第二十二話 タブー
討伐クエストの三本目は盗賊崩れの掃討だ。
群れの主と、はぐれのオーガ討伐は完了。ギルマスから受け取ったクエストも残るはこれ一本になった。街道を荒らす有象無象どもをまとめて掃除すれば、面倒な依頼もようやく終いだ。
このクエストを片づけたら、ギルドマスターがもう一つ割のいい仕事を回してくれるという。相手はずいぶん身分の高いお方だとかで、詳しい話は実力を示してからだそうだ。これだけもったいぶって、中身が大した話じゃなかったら覚えてろよ。
有象無象どもの根城まではまだ遠い。俺たちは朝から街道沿いをただ歩いていた。先頭は俺とガイル。後ろでシフォンが鼻歌交じりについてきて、トッドはしんがりをのんびり歩いている。いつもの並びだ。
二本続けての討伐で、みんな多少は疲れが残っている様だ。俺は平気だが、口に出すと角が立つから黙っておいた。
小一時間ほど黙って歩いた頃、隣のガイルがふいに口を開いた。
「なあ。お前、戦闘技術をどこで誰に教わったんだ?」
唐突だな。俺が答えずにいると、ガイルは前を向いたまま続けた。
「あの戦い方はな。お前の実家の騎士が習う型とはまるで違う。暗殺術とも違う。医学的でもあって、獣の解体にも通じてる。倒すと言うか、動きを封じる攻撃方法だ」
「騎士がオーガと戦ったら、腕の内側のみを狙って斬ったり、膝周りの腱を狙ったりはしない」
「ギルドに登録したのは半年前だろう。その前は剣もろくに握ったことがなかったはずだ。なのに、これだ」
昨日仕留めたオーガの傷。あの傷を、こいつはよほど念入りに見ていたらしい。
「あら?」
俺は目を細めてガイルを睨み、軽く笑ってやった。
「女の過去を探ろうなんて、野暮なことするのね?」
「からかうなよ」
ガイルが横目でこっちを見る。
「お前はいったい、『誰』なんだ?」
「私が『誰』かなんて、些細な話よ」
足は止めない。前を向いたまま俺は答えた。
「今の私は中級冒険者のヴィヴィで、王国が大嫌いってだけ。それ以外、何も持ってないわ」
ガイルはしばらく黙っていた。それからため息交じりに小さく笑った。
「まあ、お前ならそう答えると思ったよ」
「ごめんなさいね」
「いや。言葉で言わなくてもいい」
肩をすくめて、ガイルは前へ向き直る。
「お前はこれまでの半年で、十分教えてくれたしな」
「そう」
それきり、会話は途切れた。
◆
しばらく歩いて、俺はふと後ろを振り返った。
「そういえばシフォン。あなた、どんな魔法が使えるの?」
いきなりの質問にシフォンは目を丸くする。
「おい」
ガイルが慌てて口を挟んだ。
「やめとけ。それはマジックホルダーにとっちゃタブーだぜ?」
だが、遅かった。
「はい! わたしはですね――」
シフォンは待ってましたとばかりに、自分の手の内を並べ立て始めた。使える属性から得意な使い方まで、それはもう嬉しそうに、一つ残らず。しまいには実演までしようと、両手に魔力を集め始める始末だ。
「おいおいおい!」
ガイルが頭を抱えた。
「マジックユーザーが手持ちの魔法をペラペラとバラしてどうすんだよ!」
「シフォン、それ普通は言っちゃ駄目なやつだぞ……」
トッドまで横で渋い顔をしている。だがシフォンはどこ吹く風だ。それどころか、聞かれてもいないことまで得意げに付け足していく。
「お姉さまにお教えして、わたしの損になることなんて一つもありません!」
ふんす、と鼻を鳴らして、シフォンは胸を張った。
その誇らしげな顔を見て、俺はようやく合点がいった。
「ああ。持ってる魔法がバレたら、対策されちゃうからって事なのね」
道理でガイルが止めたわけだ。手の内は隠すのが常識、か。この手の作法はどうも俺には疎い。強くなる方ばかり考えていて、常識には頭が回っていなかった。
確かにカウンターマジックの存在はもちろん、手の内のバレたマジックホルダーは攻略されやすいだろう。
「ごめんなさい、シフォン。無神経だったわ」
素直に頭を下げる。
その瞬間だった。
