第十六話 コモンとソーサリー
中級冒険者になってから、稼ぎがガラッと変わった。
理由は単純、狩る相手が変わったからだ。
初級の頃に相手してたコボルトなんて、一匹で銀貨1枚——1,000円ぽっちだ。それがグレイウルフになると銀貨5枚。ポイズンリザードやジャイアントクロウ、ジャイアントスパイダーあたりになると、一体で金貨1〜3枚にもなる。
もっとも、そのクラスはソロじゃリスクが厳しくてパーティ討伐が基本だ。頭割りにすれば実入りはガクッと減る。うまくできてるよなぁ、世の中。
それでも、ソロの私は長剣を買って空にした財布も、そうかからずに元通りになった。
これで魔法を買いに行っても肉を減らさなくて済むといいんだが。
◆
魔法省系列の魔法具店は、ギルドの並びから少し外れた石造りの建物だった。武具屋とは格が違う。扉も窓もやたら重厚で、役所の出張所みたいな面構えをしている。
中に入ると、ひんやりした空気が肌を撫でた。棚には、革表紙の本がずらりと並んでいる。魔導書だ。
といっても、持ち帰る商品じゃない。魔導書に目を通せば、術はそのまま術者の記憶領域に登録される。
この世界の魔法は地球で言う銃の様なものだ。
水晶登録に金貨3枚、登録時に適性検査を兼ねてるからここで適性が無いと金貨3枚が鑑定料金でチャラだ。
魔力波形と適性で登録されると、以後はマジックホルダーと呼ばれる様になる。
私はステータスボードで適正があると知ってるから問題ないが普通だったら金貨3枚はちょっと手が出しづらい。
「いらっしゃいませ」
奥から店員が出てきた。魔法省の紋章を入れた、きっちりした身なりの男だ。武具屋の親父の無精髭とは大違いで、いかにも隙のない事務員って顔をしている。
「本日は、どのような魔法をお求めで?」
「生活魔法をいくつかと。あとは、武器の強化と、身体の強化を」
「コモンマジックですね。かしこまりました」
◆
まずは、生活魔法から。
案内された棚の値札は、どれも2銀貨。小銭だ。
そういえば俺——というかヴィオレッタは、生活魔法をほとんど覚えていなかった。使えるのは着火くらいのもんだ。
まあ、公爵令嬢だもんな。水が欲しけりゃ使用人が汲んでくるし、濡れたら侍女が拭いてくれる。自分で水を出す魔法なんて、覚える理由がどこにもない。
でも俺は知ってるぞ。水がタダで出せるってのが、どれだけ有難いか。前世でさんざん苦労したからな。
ウォーター。水を出す。
ドライ。乾かす。
ウィンド。風を起こす。
ライト。灯りをともす。
この四つをもらっていこう。これで生活魔法はコンプしたな。
「では、こちらで登録を」
店員がウォーターの魔導書を手に取り、表紙に指を滑らせて何やら呟いた。店で売る魔導書には鍵がかかってるらしい。客が勝手に開けないようにって用心だろう。
鍵を外した本を、差し出される。
「どうぞ。目を通してください」
言われた通り、革表紙を開く。
文字が、すーっと目に流れ込んでくる。読んでる感覚はないのに、気づいたら頭の中にちゃんと収まってる。
試しに、指先へ意識を集めてみる。
ぽたり、と水が滴った。うん、ちゃんと出る。
残りの三つも、同じ手順でさくっと登録した。締めて、8銀貨。
◆
次は、戦闘用のコモンだ。武具屋の親父が言ってた、あの二つ。
エンチャントウェポン。武器に強化を纏わせるやつ。実体を持たないゴースト系にも剣撃が入る様になるおまけ付きだ。
ブーストステータス。身体を強化するやつ。身体系ステータスを何%か底上げしてくれる強化魔法だ。
値札は、どっちも5銀貨。まだちょっと重い剣に下駄を履かせられるなら、安いもんだ。
同じように登録を済ませる。これで頭の中に、術が二つ増えた。
◆
最後は、ソーサリーマジックだ。
店の一番奥。ここだけ、明らかに雰囲気が違った。魔導書はガラスの棚に収められ、専用のカウンターまで設けてある。
「ソーサリーマジックをご希望の場合は、まず個人登録が必要になります」
店員の口調が、ちょっと硬くなった。
コモンは誰でも買えるが、ソーサリーはそうはいかないらしい。まあ、攻撃魔法だからな。誰が何を覚えたか、魔法省が把握しときたいんだろう。物騒な力を野放しにする国の方が、どうかしてる。真っ当な話だ。
「登録料は3金貨。よろしいですか?」
……登録するだけで3金貨か。
覚える前から手続きで金を取られるあたり、役所仕事ってのはどこの世界も変わらんなぁ。渋いけど、払わなきゃ始まらない。頷いておく。
カウンターには、拳ぐらいの水晶が据えられていた。
「こちらに手をかざしてください。魔力量と固有の波動を登録します。同時に、適性も測れますので」
言われるまま、手をかざす。ほんのり温かい。
水晶が淡く光って、すぐに収まった。
「——はい、結構です。ソーサリーの適性、問題ございません」
手をかざして、光って、終わり。健康診断の方がまだ手間がかかるぞ、これ。これで3金貨か。
「では、お求めの魔法は?」
「エナジーボルトを」
「かしこまりました。5金貨になります」
低位の攻撃魔法だ。今まで近い間合いしか持ってなかった俺に、初めて遠くへ届く手段が加わる。悪くない。
ガラスの棚から出された一冊を、同じように鍵を外して差し出してくる。
開く。頭の中に、また一つ術が収まった。
攻撃魔法だし、さすがに店の中で試し撃ちはできない。感触を確かめるのは、次の仕事の時だな。
◆
他にも欲しい魔法や気になる魔法も多かったが、今日は我慢して支払いを済ませる。
生活魔法とコモン二つで、締めて18銀貨。ここまでは小銭だ。だが、ソーサリーは登録に3金貨、呪文本体に5金貨。
………また8万か。
まあ、いい。自己投資は、悪い使い方じゃないさ。首飾りや宝石に消えるよりは、よっぽどマシだ。それに買ったものは全部この身の中。盗まれもしないし、失くしもしない。他の魔法もチラッと見たが値段がピンキリだ。ランクで価格が変わるらしく、ランク1は一律で金貨5枚、ランク2が10枚。そこからランク5くらいまでが店売りで、ランク6より上はロストマジック扱い——物によっては金貨1000枚や1500枚なんてのもあるらしい。
俺は、生活魔法4、コモンマジック2、ソーサリーマジック1を覚え、手ぶらで店を出た。
◆
外に出ると、日はまだ高かった。
欠けてたピースが、一つ埋まった気がする。
もっとも、覚えただけの術なんて、まだ使い物にならない。剣と一緒だ。何度も振って、体に馴染ませて、やっと武器になる。魔法だって、そこは同じだろう。
それはそれとして——当分また、肉は控えめの飯だなぁ、これ。
金が貯まったら買いたい魔法がいくつも有るし悩み所だ……
悩んだ上で、いっぱい食べていっぱい働けばいい!と言う結論に達したので肉を頼む。
16話・了
ここまで読んで頂き、ありがとうございました!
「続きが読みたい!」「面白かった!」と思っていただけたら、
ページ下部にある**【★★★★★】評価や【ブックマーク】、【いいね】**を押していただけると更新の励みになります!
特に★評価とブックマークは作品のランキングに直結するため、応援していただけると本当に嬉しいです!




