偶像編 ②
(なんだ、あの人だかりは…。いつもなら、みんな僕を取り囲んでいるくせに)
お茶会の会場である屋敷の隅から、僕は苛立ちを隠せずにその光景を睨みつけていた。中心にいるのは、今まで見たこともないオレンジのドレスの女だ。…ふん。お父様がいつも『目障りな成金』と言っている、あのアルスとか言うやつの子供か。
なんだよ。この立派なお屋敷も、今日のお茶会も、全部僕のお父様が主催なんだぞ。ノアール家の由緒正しい嫡男であるこの僕を差し置いて、あんな成金の娘を持て囃すなんて侮辱だ。
そうだ。僕が直々に、あのすまし顔の化けの皮をひん剥いてやろう。
「ごきげんよう、レディ」
僕は人だかりを掻き分けて彼女の前に立つと、家庭教師に教わった通りの完璧な礼を見せつけた。どうだ、成り立ちの浅いクォーツ家には一生できない、伝統あるノアール家の洗練された挨拶だろう。
僕が鼻高々に見下ろしていると、女はドレスの裾を摘み、流れるような所作で挨拶を返してきた。
「まぁ、ご機嫌麗しゅうございます、ジュリアン様。わたくしはエマ・フォン・クォーツと申します。本日はお招きいただき、光栄の至りです。ノアール家の権威を象徴するようなこのお屋敷、とても素晴らしいです」
——なっ。
僕は思わず息を呑んだ。突然声を掛けたにも関わらず、非の打ち所のない完璧で美しい挨拶。それに、当然のように僕の名前まで知っている。
そして何より、顔を上げた瞬間の、満面の笑み。周囲で様子を窺っていた大人たちの視線も、完全にこのエマという女に釘付けになっている。
くそっ、ただの成金のくせに……!
僕は悔しくなって、以前お父様の仕事の話で聞きかじった『難しそうな大人の言葉』を乱暴に振ってみることにした。
「わ、我がノアール家は順調でね…!特にお父様は、近く本格的な政界への進出も考えておられるんだ。…で、クォーツ家の最近の調子はどうなのかな?」
正直、自分でも政界進出がなんなのか、難しくてあまりわかっていない。でも、同い年の女の子にこんな質問、答えられるはずがない。ほら、困るだろう。困って泣きながら母親に助けを求めろ。そして、僕の家の偉大さを恐れるんだ!
ふふんと胸を張る僕に対し、エマは一瞬だけ本当に困ったように、横にひかえている母親へとチラリと目線を送った。母親は少しだけ考えた後、微かに首を横に振る。
よし!あの母親も答えられなくて降参したんだな!
「…流石はノアール家の嫡男、ジュリアン様ですね!その若さで、すでにお父様の事業にも深く精通していらっしゃる様子。…感服いたします」
エマはキラキラとした尊敬の眼差しを向けて、僕を褒め称えた。
——勝った!やっぱり、クォーツ家の最近の調子はお金がなくて悪いから、誤魔化して僕を持ち上げたんだ!
僕は勝ち誇った気分になったが…ふと、周りの大人たちのヒソヒソとした声が耳に入った。どういうわけか、彼らの視線は僕ではなく、ますますエマの方に、熱烈な感嘆の色を帯びて向けられているではないか。
なんでだ。どう見ても僕の方が頭が良くて、偉いってことがわかったんじゃないのか!?
「ええいっ!そもそもクォーツ家なんて、歴史ある我がノアール家に比べれば——」
「ジュリアン様っ!!」
僕がさらに決定的な言葉を叩きつけようとした瞬間。
エマが、これ以上ないほど鋭く澄んだ大声で、僕の言葉をピシャリと遮った。
会話を遮られた僕が怒ろうとした時。
周囲の大人たちが、一斉にホッと安堵の息を吐き出して胸を撫で下ろしているのが見えた。
「す、素晴らしい…」
「なんという機転だ……」
「ベリル夫人、お嬢様にどのような素晴らしいご教育を…」
ざわつきながら、大人たちが口々に感嘆の声を漏らし、エマに対して称賛の言葉を送っている。
なんでだ。どうしてだ。
全然意味がわからない。
会話を遮って無礼を働いたのはあの女の方なのに、どうしてあの女ばかりが褒め称えられるんだ…っ!!
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