シフォンの目が、すうっと上を向いた。
「お、おいシフォン!?」
トッドが慌てた声を上げる。糸の切れた人形みたいに、シフォンはぱたりと崩れ落ちた。満面の笑みで白目を剥いている。
「あら大変」
俺はしゃがんでシフォンを覗き込んだ。
「連戦の疲れが出たのね。無理をさせちゃったかしら」
ガイルとトッドが顔を見合わせた。
何か言いたげに口を開いて、また閉じる。二人ともなぜか、俺と目を合わせようとしない。
「仕方ないわ。ガイル、運んであげて」
「……は? なんで俺が」
「あなたが一番の力持ちでしょ。ほら、早く」
ガイルは盛大にため息をつくと、しぶしぶシフォンを背負った。
「……何で俺が背負わなきゃいけないんだよ」
ぶつぶつ言いながら、それでもちゃんと歩き出す。俺は聞こえないふりをした。
◆
街道の先に、目当ての根城が見えてきた。廃れた宿場町だ。昔は旅人で賑わったんだろうが、今は半分朽ちて、盗賊崩れどもの巣になっている。
遠目にも、屋根の上に見張りらしき影が一つ。細い煙も上がっている。中に何人か居るのは間違いない。正確な数と配置は、日が落ちてから改めて探ればいい。
シフォンを背負ったガイルが、まだ何かぼやいている。その背中を横目に、俺は明日の獲物のことを考え始めた。
人間が相手の仕事は、オーガみたいにはいかない。頭を使ってくるし、命乞いもする。時には命乞いのふりをして、刃を隠していたりもする。一番面倒なのは逃げて隠れられることだ。
厄介なのは、いつだって人間のほうだ。
これ以上進めば相手に気が付かれてしまうだろう。今夜はここで待機し、情報を集めるとしよう。
◆
街道を外れ、木立の陰へ入る。見張りの目が届かない窪地を見つけて、そこで足を止めた。
ガイルがシフォンを、木の根元にそっと下ろす。それでもまだ、ぶつくさ言うのはやめないらしい。
「重かったぞ、こいつ。見た目より、ずっしり来やがる」
「女の子に向かって、失礼ね」
「起きてる時にゃ言えねえよ」
トッドが小さく吹き出した。俺も、口の端だけで笑っておく。
日はもうだいぶ傾いていた。宿場町の影が長く伸びて、屋根の見張りの輪郭もじきに闇へ溶けるだろう。
暗くなれば、向こうの目も鈍る。忍び込むのは、それからでいい。
「日が落ちたら、様子を見てくるわ。トッド、あんたも来て」
「え、俺?」
トッドが大袈裟にビクッと振り向いた。
「アーチャーなんだから盗賊系のスキルも持ってるでしょ?ガイルはここでシフォンを守ってあげて」
「へいへい。貧乏くじばっかりだな、俺は」
軽口を叩きつつも、ガイルは素直に頷いた。
そこで、ふと思い出した。
「そういえば。あんたたち、ハンドサインは使える?」
「はんど……何だって?」
トッドがきょとんとする。ガイルも首をかしげた。どうやら、この面子にそんな習慣はないらしい。
なら、教えておくしかない。潜入任務で声を出せば、それだけで気づかれる。ハンドサインは覚えて損はない技術だ。
「じゃあ覚えて。これが『止まれ』。これが『進め』。『戻れ』はこう、『曲がれ』はこっち。右、左。手を下に払ったら『伏せろ』」
一つずつ、手の形を作って見せていく。
「数はこう。一、二、三……五までは片手で。あとは握って開いて、十まで数える」
「ちょ、ちょっと待った、早い早い!」
トッドが慌てて手を動かし、必死に真似ようとする。覚えの悪い新兵みたいで、少しおかしかった。
その様子を、ガイルが呆れ顔で眺めている。
「……なあ。俺はますますお前が、分からなくなってきたぞ」
「何が?」
「お前、いったいどこでこんな技術教わってんだよ。俺は聞いた事もないぞ」
「あら。さっき言ったでしょう。些細な話よ」
受け流してやると、ガイルはがりがりと頭を掻いた。それ以上は、もう聞いてこない。
西の空が、赤から藍へ沈んでいく。
そろそろ頃合いだ。俺はトッドに目配せをして、腰を上げた。
22話・了
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