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元傭兵のおっさん。追放された悪役令嬢に転生したので、もっと悪逆非道に生きてみた~物語は語られない所でも動いている~  作者: ななよん
一章 成長編

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第十七話 閑話 ミラの|信仰《あこがれ》

※毎朝4:00頃に投稿中!

挿絵(By みてみん)

私、ミラには憧れの人がいる。


 冒険者ギルド、トラペジア支部の受付嬢。それが表向きの私だ。でも、もう一つ私には大事な役目がある。


 「ヴィヴィさん親衛隊」、隊長。

 ……いえ、笑わないでください。ちゃんとした組織なんです。隊員はギルドの女性職員に、女性冒険者、それに商店街の奥さんたちまで。ヴィヴィさんの気高さと強さに憧れる者が自然と集まって、気づけばこの人数になっていました。誰かが言い出したわけじゃない。あの方の生き様が勝手に人を惹きつけるんです。


 半年前、酔っ払いに絡まれていた私を助けてくれたのが始まりでした。あの時のヴィヴィさんは、まだ細くて頼りなくて。それが今では、街一番の――いえ、私の中では大陸一の頼れる女性です。


 その姿を隊長として、一番近くで見てきました。


 ……ええ。一番近くで見てきたんです。


 だから、知っています。



             ◆



 昼下がりのギルドは、いつも通り騒がしい。


 依頼を終えた冒険者が報酬を受け取りに列を作る。その中に、ヴィヴィさんの姿もあった。


 と、その後ろから一人の老人がそろそろと近づいていく。


 ……出た。ドナルドじいさんだ。


 この街の名物、というか、名物の中でも札付き。若い女と見ればお尻でも胸でも触ろうとする、筋金入りのセクハラじいさんである。憲兵に突き出されないのは、ひとえにその触り方が芸術の域だからだ。触られた本人が気づかないうちに、すっと。まるで風のように。


 そのドナルドじいさんが、腰を落とし、指を構え、ヴィヴィさんの背後で機をうかがっている。


 (あっ、隊長として止めなきゃ)


 私が受付から身を乗り出しかけた、その時。


 おじいさんの手が、動いた。


 ヴィヴィさんのお尻へ向かって、迷いのないフェイント。右へ行くと見せて、左下から。長年の経験が凝縮された達人の一手。


 ――ぱしっ。


 ヴィヴィさんは、振り向きもせず、後ろ手でその手首を掴んでいた。


 じいさんの顔がくしゃっと歪む。悔しさと、それからどこか満足そうな。


「……ふぉっふぉ。今日も、届かんかったわい」


「当たり前でしょう。いい加減、諦めなさい」


 ヴィヴィさんは、じいさんの手をぽいと放して、何事もなかったように列に戻った。


 ……いつ見ても、すごい。


 実は、半年前は違ったんです。あの頃のヴィヴィさんは、じいさんに普通に触られていた。


 それが今は、どんなフェイントも通じない。じいさんが日々編み出す新技を全部見もせずにいなしてしまう。


 この街の誰も知らないでしょうけど、私は知っています。ヴィヴィさんの成長は、あのじいさんの手が一番正確に測っているんです。もはや二人の攻防は、様式美。街の風物詩と言ってもいい。


 ……いえ、褒めてはいません。ドナルドじいさんは、ちゃんと反省してください。

後私を見て残念そうに同情の目線を送るのも辞めてください。命日にしますよ?


             ◆



 成長したのは、ヴィヴィさんだけじゃありません。


 ……こう見えて、私もなんです。


 例えば、レグさん。ずいぶん前、ヴィヴィさんが登録した日に、絡んでいった大男です。あの時は、それはもう鮮やかにヴィヴィさんに"ご指導"を受けていましたけど。


 昔の私なら、あんな強面の巨漢に凄まれたら、それだけで足がすくんで、声も出せませんでした。


 でも、今は違います。


「あら、レグさん。またその態度ですか?」


 にっこり笑って、小首を傾げて、私は尋ねます。


「……ふふ。片方だけ、右と左、どちらにします?」


 レグさんは、みるみる青ざめて、そそくさと退散していきました。


 ……あら? どうしたんでしょう。


 ちなみに、なぜか近くで聞いていた男性職員と男性冒険者の皆さんまで、一様に股間を押さえて青くなっていました。



             ◆



 その日の夕方。


 私が書類を運んでいると、酒場兼休憩所の隅で、男性冒険者が数人、何やらこそこそ話しているのが目に入りました。


「……なあ。あのミラちゃんよ。昔は、背後に子猫が見えるみたいで、可愛かったよなぁ」


「あー……。今は完全にサーベルタイガーだな。牙まで見えるわ」


「わかる。でも俺、あのサーベルタイガーなミラちゃんに……ちょっとゾクゾクすんだよな」


「はぁ?」


「……つーか、お前ら気づいてるか。そのサーベルタイガーの、さらに後ろに――フェンリルが居るからな」


「…………ヴィヴィさんか」


「飼い主がアレじゃ、子猫にも牙が生えるわな」


「……見た目は、美人と可愛いで最高なんだけどなぁ」


 男たちの深い深いため息が、休憩所に重なった。


 ……ん? 何か辛い事でもあったのかな?



