第十九話 ギルドマスターの呼び出し
大騒ぎと大宴会をやらかした、翌朝。
案の定というか、ギルドに顔を出すなり、受付のミラが気まずそうな顔で言ってきた。
「あの……ヴィヴィさん。ギルドマスターが、奥へ来いって……」
……まあ、そうなるわな。羽目を外し過ぎた翌朝に呼び出しとは、懐かしいまである。
他国の聖女と騎士っぽい連中を煽り倒して、挙句にギルド中を巻き込んで、全部俺のツケで大宴会。街の平和を預かる側からすりゃ、頭の痛い話だろう。
俺は肩をすくめて、奥のギルドマスター室へ向かった。
◆
ノックすると返事が返って来る。「おう、入れ!」扉を開けると、二人いた。
一人は、でかい男。40がらみで、鎧こそ着ていないが、腕も肩も丸太みたいに太い。座っているだけで、部屋が狭く見える。ギルドマスターだろう。見るからに、腕っ節で成り上がった手合いだ。
もう一人は、その脇の机で書類の山に埋もれている、眼鏡の男。30代の後半ってところか。線が細くて、顔色が悪い。手元には、飲みさしの薬らしき小瓶が転がっている。胃薬か何かだろう。
「よう、来たか。まあ座れ」
でかい方が、にやりと笑って、俺に椅子を勧めた。
「俺がギルドマスターのダン=ドン。そっちの辛気くさいのが、サブマスのクリス=タリスだ」
「聞こえてますよ、マスター」
眼鏡の男が、書類から顔も上げずに、疲れた声で言った。
……ダン=ドンに、クリス=タリス。
「……随分と、適当な偽名ね」
俺がそう言うと、ダン=ドンは、一瞬きょとんとして――それから、腹の底から笑った。
「はっ! ガハハ! お前だってそうじゃねぇか、"ヴィヴィ"さんよ!」
……言うじゃないか。
こっちが見抜いたつもりが、向こうもとっくに見抜いている。奥で書類をめくっていたクリス=タリスも、眼鏡の奥から、ちらとこちらを見た。品定めするような目だ。
……こいつら、ただのギルド職員じゃないな。
名を偽って、それを面と向かって突かれても、眉一つ動かさない。堅気の反応じゃない。特に、この眼鏡。辛気くさい顔をしているが、その奥にある気配が、事務員のそれじゃない。腹の底が、静かすぎる。
まあ、いい。人の名前の裏を詮索するほど、俺も暇じゃない。お互い様だ。
◆
「さて、と」
ダン=ドンが、太い腕を組んだ。
「昨日の件だ。お前なぁ。身分を隠してるとはいえ、どう見ても他国のお偉方な連中を、往来のど真ん中で煽り倒しやがって。挙句に、ギルド総出で大宴会だ。……国境の街で、何してくれてんだ、ええ?」
建前、って顔だった。口ではそう言いながら、目の奥が笑っている。
「まあ、あの女に『毎日、腹筋しなさい』は笑ったけどよ……ぶふっ」
「マスター」
「わ、悪い。つい思い出しちまってな。ガハハ!」
……こっちは本音か。腹を抱えて笑いやがる。
だが、その横で。
「――笑い事じゃ、ないんですよ!!」
バンッ、と机を叩いて、眼鏡の男が立ち上がった。さっきまでの辛気くさい声はどこへやら、悲鳴みたいな声だった。
「国境の中立都市で、他国の武装した連中を挑発! 一歩間違えば、外交問題ですよ!? しかも、宴会の請求書! 見てくださいこの額! 一晩で、樽が何本空いたと――もう、私のデスク、あなた絡みの書類で埋まってるんですからね!?」
……ああ。事務方か。心底、参ってる顔だ。
俺は、こういう手合いを知っている。前世で、嫌ってほど。派手に暴れる連中の尻を、後ろで黙って拭き続ける、補給や事務の人間。こいつらを敵に回すと、ろくな事にならない。前線で威張ってる馬鹿より、よっぽど怖い。
