第十四話 継続と結果
この街に流れ着いてから、半年が経った。
胸筋に押されて張りの強い大きめの胸、薄っすら筋の見える腹と尻、太くなった太もも。しなやかさは保ったまま、最大筋力は大幅に上がった。戦闘系スキルは、前世の6〜7割ってところだ。まだまだだが、大半の冒険者が認めるくらいには来た。
半年でここまで来れば、初級を卒業するには十分すぎる。
◆
武具屋の店主は、半年ぶりに現れた俺を一目見て、ニヤッと笑った。
「よう、いらっしゃい。今日は何が必要なんだ?」
話が早くて助かる。
「ちょっと重い武器を選ぼうと思ってね。できればリーチのあるやつ」
半年前、成長前だった私はここで武器を買わなかった。防具だけ一流を揃えて、武器は諦めたままだった。あの頃は、まともに振れなかったからな。半年でそれなりに稼いで懐も暖かくなったし、そろそろいいだろう。
「ふむ、リーチと重さならポールウェポンが定番だが、お前さんの体つきだとスピードとパワーの両立って感じだな。戦いに緩急を付けるなら、いいのがある。ちょっと待ってろ」
そう言って店主は奥へ引っ込み、かなりの長さの剣を手に戻ってきた。
「バスタードソード。片手でも両手でも扱える長剣だ。重さはツヴァイハンダーやグレートソードに及ばないが、速さを足してやりゃ十分パワーが出る。持ってみろ」
渡された柄を握る。この半年でボロボロにした武骨な指に、吸い付くように馴染んだ。片手だと今の私でもやや重いが、両手でなら余裕だ。
「持ち手の位置を前にずらせば、もっと扱いやすくできるが、どうする?」
この親父、俺がこの剣を気に入ったのを見抜いて、もう調整の話まで振ってきやがる。
「いや、このままでいい。まだ筋力は上げるつもりなんでね」
「それ以上、筋力で盛っちまうとスピードが死ぬぞ? 魔法は使えないのか?」
なんでここで魔法の話が? とキョトンとしていると、
「何だ、知らなかったのか? 魔法にはな、エンチャントウェポンとかファイアウェポンみたいな武器に纏わす強化魔法と、身体強化魔法があるんだぞ?」
そういえばミラが何かそんな話をしてた気がするが、魔法は後回し、って決め打ってたからな。
「あんたなら、自己強化系スキルと魔法で、かなりの戦闘力を持てるだろうよ。あとは武器を魔法武器にするのが基本だが……失敗すると武器が壊れるから、腕のいい付与術師を選ばなきゃならん。金も食うぞ」
なるほど。このまま筋肉ばかり増やしたら、確かに速さに響く。魔法武器は予算的に厳しいから後回しにするとして……魔法か。
黙って考え込む俺をよそに、店主はバスタードソードの鞘にベルトを付けていた。
「この剣は、あんたの背丈だと腰にぶら下げるのは無理だ。背負うか、後ろ腰に横差しにするかだな。どうする?」
後ろ腰だと、歩く時に左右へ突き出して邪魔だな。
「背負うよ。抜くたびにベルトを外さなきゃならないけど」
剣が長けりゃ、背負ったまま抜けないのは当たり前だ。単純な物理の話だからな。
「まあ、そうだろうな。横開き式の鞘もあるが、使い勝手がいいわけでもない。その代わり、ベルトの着脱が楽になるようバックル式にしといてやった。多少高くなるがな」
値段を聞いて、ウェッという顔になる。
バスタードソードで金貨30枚、バックル付きベルトで金貨5枚。金貨1枚が10,000円くらいの感覚だから、締めて35万円か。金は足りるが、また肉の少ない飯に逆戻りだな。
◆
支払いを済ませて、店を出る。ここからギルド主催の昇級クエストだ。
その見届け人に、ガイルが立候補した。
「ガイルさん。ヴィヴィさんに手を出したら、ギルド総出で殺しますからね?」
「ミラちゃん、冗談だよね? 冗談は笑って言った方がいいよ? 誤解されちゃうからね?」
冷や汗の止まらないガイルと、ニッコリ笑うミラ。……こいつら、放っておこう。
◆
街を出て、山へ向かう。山道は、厳しいというほどでもない。脱初心者の試験だ、難易度も高くはないんだろう。
それほど険しくもない道を進んで、山中深くまで来た頃。見届け人のガイルが、口を開いた。
「君、ヴィオレッタ・ヴァレンシュタイン公爵令嬢だよね?」
「半年前、街道沿いで伯爵家長男を含む4名が殺された事件、覚えてるかい?」
一瞬驚いたが、すぐに得心がいった。ああ、この男は知ってるんだ。そしてこの半年、俺を観察してきたわけだ。ただのチャラ男じゃないとは思っていたが、なかなか優秀な男だな。
「それで? この山中クエストで私を仕留めて、王国にでも売るつもり?」
「何だ、否定しないんだな? 今の君ならまだしも、半年前の君が、腕の立つ護衛3人と伯爵家長男を一方的に殺したなんて、普通は信じないぜ?」
「でも、あなたは確信してるんでしょう?」
歩きながら、バックルに指をかける。
「ああ。君以外あり得ないと確信してるさ。あれは普通の戦闘痕じゃなかった。暗殺系の殺し方だ。それに君、この街に着いてすぐ馬を売っただろ? 駄馬ばかりの馬屋に、上等な軍馬を二束三文で売った女がいたって噂だったぜ?」
頭を殴られた思いだった。あー、あれかー。甘かった。それならもっと早くに馬を放して、歩いて街に入るんだった。
「伯爵家の噂も知ってるぜ? 大層な女好きだったそうだ。大方、君もその美貌を狙われて、返り討ちにした、ってとこじゃないかな?」
この男の余裕は気に入らない。だが、前に感じた通り、前世の情報屋と同じ臭いがする。反吐が出るタイプだが、役に立つやつだ。
「焦って斬りかかられても困るからね、本題に入ろう」
「僕が聞きたいのは一つだけだ。王家、ないし君の政敵に対して――復讐心はあるか?」
誘いか? 誘導か? まさか、直な勧誘か?
