第十二話 戦闘(※戦闘シーンに大幅な変更をしました)
5体。こちらは、一人。
籠を、静かに地面へ下ろした。腰の短剣を、2本とも抜く。
まず、相手を見る。戦う前に、相手を知る。それが順番だ。
コボルトは、ハイエナが立ち上がって手に武器を持った感じだ。背は俺より低い。粗末な棍棒を握った個体が二、三。残りは素手だ。
こちらを見て唸っている。だが、統率された動きじゃない。互いに顔を見合わせ、様子を窺っている。連携しているというより、ただ群れているだけだ。
……知性は、そう高くないな。
一体ずつなら、造作もない。問題は、5体という数だけだ。
◆
伯爵の連中は、油断していた。俺を女だと侮って、殺されるとも思っていなかった。だから、段取りして、一人ずつ寝首を掻くように殺せた。あれは戦闘じゃない。暗殺だ。
だが、こいつらは違う。最初から牙を剥いてくる。騙せない。正面から捌いて、殺すしかない。
正面切っての殺し合いなんて、前世でも好んじゃやらなかった。強い奴ほど、無駄なリスクは背負わない。避けられる戦いは、避ける。それで長く生き延びてきた。
だが、遭遇戦は避けられない。ならば、少しでも有利を作る。
平場で5体に囲まれたら、この体では耐えられない。四方から来られて、終わりだ。
だが、ここは森だ。半月、薬草を摘みに通った場所。どこに木があって、どこの足場が悪いか、頭に入っている。
左手に、太い木がある。あれを背にすれば、背後を取られない。木を挟めば、コボルトは一体ずつしか回り込めない。
――使わせてもらう。
足を止めず、木を背にする位置へ、動きながら退がった。
◆
短剣を、握り直す。
……手が、微かに震えていた。
武者震いか。伯爵の連中を始末した時は、こんなものは無かった。あれは作業だったからな。油断した相手の寝首を掻くのに、緊張なんて要らない。
だが、これは違う。牙を剥いた相手と、正面から殺し合う。久々の、命のやり取りだ。ヴィオレッタの体が、それに反応しているらしい。
……悪くない。震えるってのは、体が生きようとしてる証拠だ。
獣臭い。濡れた犬みたいな臭いが、風に乗って鼻を突いた。
◆
先に動いたのは、棍棒を持った一体だった。
吠えながら、木の脇から踏み込んでくる。棍棒が、上から――ぶんっ、と空気が唸った。
――見えている。
半歩、斜めに踏み込む。軸をずらして、内側へ。棍棒が、俺のいた場所を叩いた。ゴッ、と土がえぐれる。
懐だ。右の短剣を、喉へ突き入れた。
ぐ、と刃が止まる。
……浅い。この腕じゃ、一突きで喉は裂けない。刃が半ばで引っかかって、コボルトが暴れる。ギャギャッ、と耳障りな悲鳴。生温かい血が、柄を握った指に垂れてきた。
だが、離さない。刃ごと、相手を木の幹へ押し付ける。木が、背板になる。逃げ場を失った喉へ、腰を落として、全体重を乗せた。
ごり、と軟骨の軋む感触が、柄越しに手のひらへ這い上がってくる。
ずぶっ、と刃が沈んだ。悲鳴が、途切れる。
1体。……木が無けりゃ、押し込めなかったな。
息が、上がっている。心臓がうるさい。だが、休ませてはくれない。
◆
左から、次が来た。素手の個体だ。爪を立てて、真横から飛びかかってくる。
その首へ――回し蹴りを、合わせた。
腰の回転を、脛に乗せる。鉄板を仕込んだ脛が、コボルトの首を薙いだ。
ゴキャッ。
鈍い音と手応え。コボルトが横へ吹っ飛んで、下生えの中をのたうつ。
……蹴りは、いい。腕の一突きとは、乗る力が違う。体で一番でかい筋肉が、丸ごと乗るだけはある。
だが――のたうったそいつは、まだ息をしている。首の骨を、砕ききれてはいない。あと一歩、力が足りない。
2体。……いや、1体は、まだ死んじゃいない。
◆
残りが、動いた。
棍棒持ちの一体が、間合いの外へ回り込もうとしている。あれに好き勝手動かれると、位置取りが崩れる。木を背にした意味が、なくなる。
――先に、潰す。
左の短剣を、逆手から投げた。
刃が回転して飛び、コボルトの胸に突き立つ。
……浅い。投げた刃だ、急所には届かない。コボルトが、柄を掴もうと前足を上げた。
その一瞬に、踏み込む。一気に間合いを詰めて、突き立った柄頭へ、膝を叩き込んだ。
ガッ――金属の膝当てが、浅く刺さった刃を、奥まで蹴り込む。
刃が首を貫いて、コボルトが痙攣した。前足が、二度、三度と宙を掻いて、動かなくなる。
……投げただけじゃ殺せない。だが、蹴り込めば届く。力が足りないなら、足りるやり方でやればいい。
3体。
気づけば、手の震えは止まっていた。体が、戦いに乗ってきたらしい。
◆
残るは、2体。それと、まだのたうっている、首の折れかけた1体。
だが、その2体は、動かなかった。
