偶像編 ①
エマが6歳になったその年。私たち家族は、名門ノアール家が主催する、ごく親密な貴族のみを客として招いたお茶会へと出席していた。
色とりどりの花が咲き誇る美しい庭園。豪華な広間、様々なお茶菓子。しかし、当然ながらそれは、ただの優雅で楽しいお茶会であるはずがなかった。
表向きは皆、笑顔で談笑しているが、男性たちは権力者同士の挨拶や人脈作りに忙しく立ち回り、女性たちは権力構築者…つまり外交官として、各派閥の奥様方と慌ただしく腹の探り合いを行っている。
私も客人の一人としてその中にいるのだが、幸いなことに、この集まりの中でアルス様の立場は頭一つどころか三つは抜けていた。
主催のノアール家をはじめとする、どの有力貴族よりも経済的に圧倒的な余裕があり、ハルトマン伯爵など、政界とも強い繋がりを持つアルス様からは、私に対して『情報収集』などの命は一切下されていない。
ただ一言、「楽しんでおいで」とだけ言われている。それでも、周りの奥様方のこちらを見る目線はギラついていて痛いぐらいだ。
そして、こういった場は『戦略的結婚』——すなわち、我が子の優秀な将来の結婚相手探しの絶好の場であり、事あるごとに有利な家系の子供たちを品定めするように、鋭い目線が飛び交っている。
まさに、これこそが貴族の『戦場』であった。
だが、大人たちの重苦しい戦場の中で、ひと際異彩を放っていたのは、他でもない。我が愛娘、エマだった。
彼女は自身のためにしつらえられたオレンジ色のドレスを完璧に着こなし、私の傍らで優雅に挨拶をこなしていく。
親の贔屓目抜きに見ても、それはもう華やかで可愛らしかった。
しかし、それだけでなく、大人たちの会話の邪魔にならない絶妙な間合いで、頷き、適切な相槌を打ってみせるのだ。6歳の子供とは思えないその完璧な立ち振る舞いだけでも、十分に周囲の大人たちの視線を釘付けにしていたのだが、私が更に驚いたのは、その直後の出来事だ。
「ご、ご機嫌うるわしゅ、しゅ……」
挨拶回りの途中。大人たちの品定めするような重圧に耐えきれず、緊張のあまり言葉に詰まってしまった女の子がいた。
同伴していた夫人が苛立ちを露わに、咎めようとした、まさにその時。
「私もこういうの、まだ苦手なんだ…!大人のご挨拶って難しいよね!」
すかさず、エマが満面の笑みで女の子の手を両手で握りしめ、明るくフォローを入れたのだ。
「あ…うんっ」
エマの無邪気な一言で、場を包んでいた重苦しい空気が一気にふわりと軽くなる。女の子の緊張も解け、次の瞬間には、二人はすっかり打ち解けて笑い合っていた。
周囲の大人たちも「まぁ、なんと愛らしい」「お優しいご令嬢だこと」と目を細め、一斉に好意的な視線を向けている。
完璧だ。
この、生まれ持った誰からも愛される立ち振る舞いと、彼女の底知れない知識。それが、彼女の頭の中で弾き出された『計算の上』でやっていることなのか、それとも天性の『素』なのか、ずっと傍で見ている母親である私にすらわからない。
一切の感情を持たず、冷たい正論でただ周囲を黙らせるだけのアルス様とはまた違う。圧倒的な『愛嬌とカリスマ性』をもって、他者の感情すらも無自覚にコントロールしてしまう娘の姿に、私はどこか、得体の知れない恐ろしさを感じていた。
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