だから、俺は素直にこう言った。
「悪かったわね。宴会のツケ、私の報酬から引いといて。討伐報酬が入るでしょ。足りなきゃ、次の分からも引いていいわ」
眼鏡の男が、ぴたりと止まった。
「……え」
「文句を言うだけの相手より、金を出す相手の方が、あんたも扱いやすいでしょ。書類、増やして悪かったわね」
クリス=タリスは、眼鏡を押し上げて、しばらく俺を見つめて――それから、はぁ、と長い息を吐いた。
「……話が、分かる方で……助かりますぅ……」
涙目だった。心底救われた、という顔だった。
ダン=ドンが、また笑う。
「見ろよクリス、話の分かる新人じゃねぇか」
「マスターも、少しはこの方を見習ってください……」
◆
「で」
俺は、椅子に座り直した。世間話は、ここまでだ。
「本題は? わざわざ奥に呼んで、お小言だけで済ます人たちには見えないけど」
ダン=ドンの目つきが、ほんの少し、変わった。笑ったままだが、目の奥が笑っていない。
「……察しがいいな。気に入った」
そう言って、机に何枚かの依頼票を放った。
「見ての通り、詫びに働いてもらう。うちが手を焼いてる、厄介な討伐依頼だ。何本かある」
俺は、票をめくる。
街道に居着いた盗賊崩れの討伐。討伐失敗が続いてる、群れの主。人里近くまで下りてきた、大型の魔物。……どれも、腕の立つ奴が嫌がる、面倒な案件ばかりだ。手間がかかる上に、危ない。
「なるほどね。厄介払いを、私に押し付けるわけだ」
「人聞きが悪いな。適材適所だ」
ダン=ドンが、にやりとする。
「お前に関する、過去のクエスト報告書を読んだ。お前、直接戦闘を避け搦手を好んで使うな?地形を使い、一体ずつ嵌めて処理する。……こういう厄介な討伐は、力自慢より、頭の回る奴の方が向いてる」
……よく見てやがる。
この男、脳筋の顔をしてちゃんと考えてる様だな。俺の戦い方を、拙い報告書から見抜いてる。腕っ節で成り上がった奴が、腕っ節だけの馬鹿とは限らない、か。
◆
「それと、だ」
ダンは引き出しから一通の封筒を取り出し、目の前に置いた。他のとは、紙の質が違う。上等な紙だ。
「その厄介なのを、全部片付けたら――最後に、大口の仕事がある」
「大口?」
「護衛だ。それも、かなりのお偉いさんのな」
俺は、その一枚を手に取ろうとして――
「おっと。中身は、まだ見せられん」
ダン=ドンが、太い指で封筒を押さえた。
「討伐を全部こなして、お前の腕を見せてからだ。生半可な奴に任せられる相手じゃない。……行き先も、警護する相手も、その時に話す」
……もったいぶるじゃないか。
だが、この男の口ぶり。ただの金持ちの護衛、って感じじゃない。「お偉いさん」、ね。
「……いいわ。受けてあげる」
俺は、討伐票を、まとめて手に取った。
「厄介なのを片付けりゃいいんでしょ。さっさと済ませて、その『お偉いさん』とやらの顔を、拝ませてもらうわ」
「はっ、言うねぇ。ガハハ!」
「期間は二月の間です。……くれぐれも、また請求書を増やさないでくださいね……」
クリス=タリスの、力ない声を背に、俺はマスター室を出た。
◆
さて。厄介な討伐が、三本。
面倒だが金にはなるし、悪い話じゃない。
仲間を集めなきゃならないだろう。ソロで当たるには規模が大きい。
厄介事の前には、しっかり食っておくに限る。確か今日は新作メニューの販売開始日だ。
……肉料理だといいな。
19話・了
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