仲間が転がっている。棍棒を持った奴が、木に縫い留められ、胸を貫かれ。素手の奴が、蹴り飛ばされて、のたうって。
その光景を見て、残った2体の喉から、低い唸りが漏れる。じり、と後ずさりが始まった。
……こいつら、そこまで馬鹿でもないか。
勝ち目がない、と踏んだらしい。
◆
半月、走り込んだ甲斐はあった。あれだけ動いても、まだ息は続いている。以前より、ずっと長く動ける。
だが――追わない。
手元の短剣は、1本きり。もう1本は、首を貫いた奴に刺さったままだ。武器も揃わない状態で、手負いの獣を森の奥まで追うのは割に合わない。
深追いは、死に近づく行為だ。強い奴ほど、無駄を追わない。ここまでで、十分だ。
のたうっていた1体が、よろよろと起き上がる。残った2体の後を追って、茂みへ消えていった。
まあ、いい。
◆
残ったのは、死体が2体。
息を整えながら、戦いを振り返る。
動けた。半月前の体なら、一体目の棍棒で頭を割られて終わっていただろう。避けて、捌いて、崩せた。木を使い、足を止めず、5体を一体ずつに捌いた。そこは、確かな成果だ。
だが――殺しきれない。
短剣は、一突きじゃ足りない。木の幹や膝で押し込まなけりゃ、仕留めきれなかった。蹴りは効いたが、それでも骨を砕くには至らない。
頭は、全部分かっている。前世なら、同じ状況を傷一つ負わずに片付けて、5体とも逃さず殺せた。だが、この体が、その通りに動かない。
持久力は、伸びてきた。だが力は、まだこれからだ。順番通りではある。
……焦る事はない。今日の俺は、昨日の俺より、確実に殺せている。
それで、いい。
◆
首を貫いた奴から、短剣を抜く。ずるり、と肉を擦る感触。血を拭って、鞘に戻した。2本とも、手元に戻る。逃げた奴らに持っていかれずに済んだのは、幸いだ。
それから、死体に屈み込む。
討伐の証明に、左耳を切り取る。依頼票に、そう書いてあった。左と決めておかないと、一体を二体分に水増しする奴が出る。ギルドも、考えている。
耳の付け根に、刃を入れた。
……これも、力が要るな。
軟骨が、思ったより硬い。じゃり、じゃり、と刃を引くたび、鈍い抵抗が指に返ってくる。非力な腕じゃ、すっぱりとはいかない。何度か引いて、ようやく切り落とした。
2枚。血を布で包んで、鞄に入れる。
殺すのも、証を取るのも、何もかも力仕事だ。早く、力が欲しい。
◆
籠を背負い直す。
薬草は、依頼分を摘み終えている。コボルトの左耳が2枚、思わぬ副収入だ。
森を出て、街道を戻る。夕日が、トラペジアの城壁を赤く染めていた。
城門の門番が、俺を見つけて手を上げる。
「よう、お嬢ちゃん。今日も無事の帰りかい」
「ええ。おかげさまで」
顔見知りの門番に会釈を返して、街へ入る。
◆
ギルドへ寄った。
窓口には、ミラがいた。
「あ、ヴィヴィさん。お疲れ様です。今日も採取ですか?」
「ええ。それと――こっちも、買い取ってもらえる?」
鞄から、布に包んだ左耳を出して、窓口に置く。
ミラが包みを開けて、目を見開いた。
「コ、コボルトの討伐証明! ヴィヴィさん、これ……魔物と、戦ったんですか!?」
「森で、鉢合わせしてね。向こうから来たのよ。仕方なく」
「仕方なくって……! 怪我は、怪我はありませんか!?」
ミラが、窓口から身を乗り出してくる。……本気で心配しているらしい。
「無傷よ。ほら、この通り」
両手を軽く広げて見せる。実際、かすり傷一つない。避けるのだけは、頭も体も、ちゃんと出来た。殺すのが、下手なだけだ。
「群れといっても、5体よ。仕留めたのは2体。あとは逃がしたわ。大した事ない」
「2体も倒したんですか!? 新人さんが、コボルトを2体なんて……!」
……そこは、驚くところなのか。俺の中じゃ、3体逃がした方が問題なんだが。まあ、基準が違うんだろう。
「とにかく、ちゃんとギルドに報告しておきますね。薬草の買い取りと、討伐報酬、合わせてお出しします」
ミラが、てきぱきと手続きを進める。想定していた採取代だけの日銭より、いくらか多い額が、窓口に並んだ。
……悪くない。
正面からの殺し合いは、下手なままだ。だが、金にはなった。金は、体を作る飯になる。飯は、力になる。力がつけば、殺すのも楽になる。
全部、繋がっている。順番通りだ。
「ありがと、ミラ。助かったわ」
「いえ! あの、ヴィヴィさん、本当に無理はしないで――」
「しないわよ。私は、長生きするつもりだから」
報酬を懐に、ギルドを出た。
外は、もう暗くなりかけている。
まずは、飯だ。今日はよく動いた。肉を、多めに頼むとしよう。
12話・了
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