第二十話 群れの主
厄介な討伐が三本。
どれもソロじゃ割に合わない。盗賊崩れ、群れの主、人里近くの大型モンスター。一人で全部背負うには荷が重い。
というわけでガイルに相談し、彼のパーティに同行させてもらうことになった。
タンカーのガイル。アーチャーのトッド。それにマジックホルダーのシフォン。上級の腕の立つ三人組だ。ガイルが「護衛も兼ねて」と言っていたから、まあそういう事情もあるんだろう。あのへそ出し女の件もある。何をしてくるか分かったもんじゃない。
「で、どれから片付ける?」
ガイルが三枚の依頼票を卓に並べた。
「俺は街道の盗賊からだと思う。今まさに商隊が襲われてる。被害が出てるなら、そこからだろ」
真っ当な判断だ。目の前で被害が出てるものを先に潰す。順当ではある。
だが、俺は群れの票を指で弾いた。
クルッと回った票がガイルの前で止まる。
「これが先よ」
「群れの主か? 討伐失敗続きの厄介なやつだろ。なんでそっちを」
「盗賊に襲われてるのは商隊でしょ」
俺は票の被害報告を指でなぞる。
「商人なんて被害が出れば自分で傭兵を雇うわ。ルートも変える。護衛も増やす。金があるんだから当座は自分でしのげる。……放っといてもすぐには死なない」
次に、群れの票に載っていた目撃情報の位置を見る。街道の地図と頭の中で照らし合わせた。
「でも、この群れ。目撃された場所とその進み方。……この調子だと数日でこの村に着くわ」
地図の街道から外れた小さな集落を指で叩く。
「村に傭兵を雇う金がある? 群れを追い返す武力は? ……無いでしょ。商人と違って、逃げ場も金もない。誰かが行かなきゃ村ごと消える。盗賊に商隊が襲われるより桁が違う被害よ。大型のも人里に近いけど、祠に住み着いてる。棲家がハッキリしてる分あと回しでいいわ」
ガイルがしばらく地図を見て――それからぽん、と手を打った。
「……まったくその通りだな。よし、群れからだ」
あっさりしたものだった。自分の案を引っ込めるのに意地も未練もない。正しいと分かれば素直に乗る。……こういう男は組みやすい。
「じゃあ、決まりね」
シフォンが隣で目を輝かせていた。
「さすがヴィヴィお姉様……! 目のつけどころが違います……!」
……お姉様?
まあ、いい。妙に懐かれているのはミラもそうだ。
◆
群れの現在地は、村への街道から少し外れた谷筋だった。岩肌に挟まれた細い窪地に、灰色の背中がびっしりとひしめいている。
グレイウルフの群れ。数は二十を超える。風下に回った俺たちの匂いを嗅ぎつけたのか、何頭かがゆらりと頭をもたげた。低い唸りが谷の底で重なって、腹に触るような厚みのある音になる。
その奥に、一回り大きい個体がいた。あれが主か。毛並みが黒く、目が赤い。動かずにこちらを見据えているだけで、他とは格が違うのが分かる。
……数が多い。一人で来ていたら、囲まれて奴らの餌になっていただろう。
まず、自分に強化をかける。
身体強化。体の芯がじわりと熱を持って、出力が一段上がる。指先まで血が巡り、身体が軽くなって力が入る。調子がいい時って感じだ。
次に、エンチャント。短剣とバスタードソードの刃へ。強化した体で振る得物に、魔力を乗せる。ひやりとした魔力が刃の表面を薄く走った。
刃が薄らと光を帯びる。初心者はこの辺のコモンマジックを最初に買うのが普通らしい。まあ、最初から楽しても......な。
仲間の位置を確かめる。ガイルが前。トッドとシフォンが後ろ。……スタンダードな陣形だ。
盤面を頭に入れ、敵の動き、味方の配置や射線を考える。どう動いてどう倒すかをイメージしておく。臨機応変だけじゃ効率が悪いからな。
