物は三棟。真ん中の大きいのが、寝床らしい。窓の隙間から、雑魚寝した連中の足がいくつも見えた。片手を開いて、握って、また開く。数える。目についただけで、十五、六。奥にもいるだろう。締めて二十、といったところか。名の知れた頭がいる気配はない。ただの食い詰め者の寄り合いだ。
数え終えた頃、篝火の脇の見張りが、ふいにこちらへ歩き出した。
俺はすぐ、手を下へ払う。伏せろ。
トッドと二人、崩れた壁の陰に身を沈めた。息を殺す。見張りは俺たちが隠れた辺りまで来て――立ち止まった。大あくびをして、地面に唾を吐く。それだけだった。用を足しに来ただけらしい。ほどなく、また篝火のほうへ戻っていく。
トッドが、詰めていた息をそっと逃がした。俺は指を一本立てて、先へ促す。
森側へ回る。こっちの棟は半分崩れて、裏へ抜ける穴が空いていた。逃げ道だ。ここを塞げばいい。
地面に細い糸が張ってあるのを見つけて、トッドの袖を引く。もう一度、伏せろ。二人でしゃがむ。鳴子だ。踏めば音が鳴る。位置を覚えて、避けて通る。ほかにも罠がないか、足元を検めながら進んだ。
風は、森から宿場町へ抜けていた。いい感じだ。これなら用意した生木が無駄にならずに済みそうだ。
欲しい情報は粗方揃った。俺はトッドに顎で退路を示して、静かに引いた。
◆
窪地へ戻って、段取りを話す。
寝てる連中を、まとめて魔法で更に深く眠らせる。森側に火をかけて、逃げ道を潰す。あとは、集めた生木を焚くだけだ。
「眠らせる? まとめてか?」
ガイルが眉を寄せた。俺は答えず、シフォンを見る。
「できるでしょ?」
「はい! お任せください!」
◆
シフォンを、崩れた塀の陰まで手引きした。ここからなら、寝床の棟がまるごと収まる。シフォンが両手をかざして、静かに詠唱する。
「スリープクラウド」
目に見えない眠りが、広く撒かれた。半径十メートル。寝ていた連中は、そのまま深い眠りへ沈む。起きかけていた見張りも、篝火の脇で、崩れるように座り込んだ。
高ランクが撃つ低位魔法は、元の比じゃない性能になる。範囲拡張、耐性低減効果、桁が違う。……頼もしいやら、末恐ろしいやら。確かにアンチマジックは必須だと考えさせられる。これを喰らったら今の私じゃ無抵抗に眠らされかねない。
火をかける。森側の崩れた棟から。乾いた柱が、ぱちぱちと音を立てて燃え上がった。裏の抜け穴が、炎で塞がる。これで逃げ道はない。
残るは、寝床の棟だ。
入り口に生木を積んで、火を入れる。葉のついた枝は、炎らしい炎を上げない。代わりに、白い煙をもうもうと吐き出した。その煙を、風が棟の中へ押し込んでいく。
あとは、待つだけだ。俺は入り口の脇に立って、静かに時を計った。
◆
煙が回るのに、そう時間はかからなかった。
中で眠ったまま、二度と起きない者もいる。煙を吸って、眠りが死にすり替わっただけだ。苦しんだ様子もない。眠ったまま逝けるなら、こういう連中には過ぎた最期だろう。
何人かは、どうにか目を覚まして這い出てきた。だが、まともじゃない。
白目に涙を浮かべ、口から泡を吹いて、ふらふらと壁にぶつかりながら出てくる。吐いてる奴もいる。足がもつれて、まっすぐ歩けない。目は開いているが、こっちが見えていない。どこに敵が居て、どこが出口かも分かっちゃいないんだろう。
あとは、作業だ。
ふらついて出てきた男の首を、すれ違いざまに裂く。声も上げずに崩れた。次の男は、俺の足に縋りついて、何か言おうとした。命乞いだったのかもしれない。聞く前に、喉を突いた。
範囲の外へ逃れかけた奴は、トッドの矢が仕留めた。危なげない一撃だ。さすが上級冒険者、腕は確かだ。
最後の一人が動かなくなるまで、大した時間はかからなかった。
◆
火の始末をつけて、俺は手についた血を拭った。
二十人からの盗賊崩れが、ひと晩で消えた。剣を派手に打ち合うことも、追いかけっこをすることもなく。一方的な殺戮と言ってもいい。
俺は、崩れかけた塀にもたれるガイルを振り返った。口の端を上げて、笑ってみせる。
「ね? 簡単だったでしょ?」
ガイルは、しばらく何も言わなかった。焼け跡と、倒れた連中を順に眺めて、それから低く息を吐く。
「……容赦ねぇし。こえぇよ、お前」
「褒め言葉として受け取っておくわ。斬り合って殺すよりずっと楽に死ねたはずよ」彼は何か言いたげだったが、そのまま黙った。俺は肩をすくめた。
その隣で、シフォンだけがいつも通りだった。
「さすがお姉さまです! あっという間でしたね!」
目を輝かせて、うんうんと頷いている。それから、ふと何か思いついた顔で、ガイルを見た。
「あ。この手、ガイルが寝てる時にも使えそうですね!」
「……おい。何だよシフォン、せっかく背負ってやったってのに!」
「ええ、すみませんね。重くて、ずしっと来たんですもんね」
にこにこと、シフォンが小首をかしげる。……こいつ、担がれながら起きていたのか?
「くっ……トッド! お前だってあん時、一緒に笑ってただろうが!」
「えっ、俺!? なんで俺に振るんだよ!」
巻き込まれたトッドが、慌てて声を上げる。掃討の後だってのに、まるで緊張感がない。まあ、これがこいつらの通常運転か。
さて。これで厄介な討伐は、三本とも片がついた。
これでお偉いさんの護衛とやらを受けられるはずだ。
とりあえず今日は街に戻って身体を休め、久々の肉料理を食べるとしよう。
23話・了
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