第十話 依頼
次に、籠手の類を選ぶ。
手甲。前腕を覆う、しっかりした物。受けと捌き、それに武器を失った時の備えだ。拳で殴る気は、はなから無い。この腕で拳を固めても、痛いのはこっちだ。
肘当ては、金属製を選んだ。革で済む所を、わざわざ重い方にする。
「そいつは金属だと重いぞ。革でも保護は――」
「これでいいの」
保護の為じゃない。
膝当ても、脛を覆う物も、つま先に鉄板の入ったブーツも、全部硬い物を選んだ。肘、膝、脛、つま先。当てる所に、金属を入れる。
この体で拳を固めても意味はない。肘と膝と蹴り、硬い部位に体重を乗せる。それだけの話だ。
店主が、選んだ品を眺めて、片眉を上げた。
「……お嬢さんにしちゃ、ずいぶん物騒な選び方だ。守るより、殴る方に寄ってやがる」
よく見ている。
だが、口には出さないでおいた。
「さあ。人聞きが悪いわね」
とだけ返しておく。
店主は、それ以上詮索しなかった。詮索しない客の方が、長く付き合えると知っているんだろう。骨太のくせに、目端が利く。
◆
服も一式、見立ててもらった。
動きやすい、短めのベスト。膝上のショートパンツ。その下に、あの黒い防具が隠れる。上から見れば、身軽な女が一人。防具を着込んでいるとは見えない。
それと、フード付きの軽い外套。
これは顔を隠す為だ。この街は国境に面している。王国の貴族も普通に通る。ヴィオレッタの顔を知っている人間が、いないとも限らない。
髪も、どうにかしないといけない。
この長さは、戦うには邪魔だ。切るのが手っ取り早い。
……が、やめておく。
髪は女の命、とか言うらしいしな。持ち主の物を勝手に刈るのも気が引ける。
それに、長い方が使い出がある。まとめれば戦えるし、下ろせば印象が変わる。フードと合わせれば顔もぼかせる。切るのは、選択肢を捨てる事だ。
後ろで一つに括った。
鏡を見る。
……ポニーテール、というやつだな。
まあ、こんなもんだろう。邪魔にならないし、見た目も悪くない。凝った結い方など知らないし、覚える気もない。
やろうと思えば手の込んだ結い方も出来るんだろうが、そんな気にはならなかった。おっさんの頭が女の髪型として思いつくのは、精々これくらいだ。おっさんのファッションセンスに期待しないで貰いたい。
持ち主なら、もっと上手くやっただろうがな。
◆
会計をした。
伯爵一行から頂戴した路銀が、綺麗に消えた。ほとんど防具に注ぎ込んだ形だ。
だが、後悔はない。
命を守る物に、金を集めた。半端な物をあれこれ揃えるより、要る物に全額入れる。金が無いからこそ、使い所を間違えられない。
「毎度あり。……いい買い物をしたな、お嬢さん」
「ええ。あなたも、いい客を持ったわ」
店主がニカッと笑った。
外はもう、昼を過ぎていた。
新しい服の下で、黒い防具が肌に吸い付いている。肘と膝には金属のガード。足には鉄板の入った脛当てと、つま先。頭の後ろで、括った髪が揺れる。
……悪くない。
昨日までの、ぶかぶかの男物を着た棒っきれとは別人だ。見た目だけは、一丁前の冒険者になった。
問題は中身――いや、中身は上等なんだ。問題は、この中身を動かす体の方だ。
装備は整った。
次は、これを使いこなす体を作る番だ。
◆
その帰り、ギルドに顔を出した。
依頼を確認しておきたかったのと、ミラに店の礼を言おうと思ったからだ。
窓口のミラが、俺を見て目を丸くした。
「ヴィ、ヴィヴィさん!? わ……別人みたいです!」
「そう? 昨日がひどすぎただけよ」
昨日までの令嬢めいた喋り方は、もうやめていた。
「〜ですわ」だの「〜ですのよ」だの、いちいち肩が凝る。誰彼構わず令嬢ぶる必要もない。ミラのような気安い相手には、素で喋る方が楽だ。それに、もう令嬢でもないしな。
もっとも、俺の素は中身がおっさんだ。それが女の体から出ると、どうにも勝気な女になるらしい。まあ、令嬢よりは俺に近い。
令嬢の喋りは、必要な時だけ引っ張り出せばいい。あれは武器だ。使い所を選べば、よく効く。
「なんだか……喋り方も、変わりました?」
「こっちが素なの。昨日のは、よそ行き」
「そ、そうなんですね……どっちのヴィヴィさんも、素敵ですけど」
……素直な子だな。
「ありがと。店、良かったわ。あのおっさん、目利きね」
「でしょう? あそこの親方、腕は確かなんです」
ミラが嬉しそうに笑った。昨日、酔漢から庇ってやった件を、まだ恩に着ているらしい。
貸しは大事にしておく。窓口の人間と縁を作って、損な事は一つもない。……もっとも、この懐かれ方は、打算だけじゃ説明がつかない気もするが。
まあ、悪い気はしない。
◆
依頼票の並んだ掲示板を眺めた。
最下級の俺が受けられる仕事は、限られている。荷運び、清掃、溝浚い。それから、薬草の採取。
どれも地味だ。だが、地味な仕事から信用は積み上がる。いきなり大仕事は回ってこないし、回ってきても今の体じゃこなせない。
まずは舐められない実績を作る。土台から積む。順番はいつも同じだ。
「あの、ヴィヴィさん」
ミラが遠慮がちに声をかけてきた。
「もし初めてのお仕事を探してるなら……薬草採取からが、鉄板ですよ」
一枚の依頼票を差し出してくる。
「街の外の森で、指定された薬草を採ってくるだけ。危ない魔物も、あの辺りにはあまり出ませんし。新人さんは、大抵ここから始めるんです」
……採取か。
地味だ。だが、今の俺には丁度いい。体はまだ出来ていない。実戦は早い。まずは街の外の勝手を覚えて、少しでも金を作る。順番として、間違っていない。
それに、懐が寂しくなってきたところだ。装備に使いすぎた。
働くとしよう。
「受けるわ。ありがと、ミラ」
「はい! 頑張ってくださいね!」
依頼票を受け取る。
ついでに、修練場を使う許可も貰っておいた。今日はまだ昼過ぎだ。新しい装備の慣らしも、しておきたい。
……さて。明日から、新米冒険者の仕事始めだ。
まずは、走れる足を作る。話はそれからだ。
急ぐ旅でもない。一つずつ、片を付けていく。
10話・了
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