第二話 名乗り
さて。
行き先を決めなければならない。
王都には戻れない。戻ったところで、待っているのは二度目の断罪だけだ。
記憶を辿る。この体が覚えている、大陸の地理。
北へ向かえば山だ。冬が来れば死ぬ。
東の隣国は関係が悪い。国境で身元を洗われれば面倒になる。
そうなると南だな、地理的に考えて暖かくなるし大きな町が多い方が情報も集めやすい。
王国の南端、中央の統治が緩む一帯に、交易で栄えた自由都市がある。
身分を問う者は少なく、金と腕さえあれば生きていける土地。
成り上がりを考えるなら、王国はシステム的においしくない。血統レースに参加するには結婚するしか、方法が無いからだ。この身体の……、そう言えば名前がのっていたな。「ヴィオレッタ・ヴァレンシュタイン 称号 元公爵令嬢か」大層な階級のお嬢様だったか。そのまま名乗れば面倒になるな。
ヴィオレッタなら普通はヴィオかレッタってとこだが、それじゃ匂いが残り過ぎだな。
イニシャルはVWだからWをVVに見立ててVVVでヴィヴィでどうだ?
……返事がある訳じゃないしな。対外的にはヴィヴィと名乗ろう。
そう決めた瞬間ボードの名前欄がヴィヴィに変化した。中々にアップデートが早いな。
決まりだ。
元公爵令嬢……その辺がこの状況の原因だろうな。どうせ転生させてくれるなら1からやらせてくれると嬉しかったんだが、まあ生きてるだけで儲けと考えるべきか。
名前も決まり目的地も決まった。日の位置を確かめて、歩き出す。
◆
日が落ちるまでに、5kmほど進んだ。前世の俺なら10倍は余裕で歩いただろうと思ったが、令嬢の身体にしてはちゃんと運動していたのが分かる。
水場の近く、岩がひさしのように張り出した場所を見つけて、そこを塒に決めた。
枯れ枝を集める。指先に意識を集めて、コモンの着火を唱える。
ぽ、と小さな火が灯った。
知らないのに知ってる感覚が不思議だったが、火があるのは非常に助かる。
ヴィオレッタは明らかに令嬢だ。当然生水なんか飲ませたら一気に動けなくなる可能性がある。
滝つぼに落ちた時に結構飲んでしまったが、早めに吐き出したのが良かったのか身体に異常は感じられなかった。
ステータスボードが今の思考に反応し開こうとしている。この自動展開はやめて欲しいなと考えたら待機する様になった。視界の右下辺りに小さくなって待機している。UIみたいだ。
意識をそこに持っていくとボードが広がった。スキルの項目が赤くなっている。
軽くタップしてみると固有スキルの項目が出てきた。
頑健
打撃、落下、刺突に耐える。骨と内臓が損傷しにくい。
健康
病、毒、暑熱、寒冷に耐える。治癒が速い。
タフネス
苦痛、疲労、恐怖の影響を軽減する。
おいおい、根性型の令嬢なんて居るんだな。これ全部「丈夫」って事じゃないか。
スキルを授かった日、ヴィオレッタはお嬢様らしくない固有スキルにガッカリした記憶が残ってる。
この世界ではスキルを授かると自然に把握するらしい。
だが、派手では無いがこの特性はソルジャーとしては素晴らしいスキルだ。
実に鍛え甲斐がある。
火の番をしながら、明日の算段をつけた。まずは森を出て、街道を探す。村があれば食い物が手に入るだろうし。南へ下る乗り合い馬車も、街道沿いなら走っているはずだ。
鞄の金を思い出す。馬車賃なら、なんとかなるだろう。宿は無理だろうな。
寝るのは今夜と同じ、屋根のない場所になるだろう。
スキルが有ると言っても歩き通しで南まで保つ体じゃない。
乗り合い馬車があれば乗った方がいいだろう。
都市に着いたら、まず金を稼ぐ手立てを――
そこまで考えて、まぶたが落ちた。
体が限界だった。
◆
――。
「――ッ!」
跳ね起きた。
心臓がどきどきと暴れている。全身に汗。息が上がっている。
焚火は消えかけていた。夜の森は静かだ。獣の気配もない。何も起きていない。
なのに、胸の奥が煮えている。
どす黒い、灼けるような何かが、体の芯で暴れていた。
……なんだ、これは。
俺のものじゃない。
怖い夢を見たとか言う精神年齢でも無いしな。
なのに、この感情だけが鮮明に心の中心にある。
憎い。
誰かを、何かを、殺したいほどに憎い。
……ああ。
この体の、ヴィオレッタが残していったものか。
頭は冷えていく。
だが、その胸の熱だけは、いつまでも引かなかった。
2話・了
ここまで読んで頂き、ありがとうございました!
「続きが読みたい!」「面白かった!」と思っていただけたら、
ページ下部にある**【★★★★★】評価や【ブックマーク】、【いいね】**を押していただけると更新の励みになります!
特に★評価とブックマークは作品のランキングに直結するため、応援していただけると本当に嬉しいです!




