偶像編 ③
(…どうなることかと思ったわ)
私はホッと安堵の息を吐き出しながら、密かに胸を撫で下ろした。
主催者であるノアール家の嫡子、ジュリアン様の発言。あと一歩でも遅ければ『子供だから』という言い訳では、 到底済まされないレベルの大失言になろうとしていたのだ。だが、それを事前に察知し、私に目線だけで確認を取り、完璧なタイミングでそれを遮ったエマ。
我が娘ながら、本当に底が知れない。
「ねえねえ、エマ様!さっきのすごい!」
「エマ様のお洋服、とっても可愛いですっ!」
その見事なやり取りを見ていた周りの子供たちは、我先にと、次々にエマの周りに集まってくる。急な人だかりの中心になっても、エマは全く動じることなく、笑顔で一定の礼節を保ちながら丁寧で明るい対応を返していた。
そして。
「まぁ、聞きまして?あのお歳でなんという見事な立ち振る舞い…」
「少し、お話しさせてもらえるかしら?」
そんな光景を見ていたご婦人たちまでもが、興味を惹かれてエマの周りに集まり始めてしまったのだ。
どんどんと、エマを中心に据えた華やかな輪が広がっていく。
(これではジュリアン様の立場がないわ。これ以上、彼を刺激しなければよいのだけど)
私は親としての心配をよそに、成り行きを見守る。
エマは大人たちに囲まれても萎縮するどころか、お茶会に出された紅茶の複雑な茶葉の種類を一口で言い当ててみせた。
さらに、意地悪なご婦人になぞなぞを出されれば即座に完璧な正答を返し、ドレスを褒められれば、帝国の最新の流行について大人顔負けの流暢な会話を楽しんでいる。しかも、そのすべての言葉から『嫌味』や『驕り』といった負の感情が一切感じられないのだ。
ただ純粋に、一切の悪意がない無邪気な笑顔のまま、周囲のあらゆる人間を次々と魅了し続けていた。
誰もがエマという完璧な『偶像』に釘付けになっている。
——だが、やはり。
「…………っ」
ポツンと一人、その輪から取り残されたジュリアン様はというと。
ギリギリと、あからさまに歯軋りの音が聞こえてきそうなぐらいに、その表情から濃厚な苛立ちを隠せていない。顔は真っ赤になり、握りしめた小さな拳はワナワナと震えている。これは、流石に不味いのではないか…。
いくら彼が自業自得の大失言をしたとはいえ、ここは由緒正しいノアール家のお茶会だ。これ以上、主催者の息子であるジュリアン様に恥をかかせないように、私が角の立たないようにエマを止めたほうがいいのか…。
私が判断に迷って視線を上げると、美しい吹き抜けになった二階のバルコニーの特等席で、旦那様方と談笑しているアルス様の姿を見つけた。
私は彼にだけ伝わるよう、助けを求めるように視線を送る。すると、こちらの下の静かな騒ぎに気付いたアルス様と目が合った。
アルス様は、手すりに寄りかかって少しだけ面白そうに目を細めた後、現状の危うい均衡をすべて完全に把握したかのような、とても穏やかな『笑顔』をこちらに向けてきたのだ。
(そのまま止めずに続けさせろ、ということでしょうか…)
私は顔を引き攣らせながら、あの恐ろしい父親の『悪意のない放置令』に、内心で深く、深く頭を抱えるのだった。
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