問題は――この体が、俺の描いた通りに動いてくれるかどうかだ。
「――行くわよ」
◆
合図と同時に、ガイルが前へ出た。
でかい盾を斜めに構え、突っ込んできた群れの先鋒を正面から受け止める。ガッ、と骨に響く鈍い音がして、飛びかかった一匹が盾に弾かれ、地面に転がった。血の匂いと殺気に釣られた数匹が、続けて一斉にガイルへ殺到する。牙が盾の縁に食い込み、爪が金属を削る嫌な音が重なった。さすがタンカーだ。真っ先に前へ立って、敵の意識を根こそぎ自分へ引きつける。上手い。
その隙に、俺は群れの左側へ回り込む。
ガイルに気を取られ、こちらへ背を向けた一匹。その無防備な首の付け根へ、バスタードソードを横薙ぎに振り抜いた。エンチャントの乗った刃が毛皮と肉を裂き、頸骨をまとめて断ち切る。ずんっ、と重い手応えが腕に返ってきて、断たれた狼が声もなく崩れ落ちた。断面から噴いた血が、生温く手の甲を叩く。
……悪くない。強化さえかかっていれば、今の私でも骨ごと断てる。
トッドの矢が風を裂いて頭上を越えていく。少し離れた一匹の眼を、狙い違わず射抜いた。的確だ。続けてシフォンの魔法が群れの塊のど真ん中へ着弾し、爆ぜた衝撃で数匹がまとめて宙に舞う。焦げた毛の匂いが谷に広がった。
いい火力だ。上級は伊達じゃない。
――と、視界の端で群れが割れた。
数匹が、ガイルの盾を大きく迂回して、後ろのトッドとシフォンへ回り込もうとしている。詠唱と射撃に集中している二人は、横からの奇襲に弱い。
後衛に抜かれかけてる。まずいな。
俺は左手の短剣を逆手に握り直し、空いた右の指先へ意識を集めた。
エナジーボルト。
覚えたての、低位の攻撃魔法。指先から青白い光の弾が弾け飛ぶ。狙いは直撃じゃない。回り込もうとした先頭の一匹の、鼻先の地面へわざと撃ち込んだ。バヂッ、と土が爆ぜて、小石と土煙が跳ね上がる。
顔面に土くれを浴びた数匹が、びくりと足を止め、一斉にこちらを向いた。……釣れた。後衛からターゲットを外せればいい。殺すのはその後だ。
足を止めて牙を剥いたそいつへ、こちらから踏み込む。伸び上がった喉を、逆手の短剣で横一文字に掻き切った。噴き出した血を浴びる前に、もう次の一匹へ身体を運んでいる。
◆
戦いが、流れ始める。
ガイルが正面で受け、俺が横から急所を刺す。トッドが後ろから射抜き、シフォンが取りこぼしを焼き払う。誰かが号令をかけたわけじゃない。ただ、そう動くのが一番効くから、四人が自然とそう動いている。噛み合った歯車みたいに、群れが少しずつ削れていった。
だが、数の圧はしつこい。ガイルの盾が押し寄せる牙の重みに耐えかねて、一瞬、ぐっとたわんだ。腕で支える負荷が限界に近い。
――行くか。
「ガイル、引きなさい!」
私の声に反応して、ガイルが盾を引き、後ろへ跳んだ。押さえの消えた正面へ、狼が二匹、雪崩れ込む。その隙間へ、俺は入れ替わりに身体を滑り込ませた。飛び込んできた二匹の首元へ、バスタードソードを横薙ぎに走らせる。ザンッ、と刃が続けざまに二頭を裂き、生温い血が糸を引いて散った。前を代わってやったこの一拍で、ガイルが盾を構え直し、乱れた呼吸を整える。
次は、回り込もうとした一匹を、トッドの射線へ蹴り込む。強化した脚での回し蹴りが脇腹に突き刺さり、ゴッ、と金属の脛当てが肉にめり込んだ。狼はたたらを踏んで、ちょうどトッドの正面――射程のど真ん中へ転がり出た。すかさず放たれた矢が、眉間を深々と貫いた。
……こっちで仕留めるより、あいつに撃たせた方が早い。なら射線上に蹴り飛ばすのが得策か?
