成長編 ⑥
その日、私はお屋敷の裏庭で、エマ様とおままごとをして遊んでいた。
「はい、クロエ。お茶のおかわりをどうぞ!」
「まぁ、ありがとうございますエマ様!」
空っぽの小さなティーカップを受け取りながら、私は心からの幸せを感じていた。
(なんて、なんて愛らしい!)
アルス様の類まれなる頭脳と、ベリル様の美しい容姿をそのまま受け継いだエマ様は、本当に天使のように愛らしくて聡明なお子様だ。
私たち使用人にも決して偉ぶることなく、こうして毎日笑顔で無邪気に遊んでくださる。
「…、何かしら」
遊びの最中、ふと庭の隅の木陰に転がっている不自然な黒い塊に気がついた。
近づいてみるとそれは、ひどく傷ついた小鳥だった。羽が変な方向に折れ曲がり、ピクピクと痙攣して苦しそうな鳴き声を上げている。
「可哀想に…どうにか、助けてあげられないでしょうか」
私が悲しい気持ちで両手を差し伸べようとすると、エマ様は静かに隣にしゃがみ込み、悲しげな顔でその傷口をじっと見つめた。
「この鳥さんは、きっと野良猫に襲われちゃったんだわ。血がいっぱい出てるし、羽も完全に折れてる…。もう助からないよ、クロエ」
「そんな…可哀想に…」
「うん。とっても痛そう…」
そう言って立ち上がり、エマ様は辺りをキョロキョロと探し回り始めた。
お花でも摘んで手向けにしてあげるのだろうか。なんて優しいお嬢様だろうと、私が涙ぐみながら見守っていたその時――エマ様が拾ってきたのは、先が鋭く尖った、木の枝だった。
「…えっ?エマ様、何を…?」
「もう助からないから。これで、早く…楽になると思うの」
悲しげな、同情に満ちた顔のまま、彼女は、なんの躊躇いもなくその尖った枝を、小鳥の首元へと振り下ろそうとした。
「エ、エマ様っ!いけません!!」
私は慌ててエマ様の小さな手を握りしめて止めた。
「…なぜ止めるの、クロエ?」
「な、なぜって…それは……!」
「だって、もう助からないんだよ?とっても痛そうで、苦しそう…。このまま置いておくのは、かわいそうだよ。この子のためにならない…」
枝を握ったまま悲痛な表情を浮かべ、小首を傾げるエマ様の言葉には、命を弄ぶような嗜虐心や残酷さは一切なかった。
本当に心の底から、純粋に『可哀想な小鳥への一番の最適解』を導き出して、ただそれを実行しようとしているだけなのだ。
「い、いえ…でも、いけません…っ。やっぱり、そんなこと…」
私は、震える声でそう絞り出すことしかできなかった。なぜいけないのか、上手く説明ができない。エマ様の仰っていることは、論理的になんの破綻もなく、とても正しいのだから。
…けれど、それは絶対に、かわいい盛りの少女が持ち合わせていい思考回路ではなかった。
「…あ、動かなくなった…。せめて、埋めてあげよう、クロエ」
「そうですね…」
介錯するために拾った枝で、今度は懸命に穴を掘る彼女。
私はその美しい横顔から、誰も反論できない絶対的な合理性で相手を沈黙させる『アルス様』の影を、はっきりと見てしまっていた。
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