ここでの答え次第じゃ、俺はこの場で斬られるんだろうな。
「復讐? 何か勘違いしていない? 私がしようとしているのは、そんな生易しいことじゃなくってよ」
「ほう? 国家転覆でも目指してるっていうのかい?」
そう言いながら、ガイルが腰の剣を抜き放つ。私も応じて、バスタードソードの鞘を払った。
「滅亡でも、構いませんわよ?」
そう言って、私は背後の狼どもへと警戒を移した。
◆
さて、バスタードソード。俺に、こいつが扱えるか?
考えるより先に、グレイウルフの一匹が飛びかかってくる。俺は伏せるように体勢を低く落とし、バスタードソードを縦一閃に振るった。切っ先が空気を裂いて、ガコンッ、と音を立て、そのまま頭から真っ二つに斬り裂く。
いい手応えだ。気に入った。重さが腕を引いて、抵抗なく斬れた感触が、心地よくすらある。
「お見事」
後ろでガイルが褒めたが、応じる間もなく次の数匹が囲んで飛びかかってくる。横薙ぎに振り回し、まとめて出足を挫く。片手で短剣を掴んで一匹に投げつけた。短剣は口の中に当たり、傷を与える。怯んだところを、縦斬りで斬り裂いた。
周りの狼の勢いが衰える。俺は狼どもの目を睨み返し、威圧した。
数匹の尻尾が、股の間に入る。不利とみたか、狼たちは踵を返して去っていった。
俺はガイルに向き直る。
「お眼鏡に叶ったかしら?」
ガイルが、両手を上げてひらひらと振ってみせた。
「たった半年で、この成長。末恐ろしいなんて言葉じゃ、尽くせないね」
◆
ガイルはクエストの継続を促し、歩きながら語り出す。
「僕も元はと言えば、君と同じような立場でね。もっとも僕の場合は、両親が政敵に負けて、子供の頃に亡命してきた口だけどね」
「どこに目があるか分からないから、今後も基本、これまで通りに接するつもりだ」
◆
目当ての薬草は、沢を越えた先の岩場にあった。
湿った岩の陰、日の差さない場所に、青白い葉が数株。これだ。根を傷めないよう、教わった通りに掘り起こす。狼を斬った手で、今度は指先の細かい仕事だ。薬草採りなんて、そもそもこういう地味な労働だからな。派手なのは、道中の余興でしかない。
必要な数を採って、布に包んで背嚢へ入れた。
「これで、依頼分」
「ああ。文句なしだ」
ガイルが懐から折り畳んだ紙を出して、何か書き付ける。見届け人の証明だろう。
「山を踏破して、グレイウルフの群れを退けて、薬草も無傷で採ってきた。――昇級、通らないわけがない」
結構。これで、初級は卒業だ。
◆
帰りは、来た道を下るだけだった。
狼を斬った。重い剣は、思った通りに振れた。半年前、コボルト五匹すら仕留めきれずに逃した俺は、もういない。
――だが。
まだ、欠けたピースが埋まっていない気がする。
何か、足りない。
それが何かは、うっすら見当がついている。だが、今日はここまでだ。
街の灯りが、木々の間に見えてきた。
◆
ギルドに戻り、ガイルの証明とともに薬草を提出した。
受付のミラが書類とにらめっこして、それから顔を上げる。
「……本当に、文句なしですね。おめでとうございます、今日から中級です」
どこか誇らしげな顔だった。世話を焼いてきた相手が昇級したのが、嬉しいらしい。
「ありがとう。世話になったわね」
中級冒険者。称号欄の文字が、また一つ書き換わる。元公爵令嬢が、冒険者になり、今度は中級になった。
――さて。
祝杯といきたいところだが、散財しちまったからな。今日は安い定食で、我慢しておくとしよう。
14話・了
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