02
参道はまっすぐ伸びていた。
少し進むと、脇に建っている石の灯篭のライトが辺りを照らしていて、完全な闇じゃないことにほっとする。
駅で通りがかりの人に場所を聞いたら、「ああ、万緒さんね」とすぐ通じた。だからそこそこ大きいのかな、と思っていた。
実際に中に入ってみると、右も左も常緑が深く生い茂っていて、雨が傘に落ちる音しか聞こえない。山の中に入ったのではないかという錯覚がした。
空気が冷えていて、どこか張り詰めている。ちょっと怖いくらいだ。
参道の途中で、また石の鳥居がある。右手に授与所と社務所。授与所の受付時間は過ぎていて真っ暗だったが、社務所の窓からは明かりが漏れている。
すぐにでも祖父と話したかったが、譲はまず、参拝をすることにした。
脇で一礼をして鳥居をくぐり、拝殿に向かう。お賽銭を入れて、参拝。少しだけ、いつもよりも丁寧に。
――神様、これから四年間、お世話になります。
引き返すときに、右手にもうひとつ石鳥居が見えた。灯篭に光が灯っている。あちらにも抜ける道があるのかもしれない。なんて広い。明日明るくなったら、全貌がわかるだろうか。
社務所に行くと、祖父が首を長くして待っていてくれていた。
「譲ちゃん、なかなか来ないから心配したよ」
「ごめんなさい。電車の乗り換えを間違えちゃって」
中は明るく、温められていた。譲はほっとして、祖父に笑顔を向ける。
「大きくなったねえ、前にあったときはこんなに小さかったのに」
祖父は、自身の腰よりも低い位置に手をやった。
祖父はまだ神職の袴姿で、きっと譲が来るのを今か今かと待っていてくれたのだろうと思った。
「お久しぶりです。全然顔を見せなくてごめんなさい」
「……いいんだよ。譲ちゃんも大変だったろう。さ、上がって。お茶を淹れるから」
奥のキッチンに通される。繋がったリビングの棚に、父の遺影があった。
実家では遺影は片付けられてしまっていて、私物の写真でしか、その姿を見ることができない。遺影の父は記憶のものよりも少し若く、こちらに向かって微笑んでいる。
その頬を、指でなぞる。ぐっと力を入れると、固いプラスチックの感触が返ってきた。
「それにしても、譲ちゃんもこの春から大学生か。まさかうちの県の大学に進学するとは思わなかったよ」
緑茶のいい香りが、キッチンから漂ってきた。
譲はキッチンに戻って、祖父の正面のダイニングチェアに腰かけた。
「お父さんの故郷で暮らしてみたかったんです」
「ははは、譲ちゃんはパパっ子だったものなあ」
温かいお茶を飲む。じんわりと体が温まっていく。
「あれ、そのお守り」
祖父が、譲のスマホにつけたお守りを見つける。
「うちのお守りだね」
「あ、はい。父の形見で……先月破れちゃったんですけど」
お守りを見せる。白布に紫糸で、万緒神社と刺繍が入っている。裏が大きく破れて、何とか繕ったけれど、歪になってしまった。
それ以外も、全体的に糸がほつれて、白さがくすんでしまっている。
「お守りの効力が一年っていうのは、知っているんですけど……なんだか手放せなくて」
「そうか。きっと息子も本望だな、そんなになっても持っていてもらえるんだから」
祖父の視線が、リビングの遺影に向けられる。
ふと、先ほど鳥居前で出会った男のことを思い出した。そういえば彼も、このお守りを見ていた気がする。
「あの、ここっておじいちゃん以外に、どなたか住んでいるんですか?」
「ん? ああ、昼間は授与所をお願いしてる人が二人いるけど。どちらも通いで、ここに暮らしてるのは私だけさ」
「それって、金髪の……男の人ですか?」
祖父がわずかに目を見開く。湯呑みを置く音。
「……いや。どちらも女性かな」
「そうですか」
なら、彼は一体なんだったんだろう。なんだかこの神社にかかわりがある人っぽかったけれど。
「譲ちゃん。もうお参りはした?」
「あ、はい。こちらに来る前に」
「そうか。拝殿の横に扉があったろう? あそこから本殿に行けるんだけど、普段は施錠していてね。あそこは神様の部屋だから――もし扉が開いていたとしても、入ってはいけないよ」
「……? はい」
譲は首を傾げた。
そのとき、ぽーん、と時計の音が鳴った。6時だ。
「おっと。もうこんな時間か」
祖父が立ち上がって、キッチン脇にある棚の引き出しから、古めかしい鍵を取り出した。
「離れに案内するよ。譲ちゃんの荷物は、そこに運び込んであるから」
社務所を出る。
雨は上がっていたが、先ほどよりも寒い気がする。スカートへ侵入してくる冷気に、体がぶるりと震えた。
祖父は拝殿がある方へ足を向けた。その脇道……先ほど譲が、抜け道があるのかと思ったところだ。そちらの石鳥居をくぐる。
すぐ先に細い川が流れていて、湾曲した石の橋が架かっていた。灯篭の光が、水面に反射して、きらきら跳ねている。思わず、ほう、と息を漏らしてしまった。
橋を渡った先に、小さな平屋の家屋があった。
「これが離れ。一応、小さいけど水回りは全部あるし、エアコンもつけたから不便はないと思う」
「すごい。こんないいところ。ありがとうございます」
辺りを見回していたから、離れまで続く石畳の一部が、さらに奥の森へと続いているのがわかった。
そちらには灯篭がない。真っ暗な闇がある。
「おじいちゃん。あっちは?」
「……ああ。古墳と古代の祭祀場跡があるよ。今は国の管理になっていて立ち入りが禁止されていてね。年に数回、清掃と管理のためにだけ入るくらいかな。はい、鍵」
なるほど、浪漫だ。
譲は鍵を受け取って、目の前の建物に視線を戻した。
森の中の和風建築。脇に流れる川のせせらぎと、幻想的な灯篭の光。まるで異世界みたい。
「じゃあ、私は戻るからね。何かあったら電話しなさい」
「あ、はい。あの、おじいちゃん。これからお世話になります!」
譲は頭を下げる。祖父は手を振って、社務所に戻っていった。
一人になって、少しだけ心細くなる。深く息を吸った。
森の香りが入ってくる。清々しい甘さだ。どこか懐かしい落ち着く香り――お父さんがここで、生まれ育ったんだな。
離れの玄関は、引き戸だった。
がらりと扉を開けると、立派な玄関が姿を見せる。玄関の半分は、譲が送った段ボールで埋まっていた。それでも十分、玄関として機能するほどだ。
大きな靴箱が脇にあって、上に花を飾るための剣山が置かれていた。
上がって靴をそろえる。
玄関正面に襖。右手の廊下は、お風呂とお手洗いに続いているようだった。
孫だからって、こんな立派な建物に無料で住まわせてもらっていいのだろうか、と譲は少し眉を下げる。
ふと音が耳に入る。誰かの話し声……と、音楽?
譲は、奥の襖に手をかけた。ほんのわずかに開けば、音が大きくなる。これは、テレビの音?
もしかして、引っ越し業者さんがつけっぱなしにしていった――?
譲は襖を開いた。
――半裸の男がいた。




