成長編 ⑤
私が遅れて応接室に入ると、そこには中年の男性が、アルス様に向かって必死に頭を下げているところだった。
「どうかお願いします、アルス卿!あなた様の融資さえ頂ければ、我が社の従業員は路頭に迷わずに済むのです!必ず、後に利息を付けて全額返却いたしますっ!」
床に額を擦りつけるほどの切実な叫び。私と手を繋いで見学しているエマの目にも、彼がとても可哀想に見えたに違いない。
慈善事業の一環として彼を助けてあげるのだろうか。私がそう思って固唾を呑んだ次の瞬間。応接用ソファにゆったりと腰掛けたアルス様は、冷徹な声で追い討ちをかけた。
「お話はわかりました。では、一つお聞きします。今回の融資について、御社の中期、または長期の再建計画書はありますか」
「計画など…ありません。今は手元にお金がなく、とにかく困っているのです…!」
「がんばって返済する、という感情論ではなく、『論理的な裏付け』を示してください。市場の分析はお済みですか?あなたの事業が数年後も確かな需要があるという根拠は?競合他社に対して、どのような優位性があるかを説明していただかないと、話になりません」
「そ、それは…」
「投資対効果はどうですか。融資を受けた資金を何に使い、それが具体的にどう利益へと繋がるのか。売上が増えるというのなら、それに伴う人件費や仕入れコストの上昇分も適切に計算されていますか」
「あ…うぅ……」
「第一、資金の使途が不明瞭すぎます。今なぜこの費用が必要なのかを問うているのに、『とりあえず目の前の運転資金に当てます、がんばります』では、到底、融資などはお引き受けできかねます」
次々と繰り出される容赦のない正論の矢に、男性からは血の気がどんどん引いていき、言葉を失ってうなだれた。
「『助けてください』『はい、わかりました』。…私の仕事というのは、そういう単純なお話ではないのです」
あまりにも冷酷な突き放し方に、私は思わず口を挟みそうになった。しかしそれよりも早く、アルス様は横にいる娘へと楽しそうに問いかけた。
「エマ。君なら、今の彼の話を聞いてどう処理するべきだと思う?」
5歳の子供に聞くことじゃない。そう咎めようとした私をよそに、エマはにっこりと満面の笑みで言い放った。
「そのおじさんには、お金を貸さないほういいと思います!」
「…なっ!?」
「だって、返す計画もないのに借金だけ増やしたら、おじさんの会社の借金はもっともっと大きくなります。そしたら、お父様のお金はきっと返ってこないでしょ?従業員さんたちも、もうダメってわかってる会社は早くやめて、別の仕事を探してもらうほうが、苦しい時間が少なくてみんな幸せになれると思います!」
【エマ:知的好奇心 72、嗜虐性 0】
部屋の空気が、完全に凍りついた。
(……えっ?)
エマの口から淀みなく飛び出した容赦のない合理的な正論に、私は開いた口が塞がらなかった。…5歳の子供が、アルス様のお仕事の会話を理解している…?
「その通りだね、エマ。…というわけです。申し訳ありません。私は慈善事業も広く行っていますが、ただ底に穴が空いて沈んでいくだけの泥舟に出すお金は、一枚たりとも、ないのです。…お引き取りを」
「あ…あぁ……っ」
アルス様から最後の宣告を突きつけられ、さらに、あろうことか少女にまで完璧な正論で論破されてしまった男性。二の句が継げずにがっくりと肩を落とし、逃げるように応接室を去っていった。
私と手を繋いだまま、愛らしく手を振って男性を見送っているエマ。その純粋な彼女の奥底で、私は確かに、アルス様の『冷徹な論理の片鱗』が、確実に息づいているのを感じていた。
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