第二十一話 餌《えさ》
討伐の二本目ははぐれのオーガだ。
目撃されたのは一体きり。丘に潜んで麓の村を襲う、でかい影。数の話が出ないってことは、群れからあぶれた一匹だろう。
道すがらガイルがそいつの気性を教えてくれた。
「オーガってのは図体のわりに気が小さい。自分より弱いと見りゃ強気だが、格上や得体の知れねぇ相手に対しては臆病だ。神の名を唱えただけで逃げ出すって逸話もあるくらいだ」
「へえ」
「そして若くて上玉の女を好んで喰う。それも身分の高いのをな」
……なるほど。
その条件なら、この体は餌として有望株と言えるだろう。追放前は公爵令嬢だ。ちょっと鍛えてしまったから筋が多く硬くなってしまったかもだが、高たんぱく低脂質だと思う。オーガからすれば願ったり叶ったりの獲物だろう……脂がのった肉の方が美味いのか?チラッとシフォンを見る。
「ん、それなら話は早いわ。私が囮になる」
誘い出して外で囲んで仕留める。段取りはそれで決まった。祠の出入り口でガイルたちが待ち構え、俺が中から誘い出す。弓も魔法も狭い場所じゃ射線も取りづらいし、危険もあるから適材適所と言えるだろう。
「じゃ、行ってくるわ」
俺は祠の入口をくぐった。
◆
中は洞窟をそのまま使った造りだった。
天井は高い。人の手で柱が入れられ、崩れないよう補強してある。奥には祭壇らしき石が一つ。かつては誰かがここで手を合わせたんだろう。今はもうけもの臭い寝床と化してる。
高さは三メートルのオーガが立って歩ける。広さも剣を振るのに困らない。
奥にオーガがいた。地べたに座り込んで、骨か何かをしゃぶっている。赤い目がこちらを向いて、俺の顔を見るなり舌なめずりをした。
……美味そうな餌、とでも思ってるのだろう。
自分にブーストをかける。体の芯が熱を持った。刃にはエンチャント。短剣とバスタードソードの両方に薄く光を乗せる。
でかい。だが人型だ。手も足も頭も、人と同じ所についている。ならこいつの急所も人と変わらないだろう。
◆
オーガが立ち上がろうと、身をかがめた。
その一瞬を待っていた。指先に魔力を集める。エナジーボルト。光の弾がオーガの顔面で爆ぜた。バヂィッと肉の焦げる音。目を焼かれて、その図体がびくりと固まる。ワンテンポ遅れて、グガアアッと悲鳴が洞窟にこだました。目さえ塞いでおけば、こっちの動きは見えない。
立ち上がる前に踏み込む。曲げたままの左膝。皿の下と脛の継ぎ目へ、バスタードソードを全力で叩き込んだ。ゴキャリ、と嫌な音が鳴る。筋を断ち関節のひしゃげる感触が、柄越しに伝わってくる。ギィイアアッ――! まず足だ。動けない図体は、ただの的でしかないからな。
グオオオッ、とオーガが吠えて怒り任せに立ち上がった。左脚を引きずっている。
俺は回り込みながら、また同じ左膝を狙う。何度も、そこばかり。痛む所へ意識は勝手に向く。膝に気を取られているうちは、上の守りが甘くなる。
案の定、腕の振りが雑になった。その腕の内側へ刃を差し込む。右の手首、続けて肘。ザクッ、ザクッと浅く裂けるたび、オーガが甲高く鳴いた。外側より内側の皮のほうが柔い。腱さえ断てば腕は言うことをきかなくなる。
また左膝へ踏み込むと見せて、今度は足の指に叩き込む。グギャッと悲鳴が跳ねた。狙いを一つに絞らせない。潰せる所から、順に奪っていく。
幾度か斬った後、オーガの膝がついた。がむしゃらに振り回していた腕も止まり、戦う気力が抜けていってるのが分かる。
その、こめかみへ。俺は跳ね上がりざま、体を斜めに捻る。回した勢いをそのままバスタードソードに乗せて、側頭へ叩き込んだ。ゴコンッ、と鈍い音。焦点の合わない目が、ぐらりと泳いだ。脳を揺らされちゃ、もう立ってもいられない。ズズンっと音を立てて倒れ込んだ。
あとは、作業だ。
動かなくなった腕へ、脚へ。踊るように取りついて、刃を滑らせていく。うぐぅ、と力のない呻きが漏れるだけ。血が糸を引いて、床に散った。
やがてオーガが、残った片腕で身を起こした。
目つきから殺気は消えて、あるのは怯えだけだ。ガイルの言った通りだった。自分より強いと知った途端、こいつは戦うのをやめた。
オーガが背を向ける。片腕で這うようにして、出口へ向かい始めた。
逃がす気はないが、慌てて仕留める必要もない。俺はゆっくり後をついていった。這って逃げる背中を追いつつ、時々足首の腱や足の裏等に剣を突き立てる。
ひぃひぃと言いながら必死に逃げる様は、ちょっと口元が緩みそうになる。
◆
出口の光が近づいてくる。オーガが先に外へ転がり出た。
俺も後から日向へ出る。久しぶりの陽射しが暗闇に慣れた目に染みた。
見上げればガイルたちが待ち構えている。その足元でオーガが無様に這いつくばっていた。もう指一本、まともに動かせやしない。
俺は澄まして言った。
「誘導したわよ。トドメはよろしく」
ガイルが振り上げかけた剣を止めた。
「……おい。なんで誘い出しに行った奴が、後から出てくんだよ」
「言われてみりゃ……」
トッドが首をひねる。
「つーか、これ。もうくたばってんじゃねぇか。誘導もクソもねぇだろ」
ガイルが虫の息になったオーガを剣でつついている。
「いいえ! お姉さまの幻影を追って出て来たのです!立派な誘導です!」
シフォンだけが目を輝かせて力説していた。
俺は聞こえないふりをして、剣についた血を拭った。オーガは放っておいても死ぬ。依頼は無事達成。過程がどうあれ文句を言われる筋合いはないしな。
正直このタイプの敵は相手にならない。まだグレイハウンドの方が緊張感があった。
◆
ガイルがとどめを刺した。それから素材を剥ぐために解体へ取りかかる。
俺は岩に腰を下ろして残りの依頼書を眺めていた。次は盗賊が一件。今度は人間が相手だ。単純なオーガよりは頭を使ってくる分やっかいだ。
ふと、ガイルの手が止まった。
オーガの傷をじっと見ている。砕けた左の膝。健を断たれた右の手首と肘。刈られた足の指。こめかみの裂傷。そこから先は、腕といわず脚といわず、数えきれない切り傷が走っていた。ガイルの指が、その跡を一つずつなぞっていく。どれも関節の内側。硬い所を避けて、柔い所ばかりが選ばれている。
それから俺の方を一度だけ見て、また傷へ目を戻す。何も言わない。
何がそんなに気になるのか。俺にはさっぱり見当がつかなかった。
21話・了
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