             ◆



 ヴィヴィさんがモテるのは、もう街中が知っている。


 あれだけお美しくて、スタイルも良くて、その上お強いんだから、当然だ。毎日のように男たちが言い寄っては、あしらわれている。


 その断り方が、またかっこいいんです。


 軽薄な口説き文句には、にっこり笑って、きっぱりと。粘る相手には、氷みたいに冷たい一言で。


 ときどき、身の程知らずが酔った勢いで体に触ろうとすることもある。そういう時のヴィヴィさんは――怖い。


 無表情のまま、すっと手が伸びて、次の瞬間には相手が床に伸びている。悲鳴も怒鳴り声もない。ただ、静かに的確に。


 少し前なんて、ひどいのがいました。ヴィヴィさんの前で、延々と愛を語り出したナルシストの色男。「運命だ」だの「君を幸せにする」だの。


 ヴィヴィさんは、しばらく黙って聞いていましたけど。不意に翻って綺麗な後ろ回し蹴りで強制終了されてました。


 ……次の日から、その人はしばらく寝台から起き上がれなかった、と聞きます。


 (見てません。私は、何も見てません)


 最近では、たいていの馬鹿は、ヴィヴィさんがひと睨みするだけで、静かになります。学習したんですね。楽なものです。



             ◆



 そう。私は、知っているんです。


 ヴィヴィさんが、ただお優しくて強いだけの人じゃない、ってことを。


 あの、男を沈める時のためらいのない一撃。怒りも興奮もない、あの目。まるで虫でも払うみたいな――


 この間なんて、しつこく絡んだ男を一人、無表情で沈めた後。私と目が合いました。


 その瞬間の、ヴィヴィさんの目。


 ……ぞくっとしました。あんな綺麗な目を、あんなに何も映さない目を、私は他に知りません。


 隊長になって、場数を踏んで、私は前より色々なものが見えるようになりました。ヴィヴィさんのふとした瞬間に覗く、底の知れない何か。ああ、この方は、私が思うよりずっと――


 (――ヴィヴィさんは、いい人。ヴィヴィさんは、いい人)


 いけない。私は、隊長です。


 (ヴィヴィさんは、いい人。ヴィヴィさんは、いい人。ヴィヴィさんは、いい人)


 心の中で繰り返します。大丈夫。大丈夫です。


 ヴィヴィさんは、お美しくて、お強くて、頼れるいい人。それでいいんです。それ以外は見ないと決めています。


 ……そう、決まっているんですから。



             ◆



 夕方近く、若い冒険者が青い顔で酒場に転がり込んできた、という話が受付まで流れてきた。


 なんでも、思い切ってヴィヴィさんに告白したらしい。


「そしたらよ……じーっと、見詰められてよ。何も言わずに。そんで俺、なんでか知らねぇけど、背筋がゾクーッと寒くなって……気づいたら、逃げてた」


 仲間に囲まれて、その子はまだ震えていたそうだ。


 ……ええ。分かります。


 あれは、たぶんそういう目です。私は、もう何度も見ています。


 でも。


 (見てません。私は、何も見てません)


 告白して無事に帰ってこられただけ、あなたは運がいい方ですよ。……とは、口が裂けても言いませんけど。



             ◆



 報酬を受け取ったヴィヴィさんが、ギルドを出ていく。


 その背中を見送っていると、隣で受付をしていた古株の職員がぽつりとこぼした。


「しかしよぉ。あんな別嬪で、スタイルも良くて、おまけに滅法強いってんだから……世の中、不公平だよなぁ」


 ……む。聞き捨てなりません。


 私が口を開くより先に、同僚が鼻で笑った。


「ばぁか。あの嬢ちゃんの強さは、あの嬢ちゃんが自分で積み上げたもんだろうが。半年前、まだ初級で、泥だらけで依頼こなしてた頃から見てるやつなら、皆知ってる。文句があるなら、お前も同じだけ汗かいてから言え」


「……違いねぇ」


 二人は笑って、仕事に戻った。


 私はなんだか誇らしくなって、少しだけ胸を張りました。


 そうなんです。ヴィヴィさんの強さも、美しさも、全部、あの方が毎日休まず積み上げてきたもの。棚から降ってきたものなんて、一つもない。


 それを知っているから、私たちは憧れるんです。



             ◆



 その日の仕事を終えて、私は帰り支度をしていた。


 ふと、ギルドの隅が目に入る。


 ――ヴィヴィさんが、まだいた。壁際で、お酒でも飲んでいたのでしょうか。


 そして、その方へすっと近づいていく人影が一つ。


 ……ガイルさん。


 上級冒険者で、女好きで有名なあの軽薄な人。そのガイルさんが、ヴィヴィさんのすぐ隣に。しかも、顔を寄せて。耳元に、何か囁こうとしている。


 ――っ!


 私の中で、何かがぶちっと切れる音がしました。


 (ガイルさん……!! ヴィヴィさんに、なんてことを……!!)


 だめだ。あの距離は、だめだ。口説きだ。いや、口説きどころか、耳元でって、それはもう。隊長として、看過できません。


 「がるるる」という音が、自分の喉から出た気がします。


 私は、受付を飛び出して、つかつかと二人のもとへ突撃しました。ガイルさんの背中を、ひっぱたく勢いで。


 その距離が縮んだ、一瞬。


 ガイルさんの低い囁きの切れ端が、私の耳にも届きました。


「…………探って……」


「…………あの女……」


「……気をつけて」


 ――え?


 振り上げた手が、止まる。


 ……あれ? これ、口説いてる、んじゃ……ない?


 ヴィヴィさんの横顔から、いつもの余裕がすっと消えていました。ガイルさんも、いつものへらへらした顔をしていない。


 探ってる? あの女? 気をつけて……?


 (え……? ヴィヴィさん、何か……危ないの……?)


 振り上げた拳の行き場も忘れて、私はその場に立ち尽くしました。



17話・了

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