と、シフォンが次の魔法の詠唱に入った。詠唱中の魔法使いは無防備になる。その間、俺は彼女の前に立ちふさがった。横から寄ってきた一匹を、バスタードソードで薙いで牽制する。ほどなく詠唱が完了し、彼女の放った魔法が群れの後方をまとめて薙ぎ払った。
……気づけば、俺が盤面の真ん中に立っていた。
別に、仕切っているつもりはない。綻びそうな所へ、その都度動いているだけだ。だが結果として、三人が俺の動きを軸にして回り始めていた。
……久しぶりだな、こういうのは。
◆
群れはあらかた片付けた。残るは主だけだ。グレイウルフの上位種、グレイハウンド。
黒い狼は、仲間を一頭残らず失ってなお、退こうとしない。腰を低く落とし、赤い目でこちらの動きを一つずつ追っている。他の狼にはなかった、狩る側の落ち着きだ。
……こいつは、正面からやり合わない方がいい。
俺は足を止めず、逆に加速して距離を詰めた。真正面からではなく、斜めに走り抜けざま、エンチャントの乗った刃で前脚を浅く裂く。ぱっと血の線が散った。一撃で仕留めようとは思わない。速さで上回れるうちに、すれ違いざまの浅い一撃を重ねて、じわじわと血を流させ、動きを鈍らせていく。
主が牙を剥いて振り向き、俺の残像へ噛みついた。獲物を取り逃がして、一瞬こちらへ気を取られた、その隙。
「ガイル、今よ!」
声を飛ばす。
横合いから走り込んだガイルの盾が、主の横っ腹へ全力で叩き込まれた。ドッ、と重い音がして、巨体が大きくたたらを踏む。すかさずトッドの矢が片方の眼を潰し、シフォンの魔法が脇腹を焼いた。三方向からの一撃に、さすがの主も体勢を崩す。
主が、大きくよろめいた。
――今だ。
崩れた懐へ一息に踏み込む。バスタードソードを両手で握り直し、首の付け根へ切っ先を合わせ、全体重を乗せて薄く輝く刃を突き入れた。ごり、と骨を断つ手応え。刺したまま柄を捻ると、傷口が開いて血が勢いよく噴き上がる。
黒い狼が、どう、と地面に崩れ落ちた。それきり、動かなかった。
……終わったか。
◆
息を整える。
村は無事に済んだ。群れは全滅し主も討った。依頼は達成だ。
ガイルたちが口々に言う。
「いや、助かったぜ。あの数をあんな綺麗に捌けるとはな」
「連携、めちゃくちゃやりやすかった! あんたを目で追ってると狙いが伝わって来るんだよな」
「さすがです、お姉様……! もう、惚れ惚れしました……!」
……そうか。まあ、大した苦戦じゃなかった。
だが、俺は内心で首を振っていた。
……いや。全然及第点じゃない。
あの主の脚を裂いた一撃。頭ではもっと深く、もっと速く入れたはずだ。ガイルに合図を出すのも半拍、遅れた。後衛に雑魚が抜けたのも、本来なら抜けさせる前に潰せなきゃダメだ。
「大分鈍ってるわね。半年鍛えて、これか。……先は長いわね」
思わずそう漏らした。
――ぴたり、と。
三人の動きが止まった。
「……おい」
ガイルが引きつった顔で言う。
「今の、で……鈍ってる、だと?」
「え、ちょ、待ってくれ」
トッドが青い顔になる。
「今ので鈍ってるって……。俺これ以上の動きなんて想像できないよ」
シフォンだけは違った。
頬を紅潮させて両手を組んでいる。
「……鈍ってて、あれ……。つまり、お姉様、まだまだ伸びるってことじゃないですか……! なんて、なんて尊い……!」
……何よ、その顔。三人とも。
俺はただ、正直に自己採点を言っただけだ。
◆
主の討伐証明を剥ぎ取って村へ寄った。
村人が群れがもう既に滅んだと知って涙を流して喜んでいた。これで夜も怯えずに眠れる、と。……まあ、間に合ったなら何よりだ。
礼だと言って村で一番の宿と飯を出してくれた。
これが思いのほかうまかった。素朴だが、丁寧に作られた飯だ。よく動いた体に染みる。
……悪くない一日だった。
群れは片付いた。次は祠の大型モンスター。その次が盗賊。まだ二本残っている。
だが、それは明日の話だ。今日は、食う。
――さて。おかわりをもらうとしよう。
20話・了
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