第十五話 |綻《ほころ》び
完璧だった。
わたしは自分に、もう何度目かも分からない褒め言葉を贈る。
だって本当に、一箇所残らず綺麗にクリアしたんだもの。
視界の隅に、そっと指を伸ばす。誰にも見えない、わたしだけのページ。
固有スキル 攻略本。
前世でやり込んだ乙女ゲーム『白銀の薔薇』の知識が、そのまま形になった、わたしの固有スキル。フラグも、正解の選択肢も、この世界の全てが、ここに載っている。
めくれば、目次に達成の印がずらりと並ぶ。
『王子攻略A』――クリア。
『聖女叙任』――クリア。
『舞踏会イベント』――クリア。
・・・・・・・
気持ちいい。ぞくぞくする。だってこれ、全部わたしがこの手で埋めたんだもの。
平民生まれのわたしが、聖女さまになって、王宮に上がって、殿下の心を射止めるまで。攻略本の通り、一手も間違えずにクリアした。
王子アルヴィン殿下。前世で13周した、わたしの一番の推しキャラ。攻略難易度は最高ランク。生半可なプレイヤーじゃ個別ルートにすら入れない、あの人を。
落とした。完璧に。
聖女の称号だってそう。回復魔法の最上位、聖癒。命の灯が少しでも残ってれば、傷も毒も呪いも消し飛ばして、バフまでかけちゃうチート魔法。教会の偉い人たちが目を丸くしていたわ!
ね、まるでゲームのヒロインでしょう?
……ううん。ヒロインそのものよ。だってこれは、わたしのお話なんだから。
◆
物語は、もうすぐ終わる。ハッピーエンドまで、あと一つ。
最後のキークエスト――『断罪の後始末』。
悪役令嬢、ヴィオレッタ・ヴァレンシュタイン。生意気で、高慢で、殿下の隣に立つ資格なんて無かった女。
攻略本の指示通り、わたしはあの女を断罪の舞台に上げた。ありもしない罪をでっち上げて。証拠なんて要らない。だって、そういうシナリオだもの。
……正直に言うとね。あの女だけは、少しだけ怖かった。
攻略本には、はっきり書いてあった。あの女が本来の力に目覚めたら、ヒロインは絶対に勝てないって。それが、この物語でたった一つの負けフラグ。
だから、死ぬ気で潰した。芽のうちに徹底的に。目覚める隙なんて、一瞬だって与えなかった。
おかげで断罪の頃には、あの女はもう、剣もまともに握れない、ただ歌が上手いだけの令嬢に成り下がってた。固有スキルなんて、丈夫なだけの脳筋パッシブ。武門の公爵家からも捨てられて、無様ったらなかったわ。
正に、「ざまぁ」って感じね。
あとは筋書き通り。追放されたあの女は、滝壺に身を投げる。無様に。
滝壺よ。あんな所に顔面から落ちて、顔がぐちゃぐちゃになっちゃうの。攻略本にも、ヴィオレッタの悲惨な最後が載ってるわ。つまり――確定で、死ぬ。
そして伯爵家の長男が、その顔面がぐちゃぐちゃになった遺体を回収してくる。それを殿下が見届けて、ようやく結婚エンドへの道が開く。
わたしの、ハッピーエンド。
……の、はずだった。
なのに。
待てど暮らせど、その知らせが来ない。遺体を回収した、の一言が。
3日。5日。1週間。
おかしいわね。攻略本だと、断罪の翌々日には長男が滝壺に着いてる。とっくに報告が届いてないと、計算が合わない。
でも、大丈夫。攻略本は間違えたことが無い。
ゲームと違ってリアルになったんだもん、それはきっと、伯爵家の誰かがもたついてるだけ。世界の方が、少しだけ遅れてるだけ。
わたしは何も悪くない。わたしは全部、正しくやったもの。
◆
結局、我慢できなくなった。
聖女の名前を使えば、人ひとり走らせるくらい、わけもない。信頼できる神官を一人、南へやった。神の啓示があったから滝壺の様子を見て来て、と。
戻ってきた神官の顔は、真っ白だった。
「聖女様……伯爵家のご長男が、亡くなっておられました」
……え。
「護衛の3名も、全員。街道沿いに、遺体で見つかったとの事です」
待って。
頭の中が、白くなった。
死んだ? 4人が?
……いいえ。大丈夫。わたしがいる。セイクリッドヒールがある。命の灯さえ残っていれば――
でも神官は、静かに首を振った。見つかった時にはもう冷たくなっていた、と。何日も前に。南の、遠い遠い街道で。
わたしの手なんて、とっくに届かない場所で。灯は、とうに消えていた。
わたしのチートが、初めて、なんの役にも立たなかった。
◆
どうして。
どうして、こんなことになるの?
わたし、あんなに頑張ったのに。攻略本の通り、ここまで来たのに。どうしてわたしばっかり、こんな目に遭うの。
ひどい。あんまりだわ。誰かが、わたしの物語を、めちゃくちゃにしようとしてるんだわ。
――ううん。落ち着いて。落ち着くのよ、リーゼロッテ。
キークエストの見落としかもしれない、よくある事だもの。フラグの立て忘れ。順番の入れ違い。どこかで一つ、拾い忘れたクエストがあるのよ。それを見つけて回収すれば、物語はちゃんと元に戻るはず。
だってこの世界は、わたしのために出来てるんだから。
震える指で、攻略本をめくる。上から一つずつ、達成済みのクエストを、洗い直していく。
『王子攻略A』――クリア。
『聖女叙任』――クリア。
『断罪の演出』――クリア。
数十有るクエストは間違いなくクリアになってる。
どれも間違ってない。全部、埋まってる。
順番に、下へ。最後のページへ。
『断罪の後始末』。その先に、結婚エンドのページがあるはず。
わたしは、ページをめくった。
――その先は、真っ白だった。
なにも、書いてない。一文字も。
まるで、ここから先の物語を、この世界の誰ひとり、知らないみたいに。
わたしはすぐに、人をやった。伯爵を殺した誰かと、ヴィオレッタ。その両方を探させる。
別人ならいい。行きずりの盗賊でも、逆恨みの誰かでも、なんでもいいの。伯爵を殺したのが、あの女じゃなければ。
でも、もし。あの女が生きていて、あの女が伯爵を殺したのだとしたら――
……ううん。ありえない。
いくら武門の生まれでも、あそこまで弱らせた女が、伯爵と護衛三人を殺せるはずがない。だって、そうなるようにわたしが攻略本で仕組んだんだもの。間違いない。わたしは間違えない。
とにかく、犯人か、ヴィオレッタの遺体。どちらかを見つけなきゃ、わたしのハッピーエンドが来てくれないじゃない。
なのに、わたしの手は届かなかった。聖女なんて呼ばれても、勝手に動かせる人はほんの一握り。
案の定、捜査ははかどらない。……そうよね。神官に人探しだなんて、そもそも無理な話だったのよ。
1ヶ月。2ヶ月。3ヶ月。
何も出てこない。
半年が過ぎた、ある日。隣の……なんて言ったかしら。そう、七都市同盟。そこから来た商人が、気になることを話していた。
半年前に殺された伯爵の軍馬が、自由都市トラペジアで売られていた、って。
――トラペジア。
もう、居ても立っても居られなかった。
わたしは、殿下の――アルヴィン殿下のもとへ走った。
15話・了
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